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30.盥回し少し憂鬱だった

 メッツァナの町一番の高級宿、一階大広間。

 可成りの貴賓も屡々しばしば訪れる所なので、不躾な態度の客など滅多に居ない筈だ。

 筈なのだが、旧帝国ふうの寝椅子で食前酒の杯を手に寛いでいる或る若い女性に視線が集まるさまはあたかも冒険者の屯する安酒場の如き様相を呈している。

 彼女の腰から下の曲線に無遠慮な視線が注がれているのだ。


「奇妙なお話?」

「クラリーチェ様の為には私共の切り札とも言うべき冒険者を派遣いたしました。バッテンベルク御家中の方には御者兼護衛をお付けして居ります。もし当ギルドうちが貴女様のお眼鏡にも適える者なら、この上無い光栄です」

 と、彼女のボディをチラ見しない数少ない男、ギルマスのド・フネス氏。平素はよく女性のスカートを覗く彼である。

 本日の真剣度が伝わって来る。

「どういうお話ですの?」

「有り体に申し上げますと・・北の方で男爵家同士の不倶戴天フェーデ決闘がございまして戦に敗れた側が莫大な財宝を、押収されて仕舞う前にと、エルテスの大司教様へと寄進状をしたためて密使を送ったらしいのです」


「あらまあ! 貴族ならばこそ敗れたら従容とさるきでしょうに。わたくしの育ての親である叔父貴も決闘で敗れて身分放棄し、町場で医院を営んで居りますが泰然としてをりますわ。その所為せいで、わたくしに男爵領ふたつと一族の棟梁の座が回って来てしまったのですが・・

 ・・まっこと塞翁が馬ですわね」

「いや、私も亡国の遺民とは言え元は貴族の端くれだった者。士道の覚悟は存じておりますが、その密使というのが実は一族の生き残りで年端も行かぬ少女と聞いていささか情に流されましてな。その寄進も、同じ一族の生き残りの女子供らを保護願い奉る為と言われますと・・」

 ギルマス左様そう言って食前酒を食前酒らしからぬ呷りかたをする。


「頼られたのですか?」

「逆です。仇の側から寄進阻止に協力要請を受けました。道理としちゃ・・勝者の側に理が有りますよね」

「まぁ、道理と言えば『勝ったもん勝ち』ですけれどね」


 部族の掟『決闘の勝者は全てを奪う』に『尋常な勝負であったのか? 卑怯ではかった証しに、見届け人を立ち合わせろ』というレヒトが付け加えられ、そして更に『剣を抜かず口頭弁論で解決できないか? 立会人を納得させて見ろ』に至るまで幾百年の星霜を要したであろうか。

 しかし今でも『ひとたび鯉口を切れば勝った者の総取り』なのは変わらない。


「ルイジさんも、落ちうどの身のうえから冒険者を経て地位を得た方だから、敗者にお優しいのですね」


                 ◇ ◇

「おお! あのタヌギルマス、身の上話で上手く売り込みやがったぞ。『奇妙な話』とか前フリで興味引くとことか、あざといわー」

 遠くで聞き耳を立てている半獣人カーニス、実況する。

「あのお姫様も、女城主へと返り咲く前は骨肉の争いの負け組で、冒険者やってて底辺生活知ってるらしい。その辺を攻めた」

「苦労人なのかい? 見た目お気楽な人っぽいけど」

「南部人って、どんな逆境でもお気楽っぽい性格らしいぞ。うちの警備チームにも南部系が一人いるが、そんな感じだ」

 市警警備班の副チーフまで乗って来る。


                ◇ ◇

「財宝などは綺麗薩張さっぱりと決闘勝者に引渡して仕舞えば、後々に軋轢が残らなくて宜しいのでは? 大司教様へは、一族への人権剥奪刑を差止めて頂く願いだけなら寄進など要らぬ人道上の嘆願。あとは、わたくしが南部の未開拓地に入植者として認可を与えれば、問題は全て氷解しませんこと?」

「ふっ、福音!」

「勿論・・勝者に財貨を与えたくないと云う悪意とか、旧領奪還の野心とかが見え隠れするなら、助力は致し兼ねますが」

「それは正論で被居いらっしゃいます」

「お使者の方に会って見定めませんと如何様いかやうにも・・致し兼ねますわね」


 今だ北のカンタルヴァン辺りで愚図付いているアリシア嬢だが、先に問題の方が解決しそうな勢いで事態は動いている。


                ◇ ◇

 そのカンタルヴァン城。

 今朝のうちからカーラン卿より話が通っていたらしく、レッドたち実にあっさり城門を通される。

「手回しの良いこった」

 番兵に言われた通り、領主居館脇の事務棟のような所へと真っ直ぐに向かう。


「いやぁ来たね! 入って入って」と、先に扉の中から声。

「顧問官アドラー様ですか?」

「アグリッパの探索者アドラーだよ。長期契約で草鞋を脱いでる。きみらは、あのクレア=ディード組を撒いちゃったんだって? すごいね」

「いや、もたもたしてたら追っ手に置いてかれちゃった感じで・・」

 妙な言い回しだが、これが一番事実に近い。

「ふーん、自然体の勝利かぁ」

 なんだか勝手に納得している。


「教会の方からも、君らを宜しくって言われてるんだけど、済まん・・今ちょっと風雲急を告げちゃっててさ。手が離せる気がしない」

「南部の方々がぐいぐい来てる話ですか」

「耳が早いね。まぁ、摩擦を抑えるのに細心の注意を払っときゃ軟着陸イケるとは思ってるんだけどさ。ただ、何処どっかで燻ったら直ぐ火消しに駆け付けられる体制でワッチしてないと、ってとこで席を外しづらい訳よ」

「わかります」

「代わりに、力になって呉れそうな人に目星だけは付けてあるんだ。ノビボスコの町へ行ってメーザー師という方に・・」

「今朝のお弔いでお近づきになりました」

「は・・早いな。でも、その人じゃないよ。師に口説いて貰おうって寸法だ」

「どういう方をです?」

「メッツァナきっての腕利き冒険者をだ」


                ◇ ◇

 メッツァナの港。

 南北河川交通の要所カナメである。大きく、そして良く整備されている。

 定期船を降りて来る旅行者を見張っているのは、地元の浮浪児三人組。言わずと知れた、旋風小僧の手下である。

 港の桟橋を降りて来る乗船客のうちに、ミドルティーンとおぼしき独り旅の少年の姿あり。結構可愛い女顔をしている。


「ベン、お前の番だぞ」

「うん!」

 少々躊躇ためらいを見せつつも随即やがて意を決して走り出す。

 定期船から降りて来た少年に向かってベン、走り寄る。

 体当たりする様に抱き付いて、股間を握る。


「沈没〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

「あたたた」

 少年、思わずベンを突き放す。

「なにすんだよチビ、痛いじゃんか」

 相手が子供と油断したとは言え、急所を握られるなどは冒険者として論外もいい所である。

 フィン少年あたりだと読み書きスキルが有って事務仕事が出来、軽戦士としても使えるレベルのD級冒険者だ。その一階級下で是れはいささか情けなく見えるが、実はあちらは年齢制限が解けて最初にD級に昇ったエリート組でも上の部類で、普通のE級は此んなもんである。

 彼はアグリッパの冒険者ギルド員E級シーフで名をユージンとう。D級未満がギルドのバウンダリ外でやっていい数少ない業務を遂行中である。

『お使い』だ。


「突き飛ばしちゃって済まない。でも、お前が悪いんだぞ」

 尻餅をついたベンに手を差し伸べる。

 でも、警戒している。

 可愛い系の童顔なので、ガラの悪い先輩冒険者に尻を触られた事は有るが、前を握られたのは初めてだったからだ。

「変なこと、しちゃ駄目だぞ」

 ベンの趣味を疑いながらも扶け起こす。


「お兄ちゃんイナカモノ? 『軍艦沈没』ごっこ、知らないの?」

 ベンの仲間が飛び出して来て囃し立てる。

 大都市アグリッパ育ちのユージン、少しムッとするも、確かに就業不許可な幼い頃からギルドに出入りして大人に傅いていて、子供らしい遊びなどと無縁だったと自省する。親が聖職者の侍従だったので、貴族風の生活習慣の方に馴染んでいたのだろう。

 まぁ、ユージンがそんな遊びを知らないのは当然だが。

 ベンたちの創作だから。


 ユージンの後ろ姿を見送る少年たち。

「ハズレ」



続きは明日夕刻にUPします。

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