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215.騙されて憂鬱だった

 アグリッパ、侯爵の寝室の前。

 アントン扉を叩く。


「おいこらっ! 開けろっ!」


 中に侯爵さまが居るので、こういう言葉遣いが不適切なのは理解している。

 頭では・・


「っさいなもぉ・・なんだよぉ」

 色小姓クレアが出て来る。


「お前っ、なんだその格好は!」

「『なんだ』って普通の服だよ」


 普通の服だが、普段の服と違う。

 普段の彼はプールポワンに、タイトなパンツほおずルック。今は腿丈のスモックだ。

 つまり平素はウエストまでの短いジャケットでヒップラインの出る服だ。そして今夜はパンツほおず無しでミニスカっぽい。


「なんだ・・その・・」

「僕のお尻見えてなくて不満?」

 逆でアントン、素肌が見えてわなないた。

「なぁんてね・・。ほんとは、仲間外れで拗ねたんでしょ? いいよ・・あちらは二人、アントンには僕で」

「・・って、いいのか二人だけにして!」

「大丈夫。ちゃんと教えた」

「逆だっ!」


                ◇ ◇

 ツァーデク城、窓辺。

 伯爵まんじりともせず俯いたまま。


「妻と、産んだ男児と・・二人して死んだ日、道が閉ざされたのだったな。唯一ただひとつ獣の道だけ残して」

 つまり、長女が死なないと自分の血族に領地あいげんが無いままと確定した。


「それを忘れて居たかった」

 まるで長女が最初から居なかった者のように、目を背けて来た。

「逃げ続けた果てに、運を天に任せたら、見捨てられたわけだ・・天に」


「失敗者には、他人にやった事が返ってくる」

 判官として、そういう判決を幾つも下して来た。

「あの子に与えた苦痛はきっと俺に返って来る。報いをを耐え忍ばねばならん」


 その覚悟は一応立派だが、戦場も決闘も知らない彼には解らなかった。

 犯罪に『未遂』という概念の未だ無いこの世界では、抜剣して襲った現行犯とか婦女暴行とかのく一部は『完遂しなくても既遂』の罪で、殺人を意図していても怪我させただけだったりは、ただの『傷害』罪なのだ。

 そして相手が怪我ひとつせず生きていれば、殺意あって企んでも無罪だ。

 結果主義である。

 そういう判告を下して来た。

 つまり彼には『敵対した奴は普通殺すだろ?』という感性の人が理解できない。


 それでも彼は自分のやったことを悔いていた。

「あの子には悪いことをした・・」


 窓から外を見上げる。

 空には悔恨の月が浮かんでいた。


                ◇ ◇

 国都の寂れた市街、某やばい連中の隠れ家。

 床下の隠し部屋から、露出度の高い女が出て来る。


「あんた、寒く無いのか?」とタンク。

「寒い」


「なぜ、なんか着ないんだ?」

「んー、南に行ったら何故かこうなった」

「あっちだって、みんななんか着てるだろうに」

「さあ。なんか裸族の血が目覚めたのかも知んないわ。ご先祖さまは大グレキアの出身なんだってさ」

「俺は北海の出身だから、ぬくぬくした服が好きだな」


「あんた、エリツェの町で会ったわよね」

「ああ。住処はファルコーネだが」

「へぇ、ファルコーネに居るんだ」

 北の出身同士、今は嶺南がホームグラウンドだ。


「じゃ、ひと仕事終わったら南に帰るんだ」

「ああ。仲間らと一緒に移住した」

「あたしも親の顔見たから、じきエリツェに帰るわ」


「なぁ・・変なこと聞いていいか?」

「なに?」

「下は脱がないのか?」

「ないわー。さすがに無いわー」

「いや、ファルコーネで朝の鍛錬に、完全すっぽんぽんの人が居るんだ」

「あ、男はあるかな」

「・・そうか」


「ねぇ、変なこと聞いていい?」

「なんだ?」

「タンクって、パーティーの壁役パンツァーって意味?」

「いや、本名だ。ダンクリドという」

「ふーん」


 階下から声。

「タンクさんー、麻袋あるかー?」

「一枚あるぞー」

「二体ぶん欲しいんだがー」


                ◇ ◇

 都下、或る安宿。

 禿頭の太った男、連れの女二人と御乱行中。

 荒々しく扉を叩く音。


弥囂やかましいぞっ! こんな夜遅くまでっ」

 禿太男こと元司祭シュヴィンクリフのガダリス、起きて扉越しに怒鳴り返す。

「うるさいぞっ!」

 甚だ盗人猛々しいが、咄嗟に返す言葉を思い付かず鸚鵡返しして仕舞った。

 足音、去る。


「良いところじゃったのに全くもう・・」

 女たち、くすくす笑う。


 再開せんと寝床に向かう。

 が、去ったと思ったら、また足音がする。

「お客さま。他のお客様に迷惑でございます。静かになさって頂けませんと宿泊をお断りせねばなりません」


「分かった。分かった。静かに『する』わい」

 女たち、またくすくす笑う。


「あの鬱陶しい町じゃあ結構金を搾り取られたからな・・」

 ぶつぶつ言いつつ、再び女たちのいる寝床に戻る。


 実際、持ち金の大半を老司祭に取られて少々手元不如意になっている。

 ・・荷物も訳のわからんうちに散々買い叩かれた上、馬車ごと取られた。あの忌々しい小僧めが。

 都会ちうのは恐ろしい所だわい。


「明日、司祭さまの所に行ってみるか」

 自分も司祭だったのに、偉そうな服装が脳裏に浮かんで、つい『さま』を付けて仕舞う。


 再開する・・静かに。


                ◇ ◇

 夜明け。都下の或る寺院。

 この宗派では、朝の祈りに一般信徒が参加しない。いつしか聖職者たちの単なる朝食会と化している。

 終わって老司祭、下男ファムルスに尋ねる。

「ベーメンスはおらんのか」


「朝から見かけません」

「見かけたら、すぐ来いと伝えよ」

 ・・無頼の者どもと酔い潰れてでも居るのか。だらしのない・・


                ◇ ◇

 国都。

 京兆尹府まちぶぎょうしょ別駕よりき、遺体を検分する。


「七人・・喉首を横薙ぎにひと太刀か」

「こちら一人だけ撲殺です」と、部下。


「一見して無頼漢ごろつきだが、手にした剣は徴兵した卒伍ぺどねむに支給する量産品に見えるな」

 首都圏で徴兵など行われなくなって久しい。

「貴族家の死蔵品が古物商に流れたとか、そういう類だろうか」

 少なくとも武闘を生業とする者が手にする品質ではない。


「古道具屋を当たるか・・いや・・」考える。

 どうせ市民階級でもあるまいと手間を惜しむ。

 殺され損の連中だ。

「道端に晒して『身元を知る者は名乗りでよ』とでも壁に書いとけ」


 仲間が居ても字を読めまい。私服の下っ引きに見張らせ、一味らしい態度の者を捕らえた方が治安によかろう。

 少なくともった手練れを探すより、我が配下の者が安全だ。

 極めて実用的な判断を下し、部下にそう命ずる。


 遺体八つ、壁に背凭せもたれて座らされる。


                ◇ ◇

 ツァーデク城下、遠く天守ドンジョンを望む小高い場所。


「あらあら、出ちゃった」

 イザベル・ヘルシング、苦笑する。

 城から『御用命』のサインが出たようだ。


                ◇ ◇

 城内、大広間。

 伯爵、号令する。


「よいか! 東の山に放水合図の狼煙が上がったら、一番騎馬隊は川沿いの街道を遡りつつ盆地内に呼び掛け。二番騎馬隊は川を下って放水を報じ、アルトデルフト港まで駆けよ。東方騎士団には領内通行の許可を得ている」


 伯爵、心に悩みを抱えながらも、短時間でやる事はやっている。

 狼煙が何時上がるか不明である。各自緊張感を保って待機せよ」


 軍務の経験は無い人だが、結構サマになっているのだった。

 執事の顔には『先代様には及びも無いが』と書いてある。


                ◇ ◇

 伯爵夫人、自室で窓辺に立ちイラちた様子。

 背後に足音。

 振り抜くと修道女のなりをしたイザベルがいる。


「誰ッ!」

「お声掛けに応じ、只今参上仕りました」

 夫人、状況の理解に一拍置いてから、問う」


「いつもの男は?」

「今般は高額受注かと存じ、上役のわたくしが伺います」

「そ・そうなの」

「御商談に先立ちまして、割符を拝見致します」

「これよ」

 見せる。


「それでは更新致します」

 イザベル、割符をッと奪って変哲も無いペンダントと取り替え、その硝子玉を指で弾いて真ッ二つに割る芸当を見せる。

「是れが新しい割符」


「古い割符は如何どうやって入手なさいましたの?」

「先代さまの遺品だと言って執事が持ってきたわ」

「私共を呼び出す方法は?」

「遺品の中の手紙にあったとおりよ」

「お手紙で筆跡を確認させて頂します」

「これよ」

 文箱から取り出す。

「随分と入念ね」


「確認いたしましたわ」

 イザベル、莞爾にこと笑う。



続きは明晩UPします。

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