226.またキナくさくって憂鬱だった
旧パシュコー男爵居館から遠くない集落。
冒険者崩れの男カシュパー、乞食の様な格好で墻壁を抜け侵入している。
あの濁流に流されて、流木やら何やらに衝突して負傷し、人相すらも変わったが人の心根は変わらない。
「ははあ・・ここが村長の家か」
門扉に『村長の帽子』の模型が飾ってある。
「見栄っ張りらしいな」
この世界、特定の地位や職業の人が被る帽子のドレスコードがある。
多くは名誉ある地位を表す被り物だが、被差別階級が嫌でも強制的に被らされる帽子もある。
村長の麦わら帽子は笊に似ていて権威のかけらも感じさせないが、どう思うかの感性は人それぞれだ。
カシュパーふふんと笑い、勝手口に回る。
◇ ◇
村長の家。
怒鳴り散らす男の声が響く。
「なんで隣りの領主の兵隊どもが我が物顔でウロついとるんだ!」
家人に当たる。
つまり彼は、その『隣りの領主』が封建領主の領地の垣根を越えて裁判権を持つ伯爵であることからして理解して居ないのだ。
村域の中は、村長が住民集会を開いて裁判を行なう。これまでの彼は『現行犯をその日のうちに裁く場合』という法の例外規定で何事も済ませて来たので、即決で済まないような重犯罪の取り扱いを知らなかったのである。
そもそも此の世界、土地の生産性が低いも低い。土地面積あたりの収穫量が低い以前に、連作障害を起こす作物がメインなので、定期的に土地を休ませる。それで村落は面積ばかり矢鱈と広くて人口は少ない。
重犯罪を犯した者はその場で取り押さえられるか、早々と遠くに逃げ果せるかの二極に偏るので、お代官さまや郡法廷に訴え出た経験も無かった。
それで彼こと村長は、男爵のお役人や用心棒にさえ睨まれないように気を付けて置けば、あとは王様だったのである。
如うして、こんな人間が出来上がった。
「ふんっ! 男爵さまが帰って来たら、あんな連中追い返してくれるさ」
いや、帰って来たら・・あんた捕まるだろう?
「こんちわ」
カシュパー勝手に入って来る。
「なんだ乞食か。残飯なら呉れてやる」
意外と寛容だった。
◇ ◇
ザイテック騎兵伍長、旧男爵居館からひと走り。
「アバンチュール・ギルドってなんだ? 出会い茶屋みたいな所か?」
変な誤解をしたままアグリッパの町まで急行する。
代官ブールデル暫し迷ったが、町のギルドに人探し依頼をすることに決めた。
旧パシュコー家の近習と住み込み下男を、だが然し下男に特徴が無い。近習には有った。元男爵のお稚児さんであった。
夫人が離縁した理由でもある。
息子達も二人いたから離縁する事も無いとは思うのだが、よほど腹に据え兼ねる事由が有ったのだろう。
まぁ私事には立ち入らないが。
伍長が行き先をいかがわしい場所だと勘違いしている理由もお分かりだろう。
◇ ◇
街道。
ヘンドリク、参審人ザンドブルグの速度に追随て行けない。
無理もない。
相手は騎士の中でもエリートである。強豪という意味ではないが、一目置かれて居るから参審人に任命されるのだ。もちろん馬術とかも、市民階級のヘンドリクが到底及ぶ所でない。
市民と言っても大都市の住人には程遠く、伯爵の居城周辺に広がる町の外郭育ち自由人である。
乗馬は我流で、習ったことも無い。
もう尻が痛くて堪らぬ。
「無理せず宿を取れ。私は一刻も早く朗報を伝えたい」
「はい・・(あーあ、参審人さま御一行なら夕飯にだって有付けそうだけど、此の俺一人じゃ精々が軒下借りだな)」
尻は腹には代えらんねぇ。
それに実は、軒下というのも馬鹿に出来ない。
軒下は家主のアジール範囲内だから、家主の許可を得て軒下に居る者を襲ったら罪状に家宅不法侵入が加わってかなり重い処罰を受ける事になる。つまり安全度が格段に高まるのである。
寒いけど。
◇ ◇
旧パシュコー家付近の集落、村長宅。
カシュパーその積もりは無かったが、残飯を食う。
「残飯の礼に、ひとつ教えてやるぜ。村の門外にいる兵隊、ありゃ何を待ってると思う?」
「なんか待っとるのか、あれ」
「ありゃあ待ってんのさ、告発状のお帰りをね。町にいる男爵の甥に一筆書かせに行ったんだ」
「告発って、何を?」
「叔父さんの財産を盗んだ泥棒の、さ」
「泥棒って、誰を?」
「あんただよ」
むろん口から出まかせである。村長が泥棒だということ以外は。
「・・泥棒は、捕まるとどうなる」
「ぶらんぶらんと縛り首だよ」
「死んじまうじゃないか」
「そりゃ死刑ですもん」
まぁ実際は、斬首か絞首かという微妙な問題があるのだが、煽ってるだけだからカシュパー気にしない。
◇ ◇
西日照るツァーデク城。
参審人ザンドブルグの駆る駿馬が城門に駆け込む。
「御注進ッ! 御注進ッ!」
恰も『勝訴』と書いた板切れを掲げて走るような様子の参審人。
「殿ッ とのとのっ! 朗報でござる」
「どうした」
伯爵以下大勢、大広間に集まる。
「姫さまが、侯爵さまにお頼みまいらせて、懸案のパシュコー男爵領は伯爵さまの領地に編入と」
「な・なに!」
端折ったので正確でない。
伯爵領は伯爵領、男爵領が男爵領。領主を同一人が兼ねよとの決定だ。
「姫さま、東方修道騎士団の如き大勢力との州境には然るべき力を持つ領主を配す可し、伯爵さまを措いて適任者なしと強く言上なされました。侯爵さま聴せられて決定事項となり申した」
「あれが・・俺を・・」
「重ねて『先代の責で世襲領を喪失なされた父上を哀れと思し召せ』と嘆願なさり結納の追加として侯爵領の一部を割いて賜ることに」
「ななんと」
「妹君には現状の相続分が騎士領のみなので、未来の甥御を男爵になされたいとのお気持ちとか。なんと心深い御方様でしょう」
「んとかなぁ」
疑う妹@戸籍上。
◇ ◇
歓喜の声にさんざめく大広間の片隅で、父と娘。
「許された気になって図に乗っちゃあダメだけどさ、お母さまがティリのヘイトを持ってって呉れた気がするわ。死んでもなお家族を支えてくれる人なのよ。たとえ自分が天国に行けなくても」
「地獄でもな」
「言い方!」
「いや、あれの家族への思いがどれだけ強いかを言いたかった」
「お父さまは、かなぁり口下手だと思うわ」
「だからお前、頼むよ。分家として主君との血縁が遠くなって来ていた所を、再び一気に近親者に戻るのだ。家臣としての立ち位置も再構成することになる」
「つまり、私に何しろってこと?」
「いい婿を探せ」
「ね、修道院に行かせなくて良かったでしょ?」
◇ ◇
集落、村長宅。
「男爵の甥とやらの告発状が届いたら・・」
「表に待機してる兵隊が踏み込んできて、山ほどもある盗品を見っけて、あんたを誘ッ引くだろうね」
「だったら今のうちに・・」
「運び出そうとしたら捕まえようって、兵隊が表で番してる訳だろ」
「ど・どうすれば・・」
「ナニ言ってんの。あんたら最初から難民の犯行だって言い張ってんだから、そのセンで行くだけだろ。モタモタしてて盗品運び出す前に兵隊が来ちゃったのは実際あんたらのドジ」
「隣りの領主んとこの兵隊共がゾロゾロ来るか思わなかったのだ。男爵の相続人が来る頃には難民もどっか他所行っててウヤムヤんなると・・」
「シリョブソクがチメーテキだったね」
「ど・どうすれば・・」
オタオタして居る。・・立ってだが。
「だからさー、もともと難民共は裁判受ける権利なんか無いんだしさー、あんたら戸籍のある自由民サマが『うそ言ってませんから』って神かけて潔白を宣誓すりゃ良いんでしょ? 『ほら、バチ当たらないから無実ですぅー』って言えばいい」
「男爵の甥だか何だかが難民に証言させるんじゃ無いのか?」
「んなら、塞げば?」
「ナニを?」
「その口を、さ」
続きは明晩UPします。




