2.仕事の話を聞いたら憂鬱だった
遥か遠くの丘の上に、州都アグリッパの城壁が見えて来る。
王国屈指の大都市だ。
「見えて来ても未ぁだ遠いよ。外壁は町の隅っこだからね」と、馭者。
まぁ・・理の当然だが。
馬車の轅付根の前板に腰掛けた護衛が二人。その真ん中に割り込んでちょこんと座っている三人目は、例の逃亡者の人だ。
◇ ◇
「貴所方のような冒険者に護衛役を頼むのは、アグリッパの町でギルドを訪ねれば宜しいのですか? 併せて、不案内な土地で向導者してくれる方をお願いしたいのです」
「噫、俺らはこれから仕事なんで駄目だけど、冒険者ギルドに行って相談するのが好いだろうな。ツェントララ区南大路の馬車屋街近くに在る」と『先輩』氏逃げの姿勢も顕に応対する。
「ありがとうございます」
「若しも、がちんこ戦闘特化型護衛がお望みなら、退役傭兵共済会と提携している探索者ギルドで紹介して貰うのがいいけど」
フィン君も口を出す。
「やっぱり冒険者を雇う方が良いんじゃないかな。反撃するとか立て籠もるかなら戦闘屋だが、逃げるんなら冒険者の方が『戦う何でも屋』ぽくて目的に合ってると思うぞ」
「あ、それと・・冒険者の方が日当相場が安いです。傭兵だと1デュカス以下じゃ無理」
まあ、彼らは冒険者だけに冒険者推しである。
1デュカスが結構高いのも事実だが。なにせ貧乏人家族が半月暮らせる金額だ。
「ツェントララ区の馬車屋街近く・・ですか」
「この馬車は馬の交代に馬車屋街の車庫前駅で停留するし、俺達の行き先も冒険者ギルドだ。なんなら受付担当紹介してやるよ」
◇ ◇
城門に近づくと臨検の城兵が幌の中に立入って来る。課税の対象になる持ち込み商品のみチェックして、人の誰何とか特に無い。ゆるゆるに思えるが、人口二万を超えるこの町にして官憲は決して多くないので、割り切っているようだ。
まぁ、流民は馬車に乗って来ないし。
門を抜けると直ぐに旅館街で、多くの乗客が此処で宿を確保に降車する。馬車は繁華街、市場、政庁と巡って商工業ギルドの集中する街区に入る。
降車駅も近い。
「馭者さん。あんたって元傭兵?」
「ああ、騎兵だった。殺伐とした暮らしとおさらばして、今は妻子持ちだ」
「荒事に巻き込んじゃって済みません」
世に剣士と名乗って得意顔で大道を罷り通る者らも多いが、人知れず巷で平素の暮らしを送っている強者も結構いるもんだ、などと認識を新たにするフィン少年であった。
◇ ◇
冒険者ギルドを訪れる三人。
大きな建物だ。人も多い。
『先輩』氏、早速知り合いを見付けて話し掛ける。
「あら、レッドじゃないの。随分とお見限りね」
「北の方で仕事しててな」
窓口にいる受付嬢の上役といった風情でホールを睥睨していた年嵩の女性職員は『先輩』氏と旧知の間柄のような口振り。
「いや実は、フェルゴ社の駅馬車護衛してたらばヘスラー伯領外れ辺りで盗賊団に襲われてな。それが盗賊団のフリをした、何処の家臣団だったわけよ。狙われてた標的が、此の嬢ちゃん」
「あらま」
「俺らは、駅馬車の護衛だから襲って来た賊の数人も脳天かち割っただけなんだが何処ぞの貴族に逆恨みされても困る。で、ギルドとして嬢ちゃんの護衛を引請けて呉れると気が楽なんだがな」
「仇持ちのお嬢さんですか」
「いや正直、貴族サマのゴタゴタに巻き込まれたく無い。巻き込まれたく無いんだが、飽くまでも駅馬車の護衛として強盗をぬっ殺した積もりだった・・のに其れが弱すぎた」
「弱すぎ・・と?」
「ありゃあ非戦闘員だ。普段はお屋敷の掃除したりご主人様にお茶淹れたりしてる連中に違いない。後味悪過ぎだし、間違いなく恨まれる」
「それでギルドにお尻を拭いて欲しいと?」
「本音は、それ」
「個人的にはお尻くらい舐めて上げてもいいけど、組織としては如何かなぁ。まぁ先づ事情を聴いてみましょ。一緒に聴くでしょ?」
「ギルマスに呼ばれて来たんで、俺は先ずそっちへ顔出さにゃならん」
「それなんだけど、ボスは急な呼び出しで大司教座に行ってるの。呼び出したのに不在にする事を貴方に謝っといてと言われてるわ。だから貴方、今日はヒマよ」
『先輩』氏、なかなか訳ありお嬢から逃げられない。
◇ ◇
別室に通される。
「さて仇持ちのお嬢さん、『無事落ち延びる為に、道案内と護衛を兼ねた冒険者を雇いたい』というご依頼ですね?」
「家名はご勘弁下さい。宿敵たる某男爵家と不倶戴天決闘で敗れて、当家の戦える男は悉く討ち死にました」
「お気の毒ですわ」
紛争解決手段には決闘が常態の世の中ゆえ、事も無げな態度である。
「領地も全て正式に仇敵の所有に帰しましたが、亡き兄は城と領地が買い戻せてお釣りが来る額の財宝を隠したのです」
「豪勢ですわね」
「仇敵は、その財宝の隠し場所を知る最後の一人のわたくしを捕えようと・・」
「それで強盗を装って襲撃したと? 領内で妄りに狼藉を働かれたヘスラー伯爵が黙っていませんわ」
「それなんだが、待ち伏せられたもんで当方が反撃ってより自衛的先制攻撃っぽく壊滅させちゃったんでなぁ。敵さんは伯爵に詫び金でも積むだけで、短期間に片が付くだろう。逃げるなら愚図々々してられん」
ふぅむと頷く女性職員筆頭嬢。
「不倶戴天決闘で決定的に敗れて御実家の男系が絶えた状態だという事は、貴女は敵が勝者の権利として得べかりし財産を隠匿している事になりませんの?」
筆頭嬢、訝しむ表情。
「奴らの一番の狙いは、私の持っている寄進状なのです。決闘以前の日付で、兄が戦勝祈願のため教会に全財産を寄進すると認めたものです」
「男爵が手の出せない相手に渡して嫌がらせですか。それとも相当のお金を積んで残された女子供の庇護を願い出ると?」
「成る程考えたな。勝てば書状を破棄して知らん顔、負ければ『この命以外は何も貴様に呉れてやらん』と舌を出すって寸法か」
「それなら大司教座に持ち込んで仕舞えば一件落着では?」
「うーん・・多分それは、良策でないな。ここの大司教サマは穏健派だし町からの税収で懐も十分潤ってて、坊主にしちゃガメツくないからな。軋轢を嫌って先方の地元教区に返還しちゃうかも知れん。郎党衆の庇護は望み薄だな」
「然。そうなれば本来は決闘勝者が手にすべき財産を受領した教会は、貴女の仇の男爵に返還しないまでも負い目を感じるので、貴女の仇敵様は教会筋からお覚えが目出度ぁくハッピーに成りますわね」
「心の負い目なんて露ほども感じない強欲坊主と言えば、アヴィグノ派なら其んな糞坊主揃いだぞ」
「それは駄目です。我が一族の仇敵はその派閥のお偉いさんの甥御とやらの子分筋なのです。やっぱりお覚え目出度ぁくなっちゃいます」
「厄介だな」
「それで南部へ落ち延びようと」
「あっちはあっちで結構クセの強い土地柄らしいぞ」
「そういうお土地柄ならばこそ、あちらの有力寺社に寄進状を差し上げて、一族の庇護をお願い申し上げる心積りなのです」
「南部とは余り交流が有りませんね。土地勘のありそうな者を探してみますわ」
「なる早がいいぞ。敵さん襲撃が失敗したんで当面はヘスラー伯に詫び入れる事に忙殺される。それは万々歳ではないぞ。逆だ。忙しいからこそ、嬢ちゃんの追跡は他人任せにする。きっと急いでプロを雇うぞ」
そのとき、背後にノックの音。
◇ ◇
ノックに振り返ると、戸口に大柄な初老の男。
「あらギルマス、お早いお戻りで」
「うむ。なんとか日没前に帰れた」
「レッドバート・ド・ブリース、ご指名で参上しました」と、『先輩』氏。
「フィンセント・ポーザと申します」
「当協会のマイスターを勤めるマックス・ハインツァーだ。遠方にまで呼び立てて申し訳ない」
訳ありお嬢さまを女性職員筆頭嬢に任せて、二人の冒険者はギルマス執務室へと移動する。
『先輩』氏、ギルマスの背中に話し掛ける。
「面倒事ですか?」
「まぁ・・詳しい事情は明朝に依頼者が来るから直接聞いてくれ」と振り返らずに答えるギルマス氏。
面倒事のようだ。
ギルマス、自室の執務机前で初めて向き直り、顔を見て言う。
「調査依頼だ。魔王復活のことで」
「は?」




