227.また水に流して憂鬱だった
アグリッパの町、東門。
ザイテック騎兵伍長、日没の閉門に辛うじて間に合う。
騎兵剣の鞘が伯爵家の旗印と同じ意匠なので入市審査も軽く通過。
ただ残念なことに、アバンチュール・ギルドなる業者? どこに営業所が在るか聞こうと思ったのに、お役所の出張所窓口は閉門間際の駈込み審査で混雑していて道を聞くどころで無かった。
仕方なしに、愛馬を引き引き夕暮れの街を行く。
「大都会の片隅じゃ野宿も出来ないよなぁ」
子供の頃には、信心深かった両親に連れられてよく来た町だが、成人してからは冬至の典礼に来るくらいだ。商業地区とかよく知らない。
ふと見ると、道ゆく人混みの中で異彩を放つくらいひときわ親切そうな雰囲気を醸している人が、教会で奉仕活動をしている感じの清掃作業着姿で歩いていたので聞いてみた。
いや、ばかみたいという意味では決してない。断じて。
すると見た目どおりで丁寧に教えて呉れたが・・
「でも、もう日暮れだから閉まってますよ」
そうか『アバンチュール』とか言うから深夜営業ありかと思っていた。
礼を言うと、ちょっと含羞みながら手を振って去って行った。
感じのいい人もいるもんだ、と思う伍長。
ついでに近所で評判のいい宿も聞いたので、そちらへ行くことにする。
アバンチュールは明日にしよう。
◇ ◇
アグリッパの冒険者ギルド。
東門のアナが、ちょっと横車押している、
「確かに、何も根拠のない只の『勘』ですけれど、自信あるんです!」
「う〜ん」とウルスラ渋い顔。
だが根負けする。
「でも『何も根拠のない』カンじゃあ、稼げる人材は貼り付けられないわ。ベンが連れてきた新人に、ギルド入りの試験課題としてやらせるんで良ければ許可する。彼にその『怪しいおかま』を監視させましょ」
「了解です。お願いします」
「正直、最近のあなた冴えてるから『勘』を信じてみたい気も結構してるのよ」
「それと、その『怪しいおかま』の紋所、こんな感じでした」
アナ、スケッチを見せる。
「フゥン・・『釣り針から餌の虫を奪い取ってる鱒』ねぇ・・ちょっと何だかこれ気持ち悪いわね」
「ですよねえ」
◇ ◇
たいへん雑駁な話をすると、この世界の農民達は、どこかの異世界で集約農業が有名な先進国の農家の十倍近い土地を所有している。そのくらい無いと生活できぬほど土地生産性が低いのだ。村落共同体の自治に参加できる富農層にして、そんな感じである。
騎士身分の者は最低その三倍は無いと恥ずかしい。騎士は・・ではなく、騎士に登用される資格保持者は・・である。騎士に叙任されると、その自己所有地に加え主君から領地が与えられる。
男爵は、騎士のざっと十倍の直営地を持つ。面積だけなら何処か異世界の一千年以上続く皇帝様の居城くらい広い。
だが、それでも村が三つかそこらの広さである。
そんな村のひとつに不穏な空気が立ち込めていた。
男爵居館だった建物を接収して司令部を構えた代官、不安を感じる。
全滅して果てた男爵家の留守を襲って略奪の限りを尽くした村民ども。そろそろ盗品の売却に動くだろうと読んで街道という街道に伏兵を配置した。
だが、何か見落としている気がする。
何せ『ばかは、わけ分からん』のだ。ばかは常識を凌駕する。
◇ ◇
アグリッパの下町。
ザイテック伍長、勧められた宿に落ち着いて満足している。
ただひとつ残念なことに蝋燭が有料だ。備品の獣脂灯がちょっとくさい。
田舎は森林資源が近くにあるので、兵営は官費で松明が常備されていたのだ。
変なところが贅沢になってしまっていた。
まぁ、部屋で食事しないなら我慢も出来る。
近所に食事がてら一杯飲りに行く。
兵営の酒保は安価で質もいいが、給仕は全員野郎である。
看板娘の美貌を横目に見て「都会はいいなぁ」などと呟く。
「にいちゃん、独りかい?」
隣の席。
体格のいい初老の男が話しかけて来る。
ザイテック伍長・・私服だからアルトー青年とでも呼ぼう。
アルトー青年、一瞬身構える。
軽騎兵は小柄が有利なことも有る。彼は兵士っぽくない優男だった。
今日の彼が妙に自意識過剰だったのは、任務が『失踪したおかまの捜索』だった所為である。
声を掛けてきた男が好みのタイプだったから、ではない。決して。
だが気が合ったのか男が聞き上手だったのか、色々と話し込む。
「そんなわけで、逃げた男を追ってるんです。あ、恋人とかじゃありませんから」
「わかっとるよ。だってそいつも女役だろ?」
若干誤解はあるようだ。
◇ ◇
代官のオスカー・ド・ブールデル、騎士だが寧ろ行政官として働いて来た。従軍経験は未だ従騎士だった頃。ボスコ大公と開戦寸前となった時に前線の砦に配置されたのが最初で最後だった。
州境は険阻な自然国境を為していて、南北を結ぶ交通路は川だ。卒戦さとなれば舟師の衝突になる。
従騎士オスカーは、川を見下ろす或る城砦の投石器部隊に属した。しかし結局は砲弾運びだけして終わった。つまり、キャリアは殆んど文官であった。
回想する。
回想を破ったのは、時ならぬ鬨の声。
驚いてテラスに飛び出すと、遠方に無数の松明が蠢いていた。
「ナニガ、ナニガ起キチャッタノデスカー!」
ほとんどの兵士たちを街道沿いの数カ所に伏せたので、此の居館は手薄。大勢で襲撃されたら大変だ。
・・そう思ったのだが、松明は思わぬ方角に流れて行く。
集落には、三つの大木戸に各々三人づつ見張りを置いていたが、暴徒は何十人も居ろう。部下の安否が心配だ。
◇ ◇
手勢を率いて駆け付ける。
東の大木戸が突破されていた。
見張りの兵三人は殴りつけられ踏み躙られていたが命に別状無かった。捕り具の六尺棒だけ装備させて置いたのが却って良かった様だ。
帯剣させていたら、何人か斬り殺した後に大勢で殴り殺される、という大惨事になっていたに違いない。命じたのは兵隊というより警官の仕事だったので、これで良いのだ。うん。
「川の方へと押寄せて行ったであります」
「アー、マイッタコリャ」
もろに暴動を起こすと言うのは予測外であった。
領主が所有する隷属民の村が重税に耐えかねて集団逃亡するとか、荘園がよその領主の庇護を当てにして納税拒否闘争を始めるとかは聞くが、自治村が暴動などを起こすのは昔の宗教戦争時代の遠い話と思っていた。
失うものが大きすぎだろう。
連中、妻子を放り出して何処へ行ったのだ!
「あいつら何考えてんだ」
突然失踪した領主居館で『村ぐるみ集団空き巣やらかし』事件なら、それなりに穏便に済ます手もあった。
そう。『犯罪を命じられた奴隷は無罪。命じた主人のみ有罪』なる古い慣習法を拡大解釈した温情判決の腹案だ。
「・・でも、アレじゃなぁ」
兎も角、分散していた部隊と合流しつつ、暴徒を追う。
◇ ◇
ヨードル川西岸、難民達のいる段丘から少し離れた辺り。
修道士姿の男達十人ほど、黙々と作業中。
「お仕事中に失敬」と駆け付けた男、こと代官ブールデル。
代表と思しき修道士、静かに立礼で応じる。
「お弔いの礼拝をお済ませ致し、水葬させて頂いて居りました処でござりまする。大勢お駆け付け下さるとは思わず」
「墓を掘る人手なら有りましたのにお手を煩わしたは、出遅れた我々の責任です。何卒ご容赦を下さいませ」
修道士たち、暴徒の遺体を次々どぼんどぼんと川に捨てている。
「お気になさらず。もう終わりそうでござりまする」
「イヤ・・この人数を鎧袖一触ですか。さすがは勇猛と名高い修道騎士さまがた」
「本日は難民支援目的で参っておったゆえ帯剣致しておらず、致し方無く暴徒らの手にせる棍棒など奪って応戦致しましたが、装甲せざる大人数相手は却って勝手が宜しうござりました。剣は血糊で直ぐ使い難うなりますから」
淡々と作業を終える修道騎士団員。
草叢を誰かごそごそ動いている・・
続きは明晩UPします。




