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223.整理つかなくて憂鬱だった

 アグリッパの町、下町の有名店『川端』亭。

  清掃作業着姿のお忍び好き司祭さま。

  横に、カルタ占い好きの少女。

  向かいに、ガラティアという名の矢鱈に露出度高い女。

 噂話に花が咲く。


「それ、ぜったい日陰女がったなっ」

「証拠もなしに言うのも憚られます。しかし今は領主となった男、なに憚ることなく元の日陰の彼女を娶り、晴れて夫婦となりました」

「共犯でしょ共犯っ!」

 露出度高いガラティア、興奮気味。


「そうでしょうか? 先代領主の娘が産んだよつぎの男児は、入婿の彼にとって大事も大事です。領主の地位を確固とした物にする為に欠かせぬ継体の君ですわ。妄りに亡き者にする訳がありません」

 カルタ少女が冷静だ。

「女はやるわよっ。旦那取られて恨み骨髄でしょ。損得勘定なんて抜きよ。いづれお嬢ちゃんもオンナに成ればワカル」

 少女、納得出来ぬ顔。


「残された子は、『生さぬ仲とは絶対秘密』の娘ひとり。それと『実は実の娘』を養女に迎えて都合二人」

 変装の司祭膝を打って名調子。

「さぁて愈々いよいよ泥々の展開ですわね!」

「なんだか続き柄わかんなく成って来たわっ」


「それで継母は先妻の産んだ娘をいぢめ抜くのですわね! 奉公人にようにき使い暮れ過ぎに凍て付く戸外おもて遠くの井戸まで水を汲ませに遣るのです。それで幼い娘は重い水桶を如何どうにか持って蹌踉よろけながら歩いていると、突然その重い重い水桶が不図ふと軽くなる!」

 俄然カルタ少女が饒舌。

「どっかで聞いた話だわねっ」

「幼い娘、見上げると其処には白髪ルブラン氏が桶の取手を・・」

「そういう話ではありませんが」


 夜も更ける。


                ◇ ◇

 ツァーデク城。

 伯爵ここ数日はちゃんと寝床に就いていない。長椅子で物思いに耽るうちに寝入ってしまっている。

「疲れが取れんわけだ」

 今夜は頻りにセンの妻が思い出されてならない。


 人も羨む天下の美女と祝言を上げたが、嬉しかったのは三日か其処いら。彼女は終始どこぞの誰かを想っていた。

 振り返って、糟糠の妻は一途に想ってくれた。

 想ってくれたが重かった。


 彼女と祝言を挙げる筈が、放蕩親父の起こした騒動の始末に明け暮れているうち先代伯爵たぬきおやぢから呼ばれてしまった。それで終わった。苦労をかけた。


 だが、妻ふたり喪って、湧き上がって来るこの心軽さは何だ。

「俺は罰当たりだ」


 漸く睡魔が襲って来る。


                ◇ ◇

 侯爵邸、居間。

 侯爵とマティルダ嬢、可成ぁり睦まじい。

 侯子殿と彼女の御母上の婚約が侯子薨じて不成ならずであるから祖父と孫の世代差だ。何処ぞの有名な天下人が旧主の姪御様を娶って三十二歳差と聞き及ぶが、それより有るだろう。


「おじいちゃんビーチェさんにご執心だったから、スキャンダル回避出来て皆んなハッピーだよね」

「怖いこと言いながら、なに覗いてんだ」

「お式前に限度越えちゃわないよう注意してんじゃないかぁ。皆の幸せの為だよ」

「お前は覗きが趣味なんだろ!」 *: Das Spioniren, scheint's, ist deine Lust.


「ややっ・・あれは、僕が教えた手管テクだ。すごいすごい。立ち待ち・・」

「おい、妙な実況やめろ」


「ふふっ、アントン興奮した? なら僕が相手するよ」

「やめんかっ!」


「真面目な話、あの二人に子供が出来るか否か、結構重要な政治問題なんだよ」

 ・・それは分かる。

「彼女に子供が出来なくても一生優雅に暮らせる財産を貰えるから、若い恋人でも作って此れからの長い人生を楽しめばいい。ただ、それは誰にも相続させることが出来ない『一期分』の財産だ。侯爵家の家督や財産をめぐって、熾烈な相続争いが始まるだろうね」

「よその宗派の信者が相続しないように大司教座も動くだろ?」

「そうそう。だが、その逆も来る」


 また隣りを覗いて「おおおー」とか言い、また言葉を続ける。

「そもそも彼女自身が伯爵家最後の直系だもん。自前の財産だってたっぷり有る。そっちを狙って来る有象無象もきっと多いだろうね」

「うーむ」


「僕のえっち指南が齎すのは天下国家の安寧だよ」

「おまえの猥褻が世界を救うって?」


「そのとおり。君は東方騎士団のこと、どれくらい知ってる?」

「おっかないって程度だな」

「あそこの総騎士団長スペリア・マギステル君主プリンツ司教ビショフ。公侯なみの権力者だ。傘下の管区長は司祭で伯爵なみ。各々それぞれ軍団を率いてる。修道士が騎士で、ひら信徒が兵士だ。くにまるごと軍隊なのさ」

「結論はいっしょだ。おっかない」


「東に東方騎士団、南に南岳教団。この州が乱れたとき、この国の二大武装集団が首都圏まで素通りできちゃう。ワカル?」

「・・・」

「隣りのお部屋で進行中のえっちが世界を救うんだ」


                ◇ ◇

 アグリッパの下町、『川端』亭。


「んでぇ、虐めらいてたのが先代の血を引く長女で良い子、虐めてた継母は嫉妬の夜叉で連れ子が野放図ワガママ娘ってのが王道だわよねっ。それで虐められっ子が救出されて継母継子ザマミロになる」

 ガラティア、えへんと大きな胸を張る。


「でも、王道では意外性なさ過ぎで、おはなし的に面白くありません」

「お嬢ちゃん子供らしくねぇよ。子供は単純に喜べよ」

「おねぇさん、子供を甘く見過ぎですわ」

 カルタ少女、一枚めくると『逆さ吊りの男』の札。

「平凡!」

 まためくると『運命の車輪』の札。


「すべては変転し、月のように満ちては欠けます。心躍る頂上から失意の淵までも人は運命の回転に翻弄されます」

「なにそれ」

「カルタの解釈」


「で、心清き虐められっ子は?」

「心清い優等生だと『おはなし』的にツマラナイから、虐められっ子と虐めっ子が大きく成って同じ男に恋をして、なんとヒロイン大逆転」


「それってさ・・ざまぁ見なくない?」

「だから、大人になった虐めっ子は報われぬ愛に生き、愛に死んじゃうのですわ。はかなく散っていく逆転虐めっ子ヒロインが満座の紅涙を絞るのです」


「う・・おぢさんには少し難しい話かな」

 司祭ちょっと引く。

「それで、虐められっ子は救われた後、何を望むと思う? 或いは彼女が『心清い優等生』だと『それでもみんな幸せに』とか言うかな?」


「そりゃ無いぜ。おっ母さんられてないか?」

「思いますにその継母、我が夫の子を産んだ女を見て夜叉となられたのでせう? 妻の座を奪い世継ぎを産んだ嫡妻むかひめ憎しと」

「もしかして美女な先妻って、年も日陰女より若いんじゃねぇの?」

「当たりです」

「そりゃりたい気持ちもわからぁな。でも何でその娘までいびる?」


「思いますにその継母、娘に母の影を見たのです。形を変えた『うはなり嫉み』に相違なきかと。それに気づき、夫は娘に愛情を示そうに示せなく相成り給うたのでは有りますまいか。火に油を注ぐまいと」


「もしかして、夫は気遣い出来る奴?」

「屑は屑」

「お嬢ちゃん厳しィィ」

 露出度高いガラティア、胸を揺らして仰反のけぞり返る。

「でも年増の非公式先妻を後妻に貰い直したのって偉くねぇ?」

「ですから、娘を一人養女に入れるには理由が要りますでしょう。連れ子と養子の縁を組む方が自然です。世間でよく有りますもの」


「考えてみりゃ連れ子も不憫だ。父に実の親だと名乗って貰えねぇなんて」

「実の父と名乗ったら彼女が非嫡出子だと決まってしまいます。嫡出にならないと。母親に幻の前夫を捏造した方が人生有利ですわ」

「クールな奴だなぁお嬢ちゃん。人情ってものが必要だろ」

「意地や情けで損気を吸うな、でございますよ」


「いやもう誰が誰やら。んで、上の娘は天涯孤独、亭主と後妻と連れ子は家族って左様そーいう事なんだよな?」

「是」

「上の娘の身からすりゃあ、後妻はたぶん母の仇。亭主は普通に屑野郎、連れ子は単なるウザい奴・・って、こんな感じ?」

「同意」


「んなら一択だよな」


 ・・・何が、かな?



続きは明晩UPします。

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