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212.荷物届いて憂鬱だった

 アグリッパの町、スールト侯のアパルトマン前。

 ポルトリアス家の執事アントン、ホラティウス司祭を案内して、やって来る。

 アントン嫌な予感がする。


「司祭さま、ちょっと先に行ってご来意を告げて参ります」

 先に一人で入る。


「のわっ」

「きゃっ」

「アントン帰って来ちゃったっ」


 室内、なにか騒いでいる。

「あなななたたち、何してんです」

 侯とお嬢ちゃん、衣服を整えながら・・

「なんでも無いぞ。そう、修行じゃ修行。所謂それじゃ」


 調度品に掛けてあった埃除けの布が床に落ちた下、丸い膨らみが移動している。

 形状からいって色小姓クレアの尻のようだと思っていると、移動しながら次第に小さくなって、消えた。

 ・・何だったんだ?


「ホラティウス司祭さまと仰る大司教座の方がお見えです」

「えッ!」

「ほら、特認状とか祝別とか、便宜を図ってくださいますそうで」

「お・お通しして・・」

「やぁ侯爵さま、お久方ぶりです」

 鍔広の帽子を脱いだ司祭さまが、ひょこっと顔を出す。


「いやはや、とんだ所をお目に掛けましたわい」

「その・・侯子御婚約の儀以来でございます。貴女様がマティルダ嬢ですね」

はい。初にお目に掛かりまして光栄です。ツァーデクのマティルダで御座います」

「それでは、侯爵のお孫さまと御成婚?」

「儂じゃ」

「え?」

「儂の嫁にと、遥々東マルクから来て下すったのじゃ」

「は・・」

 司祭、暫く固まる。


                ◇ ◇

 アグリッパの冒険者あばんちゅりえギルド。

 ギルド長マックス・ハインツァー冷たい水を飲んでいる。

 これは結構贅沢なことである。アグリッパ辺りであると高原州ホホラントとの境にある山の氷室から取り寄せる氷は馬鹿みたいには高価たかくないのだが。


「あんまり過ごすのはダメですよ」と、ウルスラ。

「好きで飲んでる訳じゃな・・くも無いけれど、クルツ局長と一緒だったんだから仕事って事にしといて呉れよ」

 当局のお偉いさんとぁな事は確かに仕事に生かされているが、そう頻繁に二日酔いで使い物にならなく成られても困る。


「ギルマス、白蛇の紋所の貴族様って知ってます? まぁ知らないか」

「なんだそりゃ。執念深い御一門とかか?」

「いや、似たような紋所の目撃が続いて、それがなんか個性的な面々ばかりだって報告が有りましてね」


「『女子会』の子からか」

 マックス眉を顰める。


                ◇ ◇

 ツァーデク家次席執事のヘンドリク、馬上で酒臭い息を吐く。

 馬の揺れで、また気分が悪くなる。


「少し休もう」

 さっき休んだばかりだが。

 下馬して手綱を持ったまま道の端に座り込む。


「ちゃんとお役目は果たしたし、帰りはそんな急がなくてもいいか・・」

 ・・殿様も人探しの方は次手ついでみたいな口調で、そんな血眼んなってる感じじゃあ無かったし、第一お城が嫌んなって出てったなら、行かしてやりゃあ良いだろ。


 奥様なんか、もうありありと面倒がってる態度だったもんな。

 そもそも、どんな顔の娘さんだったか説明するのもイヤそうだったぞ。あれじゃ分かんねぇって。


 あら、馬がなんかもそもそ食ってるぞ。

「いけねえ。畑のオヴィス喰っちまった。こらこら!」

 手綱を引っ張る。

「・・まぁ馬が道の上だから叱られねぇか」


 後ろから騎士が二騎、追い抜いて行く。

 大荷物を乗せた驢馬数頭。繋がれて大人しく随いて行く。


                ◇ ◇

 アグリッパ、スールト侯の居間。

「そうでした。侯爵さまは、お独り身でしたね」と司祭。


「うむ。倅が此岸に遣り残したる事を果たしてやるのも父親の務めじゃろう」

「ちょっと違う気もしますが、めでたいことで御座りまする」


「儂がなんどき逝っても死ぬまで食うに困らぬ『一期分』の財産は残る。若い恋人を作るも良し・・」

「旦那様のお子が欲しいですわ」

「・・(もう『旦那』と言っちゃってるぞ」)

 アントン、少女の横顔に見入る。

 ・・まぁ、虫の湧いた食事を平らげて生き抜いた子だ。女傑の卵なんだろうな。


「これの祖父は家臣と謂うより嘗ての戦友でな。『一期分』と言わず、我が一門の棟梁の座を遺したいのじゃ」

 どこぞの異世界のとある某皇帝家だと六世代、この世界であると七世代離れても当主を継げるが、それは男の場合である。


「儂の直接の主君であられる大司教様が、他の相続人を不適格とご判断くだされば晴れてこの娘も次の当主と安心出来るが・・」

「・・(他の宗派の信徒だったなら大司教座がきっと嫌がるってクレアが言ってた話は、これか)」

 アントン頷く。


「わたくしが旦那様のお子を産むのが一番ですわ」

「それならば、なんぴとも口を差し挟む余地が御座りません」

 司祭も頷く。


「そうじゃ。上の子に侯爵家を、下の子に伯爵家を継がせようぞ」

 大きく頷く侯、悉皆すっかりその気のようである。


「それで八方万々歳」

 三人昌和。


                ◇ ◇

 ホラティウス司祭、咳払いして言う。

「それはそうと、マティルダ嬢は侯爵さまの従姪孫に当たられまするな。四親等の血族婚なので教会の特認状を手配いたしましょう」


 どこぞの異世界だと六親等に当たるが、この世界では共通祖先からなん代目かで親等を数えるので、従兄弟の孫が四親等になる。

「倅のが有るから流用して呉れんかのう」

「親子でも法的に別人ですから駄目で御座いますよ」


「それでは、私は一旦帰って書類を作りまする。婚礼は大聖堂で大々的に・・」

「・・(また金とる気じゃな)」

「継母を呼びたくございませんので、内うちでちまっとでは不可いけませんの?」

「それでは大司教様に、ちょこっと来て貰いまするか」


 それでいいのか大司教座下。


                ◇ ◇

 ホラティウス司祭、帰る。

 床に落ちていた布がもっこり盛り上がると、色小姓クレアがお尻から出て来る。

「万事順調みたいだね」


「お前、なんで隠れるんだ」

「だって服着て無かったんだもん」

「嘘つけ」

「うふふ、アントンの手柄にするためさ。ポルさんで祝賀会して貰えるレベルの殊勲だと思うけど?」


「なんで僕の手柄にするんだ」

「やだなあ。熱い感謝のハグが欲しいからに決まってるじゃないか。本当はもっと激しいのが良いから要求しちゃおうかな」


 ・・これ王党派が『勝ち過ぎ』ないようバランス取ってるな。食えない奴だ。

「たべて欲しいな」

「なんで聞こえるッ!」


                ◇ ◇

 ツァーデクの城館、伯爵私室。

 伯爵、部屋を掻き回して、丈夫そうな革袋を取り出す。


「これがいい」

 被る。


「俺は糞親父が放蕩三昧で潰した男爵家を何とかしようと走り回った。俺がなんか悪い事をしたかぁぁ!」

 袋の中に叫ぶ。

「遠縁の伯爵に助けを求めに行ったら、なんか知らんが婿にされたぁぁぁ! 娘が誰かの子を孕んでいたから、岳父おやぢに頭の上がらない俺だったんだぁぁぁ!」


 大声出して少し憂さが晴れたのか、幾分冷静さが戻る。

 革袋を膝に置く。

「新妻の美しさに舞い上がっていた時期が過ぎてみると、彼女の視線がいつも俺を何処かの誰かと比べているのに気づいた。侯子が戦死してから一年は経っていた。彼との子とじゃない」

 ・・恥と悲しみに満ちた日々が過ぎ、彼女が娘を出産すると、何を満足したのか岳父は死んだ。俺は夢中で長男を欲した。あの時期、少し頭が如何どうかしてたのかも知らん。

 額を抑えて俯く。


 筆頭執事が慌てた様子で扉を叩く。

「スールトの侯爵様からお使者です。水門をお開きになると」


「嘆願を早速お聴き下さったか」

 因みに『聞』には『報告を受けた』、『聴』には『聞き入れて許可した』というニュアンスの違いが有る。つまり伯爵は喜んだ。

 だが直ぐ平静に戻る。

「ふん。開けに来てくれた・・ということは、鍵は貸してくれん、ということか」

 鼻白む。

「お通ししろ」


 謁見室を兼ねたホールに行くと、二人の騎士が従者も連れず並んで立っていた。

 その背後に大荷物が積まれている。


「ん?」



続きは明晩UPします。

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