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221.空き巣とらえて憂鬱だった

 アグリッパの路上、『川端』亭の近く。

 大聖堂で清掃の奉仕活動をなさってる信者さん風の某師と侯爵家の執事のようで実は違う某アントン、声を掛けられる。


「あのぅ、もし。とても親切っぽい空気をお纏いのお方さまがた・・」

「あ、いや。そんなふうに見えまするか?」

「ええ、とても」


 言われて含羞はにかむ某師、十二、三くらいの少女を見ると、連れは初老の僧形の者と屈強を絵に描いたような武人が二人に露出度高い女が一人、馬が二頭に驢馬三頭の旅姿。

 このところ所以いわく有りな人にく逢うものだと感心するアントン。


「この辺りに良い宿屋さんは有りますでしょうか。わたくしたち遠方から来た者で此の町は不案内なので、お知恵を分けて頂ければ嬉しうございます」

 最年少が引率?

「ええ、此処ら下町も親切な宿屋さんが沢山ありますよ。そちらの酒亭の隣なども評判の良い宿です。最近お巡りさんの巡回も多いし、安心して寛げますよ」


 司祭さま本当のことを仰ってるけれど、世を騒がせた誘拐事件の現場近くだから警備が厳重なのだとは言わないあたり、地元産業を慮って気遣いなさってるのかなと思う執事。


                ◇ ◇

 少女が一礼。皆それにならう。

 何処か奇妙な一行、宿屋に入って行く。


「ねぇ司祭さま・・」

「なんだいアントン君」


「女の人のスカート膝までめくると、強制猥褻の罪で死刑ですよね」

「世俗の法では、そうみたいだね」

 ちなみに教会の法では、最高刑は破門である。


「スカートが膝より短かったら如何どうなるんでしょう・・法律的に」

 さっきの女性のマントの中を見たようだ。


「もし女性が男物の太腿丈チュニカを着用した場合に、不法行為者がその裾を一インチめくっても、普通のカートルどれすの裾を踝から二十四インチめくったより高い位置になる。しかし不法行為者は面積として大きな露出を作り出していない。どちらが、女性に強く恥辱を感じさせるでしょうか」

「それは人によると思います」

「そうです。私は、世俗の法には疎いですが、より深く心を傷つけた方の罪がより重いのだと思いますよ」


「では、判決発見をする参審人は困りますね」

「人が人を裁くのは、難しいものです」

 服装に合わせ俗人のような喋り方を意識していたホラティウス司祭、口調またが戻っている。


「あ、路上で立ち話する話題っぽく無いですね。我らも行きましょう」


 二人、『川端』亭に入る。


                ◇ ◇

 アルトデルフトの町。

 港湾には海運ギルドが自治権を認められいやお布施で『賃借』しているが、市街は修道院の絶対的支配下にある。ただ、それ程には口煩くも無いので、市民共同体が色々と委任されている形だ。つまり自治が無い訳ではない。


 ただ河川敷に棲みついた貧民層に対して、市民はこれを毛嫌いし、修道院の方はお慈悲を垂れたがる。

 今般の人為的水害も、丘の上からのお達しで市民は嫌々ながら保護した。

 港の海運ギルドはというと、河原の男達を荷役の安価な労働力に使いたいもので彼らの味方ぶるから、市民と色々軋轢が生まれたりする。


 川沿いの広い道路一本潰した難民用のテント村だが、修道騎士団お下がりの軍営用テントで頑丈な作りだ。市民ら、このまま居付きやしないかと心安らかでない。


 そんなテントの片隅。

 上流から流れてきた土左衛門なりそこない男カシュパーが寝ていた。

 自分を麻袋ドンゴロス詰めにして川に捨てた人々への恨みを胸に、施しの粥を腹に、片手を痛む腰に。

 残念ながら未だ足は立たない。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、『川端』亭。

 アントン、大聖堂で清掃奉仕する信者の作業着を纏った司祭さまと一杯開始。


「ああ、この格好が気楽です」と司祭。

 小柄な老人が上半身を膚脱はだぬぎして人の輪の中で踊っている。

「あのひと、実は偉いお役人なんですよ。彼もあの格好が気楽なんです」

「偉いかたは偉いなりに、お仕事の重圧ってものが凄いのでしょうか」とアントン感慨深げに頷く。

「人それぞれです」と司祭も頷く。


「先ほど、より深く心を傷つけるのは何か、という話をしていましたっけね」

「人それぞれ」と。


「アントン君は、あのお嬢さんの親を殴ってやりたいと思ったでしょう?」

「暴力を振るいたい・・なんて事を思ってしまいました」

「それは君が、痛いことされるのは嫌だからです。ま、誰でもですが」

「そりゃ嫌ですよね」

「大聖堂にご奉仕に見える方々、身分あるかたも多いですが、汚い格好することを自罰と思う人もいれば、元から苦にしていない人もいます」

「人それぞれ」ですか。


「わたしなんかも、汚れた作業着身につけて床なんか拭いていると無心になれると謂うか、癒やされる気持ちがします。そういう罰を与えられても罰に感じません」

「身分も落とされたら?」

「今の身分も大したもんじゃ無いです。お金がないと困っている人を助けられないから困ります。お酒もちょっと飲みたいし」

 いい司祭さんだなぁ、と思うアントン。

 果たして、そうかな。


「お武家さんも、国破れて泥水啜って生き延びて復讐心を培うひとも居れば、ただ恬淡として気にせず恬淡として報復するひとも居ます」

「慣れちゃってる訳ですか」

「戦争のプロっぽい人は左様そうみたいですよ」


「あのお嬢さんの心は何如なんでしょうね」

「慣れちゃってる人ぽい気がします」


 ふと気づく。

 踊ってた老人、此方を見ている。

「・・(ぎくっ。露見バレて仕舞いましたか?)」

 彼にプレッシャーを与えている上司、心中慌てる。


                ◇ ◇

 そこへ、露出度の高い女と厚着の大男が現れる。

 皆の注意がそちらへ向く。

「・・(ほっ)」と司祭。


「ね・ねぇちゃん凄ぇ格好だな」と酔客。

「南部じゃ普通よぉ」

 嘘である。

 トスキニアの海岸リゾートあたりなら居るが。

 まぁ、どこかの異世界では公道でランニングしている格好ではある。


 アントン小さな声で・・

「司祭さま・・めくるスカートが有りません」

「ここで司祭と呼んじゃ嫌ですよ」

「どうなんでしょう法律的に」

「世俗の法では、被害者の訴えが無ければ罪に問われません」


「おっと! 手が滑った」と酔漢。

「触んじゃないよ。賠償金ぶっせ取るわよ」

「すまんすまん。リュクリーちゃん、こちらのお嬢さまに一杯」


 エール1ピントで済んだ。


                ◇ ◇

 ツァーデク城。

 伯爵と代官シュルツブールデルに参審人シェッペンザンドブルグ、三人で渋面。


「あそこには、近いうち新しい男爵が封建されて来るにしても、当面の治安維持はうちの責任という事になるだろう」

 ブールデル、更に渋い顔。

「やっぱり私の仕事ですよね」

 パシュコー男爵の騎士達は明らかに無罪なので、領民たちの略奪行為を裁くのは彼だ。たぶん平和破壊罪に引っ掛かるので通常の法廷とは違い、行政側が告発する事になる。

 事件直後に実地検分した参審人ザンドブルグが、男爵居館から略奪された財物を蔵匿していた領民多数を既に摘発している。捜査検事が陪審員の評決権を一票ぶん持っているような感じの立場だ。


「あそこの村長ばうまいすたまでグルですから」とザンドブルグ。

 略奪した馬なぞ隠してすら居なかった。

「というか、ほとんど反乱ですよ、あれ」

 まぁそんな雄々しいもんでなく集団空き巣だが。


「ゲス男爵への鬱憤とか、心情も理解わかるが、河原の流民たちに罪をなすり付けようと画策したとこは同情できんなあ」

 伯爵複雑な顔。

「まぁ、もっと酷く腐った連中だったら流民みんな殺しちゃってから罪なすり付ける挙に出るでしょうけど」とブールデル。


 法に保護まもられる人権のない立場の者を村長権限で捕まえて『村民集会をひらいて判決下して現行犯を死刑にしました』で済ますことも出来たろう。ただ、それには流民が多すぎた。

 それ以前に、修道士たちが支援に来てたみたいだし、無理だろう。

 つまり、良心があったから『裁いて死刑にしました』が出来なかったのではなく断行しようと思っても出来なかった訳だ。

 伯爵あんまり同情心が湧かない。


 ただ、クズ親父がゲス男爵に領地を売った諸悪の根源男なので後ろめたい。甚だ後ろめたい。


「報告はしとくか。もう知ってる筈だけどな」

 と、誰か来る。


続きは明晩UPします。

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