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28.馬に乗っても憂鬱だった

 ウルカンタの西方およそ七里半、丘の上の墓所。


「よかったわ。紙一重。わたしたち『鉄板焼き』にならずに済んだのね」

 会葬者一同、胸を撫で下ろす。

 今まことしやかに囁かれているのは、脂を敷いた巨大鉄板の上で、鉄の靴を履かされじりじり焼かれ死ぬまで踊るという処刑法のこと。

 嶺南ガルデリ伯爵家の残虐さを物語る生きた伝説である。


 実際に目撃者が残っているのは『串焼き』だけなので、『油炒め』や『煮込み』と同じ流言飛語かも知れない。因みに、名前だけ伝わる『塩竈焼き』とは、一体甚麽どんな処刑法なのか頓と想像が付かぬ。


 司祭が葬儀を仕切って進め、弔問使も墓前に跪く。

 安堵の溜息が合唱のように響く。

「一個小隊蹴り殺した戦争馬カンプロスってマジ、魔獣と違うのか?」

「よそ見しない」

 巨大な黒馬をチラ見するレッド、アリシアに叱られる。


 葬儀つつが無く終了し弔問使帰途に就く。緊張の糸が切れて卒倒する者数人。

「そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ。南部人って、怒らすと恐いけれど結構沸点高めですから」

 安心させようと皆に語り掛ける司祭。

 だが『沸点』の意味が通じたか否かは疑問。


「司祭さまは南部のかたを良くご存知ですの?」と、レベッカ問う。

「実は拙僧、偽坊主なのですよ御内密に」

「え!」

「つい先日実家の都合で還俗して、今はフラ・バルトロ改め騎士バルトロメオ・ド・メーザー=ネアンデルと申します。街にはアヴィグノ派の僧侶が居たのですが尻込みして引篭って仕舞ったので、急遽代役で参ったのです」

「ではお坊さ・・いえ騎士さまは?」

「南岳の修道騎士でした」

「それは奇遇な。わたし、尼寺に入って亡き家族の菩提を弔おうと発心ほつしんして、南へ旅しておりますの」

「なんと奇特な! 名刹エルテス、山門の敷居がし高ければ、嶺東州都プフスの聖ジェローム院がお奨めですぞ。平穏なる余生を過ごして居られる婦人方を幾人も存じ上げてをりまする」

「坊さん随分豪胆だと思ったら、実は騎士さんだったのか」

「いや種明かし致すと、彼の方あのかたを先刻存じ上げて居ったのでござりまする」

「・・(『南岳派が魔王と手打ち済み』って情報、本当かも知れないな)」


「聖ジェローム院って、いい所なのかい?」

「社会貢献活動に熱心で俗人との交流が多く、戒律にもうるさくないので本山からお叱りが来るけど気にしない大らかな院だそうです。それ以前に、嶺南ガルデリ伯爵が寡婦たちのホームベギネンハウスを建てたりするほど、町の気風が女性に優しい土地柄で御座りまする」

 男性中心社会の直中ただなかで妙に女権の強い嶺南州の直ぐ隣りプフスブルは、女たちが平穏に暮らすのに実は一番具合いい町なのかも知れない。


「貴重な情報を有難う御座います。わたしイディオン人なので受容れて頂けるか如何どうかは分かりませんけれど・・」

「大丈夫大丈夫。旧帝国の首都圏に近ければ近いほど、異国系の住民も多く住んで居りまする。ほかならぬ大司教さまご自身が、修道騎士団時代は異人から獅子アル・アサドと呼ばれ畏れられた豪傑でしたが、お血筋は東方系でしてな」

「まぁ」

「南部に行けば、イーフリキャ出身の黒い肌色でも将軍になれる。南部とは其んな国で御座りまする」

「まぁ」

 レベッカ、感動して司祭(偽)の手を執る。


「レッドさま、わたし南に行きたいです」

「いや、嫌でも行くんだけどな」


                ◇ ◇

 メッツァナの下町、裏路地。

「教会へのお布施を横からぶんどるってのは気が引けるけども、盗品を盗ッ人から盗むってのは痛快かもな」

「まぁ・・持ち逃げした者には、した者なりの道理が有るんだけどさ、あたしらの仕事は、正しい持ち主に返すこと」

「持ち逃げした者の道理?」

「パンを盗んででも食わなきゃひもじい・・とかだわね」

「そりゃ、そうだ」

 旋風小僧ハインツは十七歳。そろそろ二つ名の語尾が『小僧』では合わぬ年齢だが、童顔なので変でない。


「パンを取り返されたら、そいつ・・ひもじいんだよな」

「そっちの件も解決できればいいと思うわ。あたしらポリ公ポリツァイじゃないからね」

「で、その仕事で俺たちはパンに有りつけるわけか」

「人はパンのみに生くるに非ず、である」

「なんだ? お説教かい?」

「よく働けば肉も食える」

「なるほど」


                ◇ ◇

 ウルカンタの町、税関。

 もとは伯爵府だった館なので城の様に立派だが、いま役所として使っているのは税関の事務所だけなので、町の自治会とか診療所だとか、いろいろ雑居した仲々にカオスな総合庁舎である。


「ただいま」

 葬儀から帰って来たレッドら一行、カーラン卿の執務室を訪ねる。

「トラブルには至らなかったぞ」


「そりゃあ良かった。遺族が矢鱈滅多ら殺気立ってて、やばいって情報だったんだが杞憂だったか。肝が冷えたぜ」

「それが、弔問使が強そう過ぎて、会葬者一同青菜に塩だった」

「護衛を連れて大勢で来たのか?」

「いや、一騎だ」

「一騎?」

「ガルデリ姓を名乗った」

「ななななななななななななななななななななな・・」

「ブラーク男爵家に客分として来てるそうだ」

「・・はぁ、三伯爵の時代も短かったな」

如何どう云うことだ?」


「知っての通り、大公殿下は都から落ちて来た元王族だ。地元領主達の力を削いで大きくなった。俺らとかの余所者連を手駒に使ってな。だから、南部勢力は不満の蟠ってる在来系を取り込んで国盗りする気なんだよ」

「この国は、食われつつあるって事か」

「商都メッツァナはう南岳の大司教様に尻尾パタパタ振ってる。そして、大司教自ら飼い慣らした南の野獣ガルデリ家がいまド・ブラーク男爵の後ろ盾に付いてるって事は、あと二、三手でチェックメイトだな、こりゃ」

 これは気まずい。

「あ。それと・・葬儀に来てた司祭さまが南岳の修道騎士団を退団したばかりってお人で、ノビボスコでバイトに政務顧問官やってるから、何か有ったら訪ねて来いって」

「なんだって! もうギーズ伯爵は南とコネ作ってたのか!」


「なぁヨーゼフ、この衣装・・俺たちに呉れないかな? 変装にベリーグッドだと思うんだよな」

いいぞ。収蔵品目録には載ってない倉庫の肥やしだ。売っ払って私服肥やすとかは良心が咎めるが、仕事の依頼料に上乗せすんなら可だろう。その代わり、この件の一切をカンタルヴァン城にいるアドラー顧問官に報告して呉れんか」

「アドラー? ・・って? オーレン・アドラー?」

「知ってるのか?」

「いや、結構有名人だろ?」


 そうではなくて、アグリッパで貰った『協力者リスト』で見た名だった。


                ◇ ◇

「兄さん、いい友達持ってんだな。餞別にひと財産呉れるなんて」

 馬匹の価格はピンキリだが、レッドがカーラン卿に貰ったのは今の騎士の格好に恥じぬものだ。ブリンにと貰った一頭も其処いらの荷車牽いてるのとは格が違う。従騎士の乗馬で可訝おかしくない。

 小僧どもきんでにも驢馬を貰った。ひと財産である。


「こりゃ、あいつに何か有ったら馳せ参じる義理が出来ちまったな」

 ・・レッドつらつら思う。

 これからひと波乱ありそうな高原州ホホラント、そういう含みも有るのかも知らん、と。

「レッドの昔の恋人なんでしょ?」

「なんでお前はそういう思考すんだ! この桃色脳が!」

 こいつも落城して姉妹や侍女が陵辱されてる処を横目で見つつ、男装して脱出を果たした生娘だ。どっか壊れてたって、責めるのは人の道に外れるかな。だが俺は敢えて言う。

「色気づくな。ガキが!」


 しかし、良馬は財産である。あの漆黒の戦争馬のクラスが手に入るならば、城の一つや二つ躊躇なく手放すのではないか。

 いや、持っている騎士ならばだが。

 一個小隊蹂躙したと云うのも誇張でないと肌で感じた。思えばあの黒馬、馬銜はみを着けていなかった。つい、あの前歯で敵兵の頭蓋をぼりぼりと噛む光景を空想して仕舞う。

「怖ぇ」

 あのガルデリ姓を名乗った騎士、敵方の雑兵なんぞが何万おろうとも只の草原を駆け抜けるように突き進んで、涼しい顔して敵将の首級を持ち帰るのだろう。

「でも、俺もあの人も、一括りに言えば同じ騎士なんだよな」

「同じ騎士だよ」と、ブリン。


 団は馘首くびになったけれど、身分は騎士。「騎士りった」でも「騎士かばりえれ)」でも「騎士えくえす)」でも馬に乗った戦士だから、貰った馬でも騎士って名乗って良いんだよな。うん。


「あの黒い騎士とは戦力的にだいぶ違うけど」

「そりゃ、兄さんは『ヒト』で、あっちは『魔人』だろ」




午後に続きをUPします。

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