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29.警備陣一同も憂鬱だった

 馬子にも衣装と自称するレッド一行、北西へ向かう。

 いや嘘だ。

 その台詞を言ったアリシア嬢は男爵家の生まれなので、自分自身は含めていない筈である。つまり自称でない。


 レッド本人も騎士叙任を受けているのだから、別に騎士団を解雇されても騎士は騎士である。重罪を犯すとか、地位と名誉を賭けた決闘で敗れるとか、そう云った事件を起こした訳ではないのだから、今でも騎士だ。


 私有財産を持たぬ戒律を守る修道騎士という存在が厳然と在るので、昔の如くにうるさく資産要件も問われなくなった。

 修道騎士団を真似て世俗騎士団が設立され始めると、家督を継げぬ次男坊以下が飛び付いた。領地が無くても、騎士に成れるのだ。出家して戒律に縛られなくても良い。気が付くと、世間で『騎士団』と言えば世俗騎士団の事になっていた。

 だがそれは、退団したら明日の飯にも困る騎士だ。

 そして今・・

 浪人というか野良騎士というか・・そんな感じの今のレッドが、領地持ちのヒラ騎士より偉そうな格好をしている。


「ちょっと恥ずかしいけどな」


 普通の地主階級の三倍以上は領地を持っていないと騎士として情けない、という世間常識は今だ根強い。

 私有財産など持たぬという高邁な志操を持つ修道騎士でなく、戦乱で目下本貫を喪失したが再起を期して臥薪嘗胆中という言い訳も出来ず、上級貴族達の軍備拡張ブームに乗っかったペーパー騎士という心の負い目を持つレッド。衣装付き馬子は肩身が狭い。


 アリシア嬢の逃避行をたすける任務遂行の為の変装と割り切ろうとするが、矢張り嬉し恥ずかしい。

 男爵家の令嬢アリシアと言っても、ずっと男装しているから、アリ坊だ。野生の浮浪児の変装はもう追っ手に知られているので、今度は極上の美童お小姓である。色小姓っぽいのが問題だが。

 つまり、レッドが変態貴族の役である。これは少々問題がある。

 変装にリアリティを出すため、そんな風な演技をする必要に迫られる・・そんな局面に行き当たらぬよう祈るレッドであった。


 ちなみに此の世界、変態人口は割と多いが背教的なので、尻大根の刑に処されることがある。どういう刑か興味ある向きは、各自で調べて欲しい。


「馬だと、思ったより近いな」

 カンタルヴァン城が見えて来る。


                ◇ ◇

 メッツァナの下町、裏路地。

「肉が食える話だ」

 皆が身を乗り出す。


「探す相手は、俺っちみたいな浮浪児のなりをしてるが落武者ならぬ『落ちお嬢』。見つけて知らせて跡を追尾つける。それだけだ。いつもどおり暴力はナシ」

 昔、少年窃盗団としてお縄になった時には、首領の旋風小僧以下みんな科刑年齢未満で命拾いした。だから徹底する。

「全員に朝晩パン支給。見つけた奴は肉の食い放題だ」


「兄い、俺らみたいな格好なら定期船の下働きに潜り込んでるかな?」

「逃走資金は持ってるみたいだ。フリフリのお嬢様になってるかも知れねぇぞ」

「金もってんのかぁ。しゃなりと現れてスッと高級宿に入られたら俺らのナリじゃ追えねえな」

「そこぁ俺らの弱みだな。とにかく十五、六くらいのキョドってるのを探せ。いやキョドってないかも知れねぇが・・なんせ度胸が良いらしい。とっさに髪ばっさり切って男装するなんて、並みの小娘にゃ出来ねえだろう」

 とは言え、普通に考えて女が旅する年齢ではない。家族揃って旅から旅の異民族とか、大名行列のお姫様とか、巡礼の一行とか、そういうのは大集団だ。まだ見ぬ『落ちお嬢』さま、必ずや目に付いて網に掛かる。

 そう確信している旋風小僧である。


                ◇ ◇

 結局、正攻法が一番だ・・と心中呟くのは護衛四人組の渉外係でパニーナという名の女だ。皆で市警の警備局長室に来ている。


 書状を見ている局長。

「我らの町に、ガルデリ伯爵家御用達の指名を頂戴している護衛のプロが居たとは何と名誉なことだ」

「隠密警護の仕事なもので、市警へ申告をして居らず、申し訳ございません」


「いや・・職務柄、守秘義務との絡みも有ろう。今回は、バッテンベルク家からの依頼という事だが、こういう伝手コネの存在は、政治利用したがる連中が出て来そうで面倒だ。我々の間だけに留めて、伏せておこう。今回の警備は我々主導で、諸君は非常事態発生の場合以外は立会人という割り振りでの協力関係では如何かな?」

 四人、揃って頷く。

「我々としては、依頼主への不義理にならない限り、全て市警の指示に従います」


「それじゃ、我ら市警の警備局員は会食会場の隣室に控えるので、そこへ同席して欲しい。飲食物の毒見は当方が受け持つ」

 スムースに話が進む。

「会食には冒険者ギルド長も参加するんで、当然あっちの警備担当も来る。そこは一つ宜しく頼む」

「三団体揃い踏みですか」

「公平で良かろう」


                ◇ ◇

「なんだ・・ここ、俺らの泊まってる宿じゃねぇか」

 ご接待の会食会場のことである。


「警備陣は隣室で待機じゃなかったのか? 此処って一階全部大広間じゃん」

「済まん。昨日の今日なもんで、下調べが間に合っとらんかった」と、警備局側の副チーフ。

「それって、警備計画できてねぇってこと?」

一言イチゴンも無い」と慚愧の表情。


 警護対象マルタイの元から連れてた側近に、バッテンベルク伯爵の派遣した護衛四人組。市警の警備局チームに冒険者ギルドの特選パーティ。

「これ・・有事に統制とれんの?」と問う犬耳の半獣人は元暗殺者の見張係シキテンだ。

 皮肉や苦情でなく。本気で心配している。

 襲撃する側目線で警備の抜かりが無いか再度見回すが、警備局チームは優秀だと再認識する。

 やはり気掛かりは混成警備陣の連携である。

 冒険者ギルドの者に至っては面通しさえ出来ていない。見当は付いているが。

 側近は、たぶん二人とも元軍人。ちょっとした仕草でわかる。

 その一人、黒猫の獣人は広間の隅で索敵している。感度・精度とも多分あっちが上だが、耳や髭が微妙に動いている。だらけた態度で第三者風の演技が出来るって一点だけは俺が勝ってるぜ。


「まぁ・・此処が町で一番の食事処だし、接待相手に御足労かけないし、警備上もベストだし。市の助役さんと冒険者ギルド長が祗候おうかがいする形ってのも悪くないんじゃないの? ちょっと変な気もするけど」

 四人組の一人、パニーナが市当局を微妙な感じでフォローする。

 狙撃ポイントが無いという意味では良いけれど不特定多数の客が出入りするから「警備上もベスト」って事ぁ無いだろ。まぁ姉貴が俺の観察力を信頼してくれてるって意味かも知んないけど。


 ご接待側は既に着席して神妙な顔。というか、かなり緊張の面持ち。

 やがて警護対象マルタイが降りてくる。

 今日は古風な振袖ブリオ姿だ。

 曾祖母ひいばあさんくらいの世代なら婚礼なんかに着る人も未だ居たようだが、やたら胸から腰にかけてのボディラインが露骨に出る服だ。今どき商売女でもぁんなえっちな服は着ないぞと半獣人カーニスは思う。事実、視線が尻のあたりに釘付けになって目が離せない。

 幸いなことに自分の特技は聴覚と嗅覚なので、職務に怠りは無い。


「しっかし・・若衆の格好で一杯やってた昨晩と、完全に別人だな」

「まるきり別人になっても相変わらず、あれだけ目立つって凄いじゃん」

 自身も変装を得意とする姉貴、複雑な心境のようだ。

 半獣人のカーニスとヒト族のパニーナ、父親違いの姉弟である。


                ◇ ◇

「急に押し掛けて申し訳ございません。当市の助役を相務め居りますフェレンク・シャーシュと申します」

「当市の冒険者ギルド長、ルイジ・ド・フュネスで御座います」

「クリスティーナ・ダ・フィエスコ=ファルコーネと申します。お近づきになれて光栄ですわ」

女男爵ばろねささまは冒険者ギルドのパトロネスをなさって居られると仄聞致しました」

「南北交流が進み、冒険者たちの交流も今後深まって行くと存じますわ。目出度い事です」

 聞き耳を立てるカーニスには、退屈な社交辞令ばかりだ。

「わたくし自身もう見えて山川跋渉し冒険を重ねた身ですのよ」


「おろ! ちょっと面白くなるかな?」

「カーニス、今なんの話してんの?」

「未だ、取っ掛かり」


「ギルド長殿はお名前から察しますと、わたくしと同郷で被居らっしゃいますの?」

「いえ、もっと南。グェルディナからの移民です。ほとんどこの町育ちですが」

「ではガルデリ家はお嫌いではありませんの? わたくし、四分の一はガルデリの血筋で・・」

「滅相もございません!」

 まぁ、嶺南地方を抜けて北へ行った移民ということは、むかし虐殺された人々の関係者ではないのだろう。


「つい先日もガルデリ家の方にお世話になりましたし」

「若しや義妹のクラリーチェをお世話下さいましたのは・・」


 南部系同士、打ち解けるのが早く、助役殿が哀れ置いてけ堀。

「時に、少々奇妙な話が有るのですが・・」


「お?」とカーニス。



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