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218.水に流してパート3

 ツァーデク城内、礼拝堂。

 伯爵と娘ふたりきり。


「修道院行きなんてヤダヤダ、オトコ欲しいし」

「お前もう伯爵令嬢らしさ微塵も無いな」


「なんか取り繕う必要もう無いと思ったら気が楽というかぁ・・楽?」

「俺に聞くな」

「それでも、死ぬまで白馬の騎士さまを待つ乙女でありたいわぁ。薄氷踏んでも」


「覚悟あるなら止めはせんが・・愛する家族が突然行方不明になる不幸の二度目は嫌だ」

「ふぅん。自分は生き残る自信あるんだ」

ああ。一炊の夢覚めて元の木阿弥。家族を喪い地位を失ない、巡礼の修道僧として何処かの空の下で果てる。そんな感じだ」


「そう言われると、生き残っても結構悲惨ね」

「俺は、あれの家族を奪い身分を奪おうとした者の従犯であるからな。報いは同じ不幸と地獄を此の世で味わうことだろう」


「けっこう覚悟できてるわけだ」

「それでも、お前が何処どっかの娼館で客とってる姿とか見せつけられたら、何処ぞの崖から飛び降りそうだ」

「それはちょっと」

「すまん。想像が悪い方へ悪い方へと暴走してしまった」

「よしよし・・わかるわ。お母さま多分もう生きてないだろうし」

「だよなあ」


「あいつ、お母さまの事は許さないだろうなって思ってた」

 ちょっと泣いている。


「あいつ・・蛇だもん」

 声をあげて泣く。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、スールト侯爵の居間。

 色小姓クレアが入って来る。


「おじいちゃん、嬢ちゃん! ちょっと会って欲しい人が居るんだけど」

これ! 口の利き方っ」

 長身痩躯の初老女性、上級貴族の侍女といった風情。

「愚息の無礼な振舞ひらにご容赦を。また、故有って姓名を名乗らぬ不調法どうかお許し下さいませ」

 最敬礼レヴェレンツァ


「う・うむ。クレア君のお母上で被居いらしたか。儂らこそ世話になって居るのじゃ」

 クレアの母と名乗る女性、マティルダの前に跪く。

「申し訳ございません。姫さまの指輪を拝見出来ませぬでしょうか」


 見せる。

「これは母の形見なのです」

 むむむと唸る自称母。

「間違いござりませぬ。銀蛇の両目に鮮血色のルビーをあしらうのは我等が御本家のしるし。お嬢さまは紛う事無く主人あるじのお血筋であらせられます」


「では、わたくしの実の父が・・」

「我が明公とのに相違ござりませぬ。些少ちょっととっちめ・・もとい急遽確認致します。暫し後免下さりませ」

 消える。


「あれ? いま何方様どなたかお見えでした?」と、アントン間が悪い。

「ほっほほ。たった今しがた、我が妻の御実父に心当たりがお有りと申される方がお見えでな、取急ぎ確認にと罷られた」

「それはお忙しいですね」

 侯爵もう『妻』と仰せになっている事に突っ込む者も無い。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、市庁舎。

 大回廊の柱の陰、座り心地のいいカウチ。いつもの人の定位置だ。


「やぁマックス。何の用だ?」

「いつも思うんだが、執務室で仕事しない局長って、部局の人が困らんのか?」

「陳情苦情に照会状。来るもん多くて仕事にならんわんな部屋」


「ときに、こないだ話した蛇一族なんだが・・」

「あれは触るな毒がある」


「触らんで正解か」

「上の方で話がついてるらしい」

「誰かとかも聞かん方が良い相手ってことか」


「河馬じゃない方だそうだ」

「怪獣大戦争の片割れって訳か」

「割れたら大変だとさ。上の方で上手くやる」

「大変って・・町が火の海ってやつか」

「いや、ひとつ罷り間違うと、都まで火の海らしい」

「そそいつぁぁ大変だ」


「なんでも、お前が派遣した冒険者が大殊勲らしいぞ」

「え!」

「丸く収まる切っ掛け作ったんだと」

「えええーっ!」

「あっちで爵位貰うとか・・貰わんとか・・小耳に挟んだ」

「ええええええーっ!」


                ◇ ◇

 侯爵の居間。

 アントンまた来る。

「司祭さまがお見えです」

 なんか此の家の執事みたいである。


「書類をお持ちしました。それからお式ですが、お身内少人数だけで簡素にというご希望でしたので、新婦がこの家の敷居を跨ぐ儀式をして大司教さまがちょろっと祝別をする感じで如何でしょう」

 ・・衛兵は私服だな。

「うんうん。儂もへスラーとウンブリオくらいに声掛けるだけで・・嫁のお身内もひとりくらい来て貰えそうなんで、その程度でささっと済ませちゃいたいんじゃ」


 ささっと決まる。

「知らなんだがホラティウス司祭、随分と出世しとられるんだな」

「いえいえ、相変わらずの下働きでござりますよ」

 なんか思い出話が始まる。


「あ、アントン君、この書類わかりやすい所に収納しまっといてね」

 某家の執事、司祭さまとの所へ使い走りでの往復を重ね、すっかり気易くなって居る。


 そこへ某小姓の自称母あらわれる。

「お! 随分と迅速なるご確認じゃな。ご苦労おかけ致しまする」

「いいえ、苦労などと滅相もござりませぬ」


「司祭さま。此方こちら新婦のお父上の縁者さんじゃ」

「おお! やはり新婦側のお身内も来て頂ければめでたう存じまする」


「はい。わが明公とのは姫さまのお母上と契りを交わした直後の本貫に暗雲立ち込めご懐妊を知らぬまゝ兵馬のとよめきの中。お母上が嫁がれたと聞き知って落胆の余り北へ帰らなんだと申しております。こんな言い訳で許して良いと思し召すならば、婚儀の末席に身を連ねたいと」


「父は・・郷里でご結婚なされたのですね」

「申し上げづらいですが奥方様はいま第一子をご懐妊中。ですが、許されるならば長女と呼ばせて頂きたいと申して居ります」


「身に余る喜びでございます。天涯孤独と諦めておりましたのに」

「いい話だなぁ」と、アントン。


 果たしてそうかな。


                ◇ ◇

 日が傾く。

 ツァーデク領ヨードル川の岸。

 一台の軽馬車、川筋を下って行く。


「さて割り符も回収出来ましたし。あとは制度の見直しですわね」

「お嬢。執事は口を封じんで良いのか?」

「良いです。わたくしの顔は七つ有りますから」

「或るときはギルドの受付嬢・・ははは」


「あんなところに・・難民のキャンプかしら」

 段丘の陰に六、七十人。


「東は開拓農民を受け容れそうですものね」

「東方騎士団、改宗しない異教徒を遠慮無く殺すからな」

 彼ら、文字通り遠慮がない。


「今夜はあそこに入れて貰いましょう」

 気楽にいうイザベル。


                ◇ ◇

 陽が落ちて京師、夕闇の中。

 麻袋を片手に下げたカーラ卿、運河の橋の袂に降りて行く。


「おんなじ場所でいいの?」と露出度の高い女、今夜はマントを羽織っている。

 防寒でなく、目立たぬ為にである。

「此処が良い。間違いなく海まで流れる」

 漁師の仕掛網にでも掛からねば、だが。

 昨夜の二人も問題なく流れた。


 水際。

 麻袋の口を下にして、中身をどぼんと落とす。

「不法投棄」

「まぁそれは微罪だ」


 もの言わぬ老司祭が流れて行く。


                ◇ ◇

 ヨードル川の段丘。

 在家信者の女の顔をしたイザベル、ちゃっかり難民の群れに混ざり何ら抵抗なく受け容れられている。

「そういう所、凄いと思うのである」

「ルディは愛想悪すぎ」

 焚き火を囲んで保存食料の乾物類とかを焼いて食べているので、二人も遠慮無くお相伴にあづかる。

 伯爵からの支援物資であるが。


 夜も更けて、女子供は毛布にくるまる。これも支援物資だが。


「ん?」とイザベル。

「招かれざる客が来たようであるな」

「困った素人ね。普通ならもう少し様子をみて、寝入りばなをとか、熟睡したらとか考えるものでしょう」

「素人は歓迎だ。我らが困らなくて良い」

 ルディりげなく席を立って闇に消える。


 割りと直ぐ帰って来る。

「食い足りぬ」


「半端だった?」

「半端も半端。ただの農民より弱い兵隊を雇う愚か者の顔が見たい」

「それなら、見に行っちゃう?」


 二人して席を立つ。


                ◇ ◇

 アグリッパ、スールト侯爵の玄関さき。

 小姓クレア、中の様子を窺っている。


「彼と、あんまり顔を合わせたく無いんだよね」


続きは明晩UPします。

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