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224.撫でても触っても憂鬱だった

 アグリッパ、夜更けの下町、まだ酔客ひしめく『川端』亭。

 喧騒の中、やたら露出度高い女ガラティアが断言する。


「ほら、いま十中八九母親の仇なやつと、普通の屑野郎と、単なるウザい奴が目の前にいるとする。突然あんたに権力が転がり込んで来た。さて、あんたイの一番に何をする?」

「親の仇を告発しますわ」

 十二、三の小娘、端然しゃんと背筋を伸ばし『馬上剣スパダの騎士』のカルタを突き出して言う。


「でもさぁ、もしかしてその『殺人事件』って十年くらい前じゃねぇの? なんの証拠あって訴える?」

「お墓を調べて貰います」


「イヤそりゃ、おコツからたぷたぷ水銀でも出てくりゃアレだろうけど、そんなもん残ってるか?」

「うーん」

 水銀なら残っているだろうが。

「だいたい産後で弱った女と嬰児ちびだろ。盛られたのが毒たぁ限らねぇぞ」

「うーん、饐えたミルクだって死んじゃうかも・・」


「なら、どうする」

「法廷で決闘してくれる騎士さんを探します」


「んじゃ、屑親父とウザい妹は?」

「腐ったお菓子でも贈っときましょう」

「どうだい、おぢさん。こうだろ常識的には」

「そうですね。讐を討つのは相続人の義務ですね」

 ・・まぁ継母は何処かでぶくぶく水の底らしいから、常識の範囲内で行くならば波風立たないでしょう。


 腐ったお菓子を引出物に贈るんで彼女が納得ならば。


                ◇ ◇

 アグリッパ北東八里、こぢんまりした聖コレーナ・ダストラ堂の傍ら。施療院と慈善宿泊施設がある。


「こんな時刻に申し訳ありません」と参審人シェッペンザンドブルグ。

「いえいえ、施療院は誰かしら起きてますよ。順番に病人さんを見守りますから」

 在家信者の中年女性、ご近所のひとらしい。

「お宿、空いてますよ」

 雑魚寝部屋だが。


 聞いてみる。

「こちらの土地、みなさん暮らし向きはいかがですか?」

「この辺は二十年近く前に領主さんが教会に寄進してからというもの、こうやって神様に御奉仕に上がる者が家族にいると税金が少なくなって、その分みんな豊かに暮らしてますのよ」


「・・(カネあんだなぁ教会さん)」と執事ヘンドリク心の中で。


 ほかでもない。伯爵の実父が金策尽きて売り払おうとし御用になった曰く付きの知行地である。

 民は幸せのようだった。


                ◇ ◇

 ヨードルの河岸段丘。斜面に差し掛けたテントに住まう難民のキャンプの有様を夜陰に乗じて窺う者あり。

 何処かで拾った板切れを杖代わりに、這うように移動するのはカシュパーという冒険者崩れ。

 高原州ホホラントにて、よからぬ者に媚びた因果で居づらく成った。


 はるか昔に出奔した故郷に残る土地勘だけを頼りに難民たちの引率者ひうらに成り上がり何とかひと旗上げようと思っていた時もあった。

 今は不自由な体を引き摺る浮浪者である。


「覚えていやがれ、でございますよ」


                ◇ ◇

 朝近く、東の空が白んで来る。

 大聖堂脇の植込みの陰のベンチ、清掃奉仕者の作業衣ままのホラティウス司祭が目覚める。


「いけない。また此処で現々うとうとして仕舞いました」

 早朝の典礼まで余り時間も無いようだ。

「きっと未だお酒くさいですよね」

 これは拙い。

「さぼっちゃおうかな・・」

 彼、仕事がら突然の出張も頻繁に有るので、誤魔化しは利くのだ。


 辺りを伺いつつ、秘密の通路から堂宇の奥に消えて行く。


                ◇ ◇

 ツァーデク城。

 伯爵、寝椅子で目覚める。

 夜半にいちど目覚めたのだから寝床に移動すれば良いものを、そのまま寝たので又寝椅子で目覚めた。

「ううむ、節々が痛む」

 反省はするが改めない男である。


 執事が来る。

「旦那さま。奥方さまの御遺体が上がりました」

「そうか」


 暫くして・・

「何処であった?」

「城内の、船着場の泥の底でございます」


「其処が『いんへるの』か」

「いいえ、もっと下でございます」


「対面せぬ方があれの為だな」

「御意」


                ◇ ◇

 礼拝堂から降りて行く墓所。石棺が置かれている。

 司祭が祈っている。

 石棺の蓋には合掌した夫人の浮彫レリーフ


センの妻の並びの位置に浮彫レリーフ付き石棺って、これもう決定なのか? あれは末代まで容姿を比べられるのか?」

「お気になさらず。奥方さまは皆が言うほどには醜女ではありませぬ」

「お前・・言い方」

「内容は旦那さまの仰る所と同じでございます」


「けど不公平だろ。センの妻は享年十九で、奥は・・」

「中年でございます」

「お前・・言い方」

「内容は旦那さまの仰る所と同じでございます」


 伯爵、墓前で祈る。


「なぁ・・石工の仕事だが、棺が出来上るのちょっと早すぎないか?」

「かねてより造らせて居りましたゆえ」

「お前、それって・・」

「余りお歳を召されぬうちが宜しいかと存じまして。他意はございませぬ」

「なら、もっと若いうちに造っておけば・・」

「旦那さま・・言い方」


「なぁ・・俺のって、有るのか?」

「ございません」

「それって『埋葬不許可の可能性あるから』とか言わないよな?」

「滅相もございません。殿方は一般的に歳を経て貫禄が付いてからの方が格好よう御座いますので」


 因みに、一般的には斬首の刑死者は埋葬許可、絞首刑の刑死者は不許可が多い。前者は執行時点で贖罪完了と看做されるのに対し、後者は不名誉犯罪の処刑なので死後に晒されるからである。


「・・・」

 ・・色々妙な問題が噴き出す前に棺の蓋を閉じてやれて、却って良かったのだと今はそう思おう。

 後ろ。娘の啜り泣きが聞こえる。


 居館へ向かう。

 娘と連れ立って歩く。


「金塊ってさ・・『持ってると泳げなくなる』呪いが懸けられてるんだって」

「いや、ただ重いだけだと思うぞ」

 ・・結納で贈られてきたきんを少し持ってたのか。そりゃ沈むな。


「お母さま、きんなんか持って何処へ行く気だったのかしら」

「そりゃ『とにかく当座のカネでも持って手っ取り早く身を隠そう』とかいう話じゃあるまい。お前と違うんだから」

「私って、ばか?」

「いや違う。お前は単純なだけだ」

「同じことじゃん! ばかって思ってる」


「そんなことはない。ばかでいい事は無いが、単純でいい事はいろいろ有る」

 ・・そうだ、急いで何かに使おうとしたんだ。しかし何に?

「『単純でいい事』って何?」

「わかりやすいだろ? ばかは、わけ分からん」

「そんなもんかー」

「そんなもんだ」


 ・・少なくとも、何かする前でよかった。今はそう思おう。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、侯爵邸。

 騎士ふたり帰って来たところ。ホラティウス司祭も居合わせる。

 司祭、酒くさいのを気にしてか、少し皆と離れている。


「行って参りやんした。水門開けてざぱっと流して万事さっぱり」

 侯爵に鍵を返す。


「特にさわりは無かったか?」

「それが、伯爵夫人が流れちゃいやした。さっぱりと」

「あらまぁ、それは大変ですわ」とマティルダ夫人・・ではないが、其の予定者が口許を隠す。


「お一人だけ?」

「お一人だけでやんす」

「他の方の事は水に流されては何如でしょう?」と、司祭。

「川の流れも綺麗に成ったる模様。人の心も斯くてこそ在れかし」向こう傷の騎士静かに言う。

「誠にそのとおりです」

 司祭頷く。

「それと・・下流のパシュコー男爵が河川敷に居る高原州ホホラントからの難民に嫌がらせをた件で東方修道騎士団と衝突が起きて仕舞いまして」

「なんと!」

 侯、卓を叩く。

彼処あそこの先代は立派な武人じゃったのに息子が不出来で、儂は授封更新を断ろうと思ったのだが周囲に慰留されて仕舞うた。問題を起こす前に、ばっさり断つきでありましたわい。して如何なる仕置を?」


「騎士団はヨードル川の西に手を出さぬ代わりに、パシュコーを改易すると決めてしまいました。派遣した全権が和議の席で即決したため、侯爵さまにお断りするのが遅れました。申し訳ございません」


 男爵おさわり事件、ここに公式解決となった。



続きは明晩UPします。

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