222.後始末も憂鬱だった
ツァーデク城。
伯爵、代官ブールデル、参審人ザンドブルグの三人で打ち合わせ中、次席執事のヘンドリクが来る。
「侯のお使者がた、お発ちになりましたっ。お引き止めしたのですが、お打合せの邪魔は本意でないと仰って」
「や、これは失敬して仕舞ったな。随分と世話になったのに」
ヨードル川は清流に戻り、懸念は消えた。
この件、伯爵は領内で面目を施す事となった。可成り他人の猿股だが。
領内唯一の人命被害が伯爵夫人だったことも同情票を得た。
・・そうそう、下流の他領にも挨拶しとかんとな。パシュコー以外んとこも。
「御両名、昨夜十分馳走になったからと仰いまして・・」
「飾らん人たちだったなぁ」
◇ ◇
城門。
馬上の両名を追って走り寄る銀髪ぱっつん娘。
「ちょっとぉぉ! ひとことだけぇーっ」
「ん? 伯爵殿の御令嬢、何用なりや?」
「ぜいぜい・・ずっと他の人とか近くに居たんで聞けなくってぇ・・」
「いや、深呼吸なさいやし。はい、すぅは、すぅは」
「すーは、すーは・・ぜぇ」
「そうそう」
「騎士様がた、うちの母上やりました?」
「へぇ、やりやした」
「いかにも。我ら両名して水源の森の湖の堰開け放ち、伯爵夫人は濁流に飲まれて身罷られたとの事。ナマンダ・ブー」
「何それ?」
「その昔、東方の三博士が伝えた霊験灼たかな呪言であるとか」
「お嬢さんも一緒に唱えやしょう」
三人。
「ナマンダ・ブー」
「ねぇねぇ・・他に誰か一緒に来てない?」
「アグリッパの町より我ら二人して直走って参った」
「そうかぁ、違うかぁ・・」
「それじゃ、あの金に呪いがかかってたとかは?
「やだなぁ。この世に呪いのかかってない金なんて無ぇでやんす。使えば使う程に金遣いたくなる呪いとか、みんなが自分の金を狙ってると思えて来る呪いとか・・持ってると泳げなくなる呪い・・とか」
「それは恐ろしいわ」
「それでは我らこの辺で」
騎士、去る。だが馬首は南。
◇ ◇
川筋を暫く南す。
河岸段丘の東南斜面に仮設住宅群を認む。
哨戒中のザイテック騎兵伍長、南下してくる二騎と驢馬を目ざとく発見する。
「ありがとうございました。盆地の住人として感謝に耐えません」
増水被害者キャンプ近くなので言い方も遠回しだ。
「河川敷ゃ泥々でやんすね」
「暫くは使い物にならんであります」
「いちおう責任てぇか・・川沿いを見て歩ってから、侯爵さまん許に帰投しようと思いやしてね」
「ご苦労様です。ここも領主の悪意さえ無ければ人的被害は出なかったでしょうに悔やまれます。いや、流民のリーダーも碌な者で無かったですが」
「兵六玉?」
「濁流接近の知らせを聞いてなお、パシュコー男爵の嫌がらせと思い込んで適切な処置を怠ったため、十七人の人命が損なわれました」
「そいで?」
「皆で麻袋に詰めて川へ」
「ざまぁ見たもんだ」
難民たちを見る。
「お坊さんたち、来てやんすね」
炊き出ししている修道僧に近づいて話し掛ける。
「兄弟団の皆さまがた、慈善活動にお精が出なすって有難う勿体のう存じやんす。今日は普通の修道士さんの格好で?」
「被災なされた方々が緊張せぬように、と分団長の申し付けでしてな。否々領土がなんとかの色気は御座りませぬぞ。修道僧だけに色気は」
「んな疑ぐりゃしやせんよ・・(東方植民に労働力が欲しいんでやんしょ)
◇ ◇
アグリッパの町、『川端』亭。
アントン先に暇乞いし、皆の夕食持って侯爵邸に帰って終い、変装した司祭さま独り「もう一寸もう一寸だけ」と曰って居残り。
すると背後より声を掛ける者有り。
「親切なおぢ様、御差支え無ければわたくしの無聊をお慰め下さいまし」
見ると先刻の少女が陶盃を両手で胸に抱き、ほんのり頬を染めている。
「これこれ飲んでは不可ませんよ」
「それでは止めておきますわ」
隣に座る。
カルタを取り出す。
無造作に一枚捲ると、聖杯の女王の札だった。二枚目が金貨の女王。
「運命を変えるような女性たちとの出会いが続いておられますのね」
「女性・・ですか」
「でも大丈夫。おぢ様はガラティアさんの姿を見ても意に介さなかったですもの。いえ当然ですわ。ヴェヌスの山のビナスの誘惑でも耐え凌がれる強い心のおかた」
三枚目のカルタは聖女の札だった。
「そんな大層な者ではありませんよ」
「否わたくし、と或る貴族家に行儀見習いに上がって居る者で、やんごとなき際のお客様の給仕を幾度も致しました。おぢ様は一国の相か正卿の器量をお持ちの方に相違ありませんわ」
「いや参ったなぁ」
最近なんだか周りに押しの強い女性が多い様な気がしている司祭。否迷惑だとは言わないが。
◇ ◇
ツァーデク城。
伯爵たち未だ雁首揃えて思案中。
「あの村の連中の略奪行為を看過すれば法の権威が損なわれます。かと言って村の労働力を無闇に削る結果となっては、今度新たに赴いて来るだろう男爵が困る筈。如何したものか」と代官。
「新領主の候補が決まって居るならば、意見を聞きたいものだが」
伯爵の優柔不断が出る。
参審人ザンドブルグ意を決して言う。
「ひとつ某アグリッパに赴いて様子を窺って参りましょう」
「道は分かるのか?」
うっと詰まる参審人。
「幸い最近うちのヘンドリクが行って来たところだ」
「彼なら、あの村にも一緒に行った連れです」
次席執事、呼ばれる。
◇ ◇
アグリッパ、『川端』亭。
「お嬢さん、あなた方は旅の途中なのですね?」
「ええ、南へ帰る旅路ですわ。一両日中にはウルカンタに向けて船の上です」
「一期一会であるならば、私の話をお聞き下さい。昔あるところに、将来を誓った男と女が居りました」
「それが不幸になって終うのですね。わくわく」
「なって終うのですよ。ときの領主には絶世の美女の一人娘がおり、どこの誰とも知れぬ相手の子を孕んで仕舞います。領主は男に『何も聞かず我が娘の夫になれ。お前を次の領主にしてやる』と言ったのでした」
「その話、乗った男は屑ですわ」
「一概に左様とも言えません。男は到底も断れぬ立場だったのです」
「では、娘を孕ませた相手が屑ですわ」
「それも左様と言えません。実は娘の相手は兵士で、娘が孕んだ事など露も知らず遠方の戦地に急遽赴いたのでした」
「・・話が難しくなって参りましたね」
「結局、男は領主の婿に収まりましたが、言い交わした女を捨てるに忍びず密かに身近に置いたのです」
「やっぱりその男、屑ですわ。一度長いものに巻かれたならば既う不実な男に徹す可きです。泉の精に『金の斧も銀の斧も、斧はどっちも俺の物』などと答える輩は泉の水底に引き摺り込む可きです」
「引き摺り込まれたのは女でしたが・・」
「え?」
「何でもありません。領主の娘は女児を生み、男は領主を継ぎました。でも囲われ日陰者にされた女も女児を産んだのです」
「屑ですわ。屑の王者ですわ」
「それが、『起承』の次は『転』なのです」
「さらにテーンと来るわけか」
いつの間にかガラティアと呼ばれた露出度高い女、向かいに座って聴いている。
「その男の股間、節操無さすぎ!」
「この後もっと無くなります」
「もっとかよ」
「男が、先代領主の娘との間に長男を儲けるのです」
「まぁ元々買われた種馬なわけだし、それはそれ。良いんじゃないの?」
「左様ですわね。相続問題も起きなくなりそうですし、丸く収まりそうですわ」
「それがどっこい」
「どっこいと!」
「どっこいなのですか!」
「先代領主の遺した娘と、男と為した待望の男児。産後間も無く身罷ったのです」
「日陰の女がくさすぎる」
少女カルタを切って・・
「騎兵剣の女王の逆位置っ! 出ましたわ」
続きは明晩UPします。




