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228.総入れ替えも憂鬱だった

 ヨードル川西岸。

 難民キャンプのある河岸段丘のやや北。

 暴徒と化した村民ヴィランが川の流れに消えて行った。


「さっぱり・・」

 代官シュルツブールデル、河原に腰を下ろす。

 修道士姿の男達、祈り終えてキャンプの方に去る。

 後ろ姿を見送って、暫し考え込む。


お代官シュルタイス・・」

 小隊長の言葉には答えず、祈りの言葉を呟いた後、徐に立ち上がる。

「集落のほう、見に行くか」


お代官シュルタイス!」

「ん?」我に返る。


草叢くさむらに隠れておりました」

 捕縛された男を見る。上等な魚鱗甲の胴だけ付けているが、太っていて留め金が締まらない。

「お前・・それ盗品だろう」

「違うわい。男爵様が下された品だ!」

「サイズ、合っとらん」


 兵士、鎧を脱がせ、ついでに裸に剥いて縛り直す。

「わーわー、わしを誰だと思ってるんじゃ!」

「犯罪者」


 代官、部下に命ずる。

「こういうのは一匹見つけたら五十匹居るかも知らん。そこいら藪をつつけ」

「ぎゃー」

 カシュパー、尻に槍が刺さった。

「おおお俺は難民です。高原州から来た難民です」


「じゃあ難民に引き渡そう」

 すでに三々五々集まって来ている。

 彼ら「あ、生きてた」と口々に。

 誰かが麻袋ドンゴロスを持って来る。


                ◇ ◇

 アグリッパの下町。

 地元で有名らしい酒亭。

 ツァーデク師団騎兵伍長アルトー・ザイテック、隣りのマックスさんには諱だけ名乗った。

 つい先刻この店で知り合った人だ。

 いいお年だが偉丈夫とも言える体格で、加えて話題も豊富な好人物だ。

 別に、好みのタイプという訳ではない。


「つまり、重要な証人になるかも知れない人物を探してる訳だね?」

「というか、期待しているのは『手掛かり』程度です。男爵邸が略奪を受けた時の目撃者かも知れないので」


「うん、確かに失踪した人間ならば、近くの大きな町に流れ込む可能性が高いな。人混みの中に隠れようと考えるんだろうが、特徴ある奴は意外に目立つ。もちろん死んで何処どっかに埋まってるかも知らんが」

「明日、アバンチュール・ギルドに行ってみる積もりです」

冒険者あばんちゅりえギルドな」


「この町の門を抜けるには身分の証明が必要になるんじゃ。奉公先の紋所とかでも十分じゃがな」

 マックスさんの向かいに座る闊達そうな老人が言う。

「ああ、僕も入市審査で隊の旗印を見せましたっけ」

 持って来たパシュコー家の馬印を取り出す。

「彼もこんなものを持ってるかも」


「こりゃあ・・『釣り針から餌の虫を奪い取ってる鱒』か。気持ち悪くって覚えが有るぞ。東マルクの鼻つまみパシュコー家じゃろ」

「有名なんですか・・この町でも」

「次男坊が贅沢な具足買って代金踏み倒しして、出禁んなっとる」

「踏み倒しですか」

「まぁ債鬼ギルドが親に払わせたがの」

「なんと、おっかないギルドが有るんですね」

 探索者ズーカギルドの異名のひとつである。


 彼らは「探す・追いかける・取る」がメインの仕事。タマも取るのは内緒だ。


                ◇ ◇

 旧パシュコー居館に近い村。

 代官シュルツ、兵士らを連れて大木戸に入る。

「せっかく不入権のある自治村なのに、ばかなことたもんだ」


 ・・館から見下ろした感じでは、一番近い村は他にあったのに、なんで騒ぐのは此処なんだ? そもそも何て名の村なんだ?

 代官の疑問は尽きない。

 いや・・男爵の執務室にも碌に書類が無いので、村の名前すら判らないままだ。垣墙越しに覗いても盗品を蔵してるのが露見ばれるくらい全然無警戒なくせして、道で話し掛けても答えないとか、わけわからん村だ。

「『怪しいと思われたくない』って作為というか努力すら見えなかったんだよな」


 今はもう真夜中近いのに、家の外で女子供が大勢泣いている。

 縛って連れて来た『偉そうな態度の男』、不貞腐れて横向いてるし・・

 会話はなしにならない。

「立ち入って、盗品らしき物を摘発!」 命じる。


「あなたっ! なんの権利が有ってこんな狼藉をッ!」

 きんきん声の女が噛み付いて来る。


 ・・『なんの権利』ってアナタ・・暴動起こした現行犯の村に、軍隊が出動して制圧に来てるんだけど。


「あのっっ! 主人は、主人は無事でしょうか!」

 縋り付こうとする女を兵隊が遮る。

 ・・こっちの方が話が通じそうかな。


「あーうむ、松明を持った男衆ならば、なぜか修道騎士団に向かって突撃して多分全員死んだ」

 女、号泣し始める。失策しまった。先に無難な話して色々聞き出せば良かった。


「男がいました」

 兵士、拘束せずに連れて来る。

「ああ君、ちょっと状況を聞かせてくれないか。落ち着いてな」

「はい・・あの・・村長が『武器を持って集まれ』って突然みなを呼んで・・俺は怖くて戸を閉めて隠れました」


 ああ、情報が少ない。

「ところで、ここは何て村?」


                ◇ ◇

 真夜中過ぎのツァーデク城。

 報告せねばなるまい。

 代官シュルツため息つきつき言う。


「結局、男衆ほとんど川流れです」

「ああ、下流の海は豊漁だろうな。餌たっぷりだ」と伯爵。


「騎士団の連中も慣れたもんだろ? 東方の村を襲っちゃあ改宗しない者はみんな軒並み・・」

「殿、それは言わんで置きましょ」

「ああ、末長くお付き合いする隣人だからな、たぶん」


「パシュコー男爵・・あ、もと男爵は、館のすぐ近くに彼の所有する体僕達らいばいげんの村が有るんですが其処じゃなく、例の問題のオックルだか、オックルウィックだかいう自治村から使用人を雇っていました。理由は、体僕共はみんな手癖が悪いからとかオックルの村人が言ってましたが」

「どの口が言うやら」


「居館の略奪は自然発生的なようです。使用人達がパシュコー家失踪の話を伝えて燎原の火がなんとやら」

「村長の関与は?」

「後から割って入って仕切り始めたと。難民が奪った事にしようと言い出したのは腰巾着の一人ですが、金目の物の分配で評定してるうちにザンドブルグが調べに来て大慌て、無策だったので怪しさ全開だったようです」


 伯爵呆れる。

「領主一家が突然全員失踪とかで、誰か調べに来ると思わないのか」

「蚊帳の外に置かれていた女共からしか聴取出来ていませんので、男衆が取り分の相談で揉めて対応が遅々として進まなんだ事程度は聞き出せましたが・・」

「そうだな。謀議に加わった女がおっても、そりゃ黙然だんまりを決め込もうさ」


いづれにせよ分捕り品の配分に与ってないのは村八分同然だった者や軽んじられた小作人ばかり。暴動に加わって死んだ者の子らは働き手になる年齢でありませんし抑々そもそも相続を認めるのも筋が違う」

 伯、ぴしゃりと手をたたいて言う。

「遠縁の相続人とかぱらぱら来られても収拾つかん。暴動不参加の者以外は諸権利喪失処分しか無いだろう。いっそ難民を取り込んぢまうのは如何だ? 小作人にも土地を与えて村民総入れ替えだ」


「それしか無いですね。可哀想だが残された妻子は教会のお慈悲に縋りましょう」

 ・・いや、俺が縋るんじゃないけどさ。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、朝。

 ザイテック騎兵伍長、今日は最初から平服でアルトー青年になっている。

 昨日教わった冒険者ギルドに向かう。

 発音も正しく訂正されたので、顰蹙を買うことも有るまい。


 冒険者ギルド。

「ん! 平均以上」

 ちらと見て受付のウルスラ嬢、小さく呟く。

 

「おかまを探してます」

「・・(ちっ。失格)」

 アルトー青年、開口一番のセリフに選択を誤った。尋ね人は特徴を強調すべしと言われていたので。

 言い直す。

「事件の目撃者探し依頼です。某貴族の近習で、特徴は『怪しいおかま』です」

「あ、誤解しちゃったわ。ごめんごめん。考えてみりゃ両方とも女役うけは変だもの」

 後半はもごもご小さく呟く。


「こんな紋章が付いた所持品を携えているかも・・」

「あ! これは!」

 ウルスラ嬢見た覚えありあり。



続きは明晩UPします。

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