220.むしゃくしゃして憂鬱だった
ツァーデク城の伯爵。
「なにウスウスしてんのお父さま」
「鬱々だ、ばか者」
怒る気にもなれない。というか・・笑う。
「むかし知ってた辺りに行ったら人の心まで荒れ果ててた。もと碌でもない領主が居て、そいつがまた碌でもない領主に売り払った結果だ」
・・御召し上げになった所は如何なんだろう。まともだろうか?
余計な事も考えて了う。
「国替えンなってまともな領主が来りゃ良いんでしょ?」
「んまぁ単純に言えば、そういう事だ。単純に言えば、な」
娘は簡単に言うが、物事そう単純に行けば苦労は無いのだ。
そこへ次席執事ヘンドリク。
「殿、お客様です。東部兵団の伝令と仰って・・」
・・大司教座お雇いの傭兵団か。粗略には出来んな。
「また面倒ごとじゃ無いと良いが」
声に出て仕舞った。
◇ ◇
大広間。軍人が騎士の礼。
・・伝令兵ってレベルじゃないな。部隊長クラスか。
いささか怖じる伯。
「ご報告! 昨夜ヨードルの河畔にて、パシュコー男爵の手勢が東方修道騎士団と交戦。男爵以下みな討取られたたとの事」
「なんと!」
「男爵は、難民救済の為に渡河せんとした修道士の一団の無断越境を咎めて夜間に奇襲をかけ、返り討ちで全員死亡。騎士団マギステルから、東マルク内に侵入して戦闘行為を行った件につき丁重な陳謝あり。大司教座は男爵側の不法行為と認めて和議決着との事」
・・子供が大人に喧嘩売って踏み潰されたと!
いや、なんで弱い方が攻める?
まぁ、だから奇襲だと言えば、まぁ左様なのだが・・
「男爵家は御取潰しと決定。後事は侯爵さまより御沙汰ある模様」
少しも伝令っぽくない伝令、一礼して辞去。
「あの騎士たち、遅参して正解か」
ザンドブルグとザイテックを呼んで、大事に至らず政治決着した旨伝える。
・・まぁ、州境いに問題児を封建してた此方の落ち度と言えば、それまでだな。
そして半分以上は糞親父のせいだ。
◇ ◇
この国屈指の大都市アグリッパを中心に大司教という封建序列第二位神聖諸侯の広大な領地があり、異民族と接する東の辺防マルクが置かれた。その地の侯爵から封建された貴族には、腕っ節は強いが些少変わった連中も多かった。
聖地戦争から帰ってきた修道騎士団が東方植民を始めると、最前線でなくなった東マルクには腕っ節が萎え果てて些少変わっただけの連中が目立つようになった。
大司教領の脇を固めるへスラー伯などは今も大勢力だが、辺地のツァーデク伯は三代目にしてだいぶ萎えている。
というか、大司教直属の東部傭兵団と東方修道騎士団に挟まれて影が薄いのだ。いささか情けない今日この頃である。
ツァーデク伯爵が判事を勤める管区は、周囲の男爵領も含めて結構広い。
正確にいうと、管区内の騎士を裁いて死刑判決まで出せるのが伯爵。それ以下の自由民は伯爵の代官が裁く。だから自分の家臣や領民を頭越しに処刑されて了って文句言えない男爵たちの心境は複雑である。
諛う者も逆らう者も、面従腹背の者もいる。
これが伯爵(本家)/男爵(分家)といった血族内の上下関係が強固なら良い。けれどツァーデク伯三代目は破産男爵と嗤われていた男の息子が本家に婿入りした男シンデレラである。
今回の濁り水対策、彼としては得点を稼いだと言えるが。その程度だ。
政治勢力としてはツァーデク谷に引き籠ってしまっている。
今回の事件でも、大司教領の東部兵団と東方騎士団が直接パイプを持って仕舞い伯爵には後から通知が来る始末である。
そしてその遠因は『糞親父』が世襲領を売却したお蔭で、同族ではない、しかも結構な問題児が州界を領有していた事だった。
その男爵領が御取り潰しだから、結果オーライな気もするが。
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。
「むしゃくしゃして、やりました。今は後悔しています」
イザベルの言葉に、金庫長が眉を八の字。
「お前らしくもない。ルディ。君も随いていたのに・・」
「むしゃくしゃして、やった。今は後悔しているのである」
「アルトデルフトに寄ってベルンハルト老にお願いして、すべて適当に誤魔化して貰いましたわ」
「いったい何で揉めたんだ?」
「あの男爵、わたくしのお尻を触りましたのよ」
「やってよし」
領土問題が最終的に決着した。
◇ ◇
アグリッパ大聖堂外の植込み脇にあるベンチ。
お堂へ清掃の奉仕活動に上がってる作業着姿の信者と在家信者の女が、二人してなにか話している。
「ツァーデクの伯爵夫人が亡くなられました。水害の被災者ですわ」
「やっちゃったんですか」
「水害の被災者ですわ」
「ご冥福をお祈り致しましょう」
「ご成婚のお式を身内だけでこじんまりと済ませたい、という御令嬢のお望みには継母さんをお呼びしたくない気持ちが強く働いておられたとお見受け致しました。これも擦れ違いでしたか」
「ひとの不幸の多くは、擦れ違いの悲劇だと聞きますわ」
「『こじんまりと』は確定しちゃったんで『無関係な行きずりの人』に然りげなく警備していただけると助かります」
「心得ました」
「あの、つかぬ事を伺いますが、兼ねてよりお願いしておりました某問題児改易の理由探しなのですが・・」
「むしゃくしゃして、やりました。今は後悔しています」
「はぁ」
「お尻を触られたのです」
「それは姦淫の強要ですね・・」
「仕方ありませんよね?」
「・・仕方ありません。調査依頼の方はキャンセルということで」
「あの、成功報酬は頂けないのでしょうか。揉み消しも全て済ませましたのに」
「・・それでは、立てる費目の関係で、今回の警備依頼と込み込みということで」
「毎度ありがとうございます」
「調査結果を見てから解決をご依頼になるより経費的にお得と存じますわ」
イザベルの営業、父親より押しが強め。
◇ ◇
都下、或る寺院。
「いや、お約束も無いのに毎日おいでになられても」
下男が嫌そうな顔。
「数日したら結果をお知らせ頂けると約束しておる。刻限を約しておらぬだけだ」
「約束が無いのと同じじゃ無いですか」
「昨日も留守だと断られたのだ。どうなっておる!」
「ですから今日もお留守なのです。司祭さまのご都合なんて下々の者は細かいこと知りませんよ。何かご用事があるんでしょう」
「まあ儂も、そのご用事をお願いしておる者だ。お忙しうさせておる立場じゃから遠慮するが」
「遠慮してください」
禿頭の太った男ガダリス、ぶつぶつ言いながら帰る。
だが老司祭ことシャイセンベルクのメルダース、帰って来る予定は無い。
入れ違いに、いかつい感じの男が来る。下男さらに嫌そうな顔。
「喲、そこな門番」
「門番じゃなくて只の下男だよ」
「ベーメンスという男がおるだろう」
「居るかもしれない居ないかもしれない。どこの誰かも知らない他所の人に妄りに教える事じゃないな」
「金を貸しておるのだ。期限が来ておる」
「それじゃ、居ません」
「貴様『それじゃ』とは何だ」
「当院には他人に期限付きで金を借りる者は居ないんで」
「口の減らん奴だな」
「口なら幾ら謝っても財布の金は減らんです」
「埒が明かんな」
警官、帰る。
◇ ◇
アグリッパ、街角。
使いに出たアントン、意外な人物に出会う。
「あれ? 司祭さまったら、そんな大聖堂で清掃の奉仕活動なさってる信者さんの作業着みたいなの着て、どちらへ?」
「あ、見つかって了いました。見なかった事にして下さい」
「もしかして・・あそこへ?」
先日も司祭が凝と視ていた酒亭の前だった。
察するアントン。
「夕餐にお料理持って帰る時刻までなら、私がお付き合い致しますよ」
「君も何だか悉皆り侯爵家の執事みたいだなあ」
そこへ・・
続きは明晩UPします。




