207.仲介業者も憂鬱だった
宵闇の包む王都。
道を誰かがやって来る。
執事アントン目を凝らす。
「やあ、偶然だね」
人影に月の光が射して、見慣れた顔の色小姓が莞爾と笑い乍ら現れる。
「なんだ、その荷物は!」
荷物というレベルじゃない。後ろに馬車が一台随いて来ている。
「いやなに。那のお嬢ちゃんに綺麗な服でも買おうと思って古物商の店に行ったら店主の爺さん突然眠り込んじゃって」
「昏睡強盗やったのか!」
「やだなぁ、君は僕を誰だと思ってるんだい。気のいい親切な美少年じゃないか。強盗なんかしないさ」
「なら詐欺やったのか!」
「それは時どき遣るけど此れは違うね。親切で店番をして上げてたら古物を売りに来た人が居てね」
「奪ったのか!」
「まぁ、店からお客は奪ったかな。大急ぎで手っ取り早く現金が欲しいって言って困ってた人だったから、僕が買ってあげたんだ。親切だよ、飽くまでも」
「足元みたのか!」
「いやだなぁ、足元みずに歩いたら転ぶじゃないか。僕は、人として当然のことを為ただけさ」
「すごく怪しい奴だ」
「混ぜもの多そうな銀燭台幾つもと銀食器セット多数。いちおう絹だけど安っぽいクロスや織物。なんだかやらしく大きなおっぱい出した聖母像。そんながらくたが馬車いっぱい」
「そんなもん買って何する気だ?」
「そうだな・・君に売り付けようかな」
・・そういや、派手そうで実はケチってるように見える宴会やるんだったな。
「金貨八枚で、どう? 銀器を地金に鋳潰しても元が取れるよ」
「ずいぶん買い叩いたんだな。可哀想な見知らぬ人よ」
「買う? 今なら僕のえっちなサービスも付けちゃう」
「それは・・いらんっ!」
売り付けられる。
「じゃ、明朝は船着場でね」
色小姓、闇の中に消える。
アントン、馬車を操って伯爵邸に帰る。
・・あれ? この馬車って、誰が乗ってた?
◇ ◇
翌朝一番の伯爵邸
ティートが訪ねて来たのでグスタフ司祭に紹介わせる。
「ル・カネのティートベルガと申します。若いですが、某伯爵家で家政婦長補佐を二年可り勤め、公用文や書状の題目を読んで分類が出来ます。母が宮中に上がって貴婦人付きのメイドをしておりましたので、礼儀作法初級は心得ております」
「さっ、採用!」
「いや彼女、ぼくの出張中に頼んだ臨時バイトですから」
「君は急ぐのであろ? 皆様への紹介は拙僧が代わるから」と司祭やや早口で。
小さな声で・・
「あの予算で馬車まで仕入れて来るとは。まさか犯罪しとらんよな?」
「いいえ、少なくとも善意取得者です」
「やぁ、君のことは信じておるが・・最近アレとか居たもんで、つい、な」
アントン、船着場へ急ぐ。
司祭、必死でティートを口説く。
◇ ◇
アントン小走り。
「おはよう」と、色小姓。
「だ・・誰?」
「誰って、那の令嬢ちゃんじゃないか。紅差してお化粧して。装身具は昨日買った品の中から本物を選んで・・服は粧々いのしか無かったから僕のを・・」
「『僕の』?」
「ふふふのふ。女装もジョハニーが喜ぶんだ」
「勝手にしやがれ」
定期船が来る。
◇ ◇
ツァーデク伯の城館。
森林管理官が報告に来ている。
「原因が分かったのか?」
「はい。地滑り的な崩落が起きていました。単なる崖崩れではなく、川辺の森ごとヨードル川の中に押し出されたような形で、地表を木々が覆ったままだった所為で発見が遅れました」
「そうか。では自然に解決するか」
「それが、押し出された粘土質の土塊の体積が大きいうえ、上流の水位が高まって岸辺の侵食が始まっています」
「それでは濁り水の解消は・・」
「見通しが立ちません。幸いなことに農業用水としては問題無いので、食料生産にさほど悪影響は無いかと」
「ある事はある訳か」
「流量全体が減少していますが渇水という程ではありません。井戸水にも目立った影響は認められません」
「生活用水に困る訳だな」
伯爵、少し考える。
「水源地の水門を開いて、どの程度押し流せるか・・」
唸る。
「スールト侯に嘆願するか・・」
伯爵、一応ちゃんと領主の仕事は為ている。
◇ ◇
そこへ娘がやって来る。
「お父さま! ティリのやつを侯爵家に嫁に行かせたんだって!」
「あれに『行け』と言っただけだ。先方に話など通しとらん」
「なんで私じゃないのっ!」
「じいさんだぞ」
「じゃ、いい」
でも未だ父親を睨んでいる。
「私、若い侯爵がいい」
「侯爵なんて其処らに転がっていないぞ」
「みつけてよ」
「解っとらんな。侯爵というのは敵対勢力のいる国境沿いに領地を貰ったガチ勢の戦争屋だ。そんなとこ嫁いで良いこと無いぞ」
「ティリを行かせたじいさんは?」
「隠居じいさんだ」
「若くて隠居してるやつは?」
「名ばかり貴族の穀潰しヒッキーだ」
「そういえば私、婿とるんだった」
「こんな田舎に来る婿はだいたい事故物件だ。それは覚悟しとけ」
自虐する伯爵。
◇ ◇
同じ頃、出入り商人風の男モニィが宝飾品のセールスを装って伯爵夫人に面会を申し込み、片隅の小部屋で夫人の御成を待っていた。
男、両掌で頬をぱんと叩く。
・・俺は飽くまでも『謎の口入れ屋』だ。
退役傭兵共済会の人間だと外に漏らしたら一発で粛清対象だろう。迂闊り尻尾を出してはならない。
組織的に殺し屋の斡旋などしていると知られる訳には行かないのだ。
気合いを入れたところで夫人が来る。
「どう?」
・・気楽そうに言うなよな。
「人探しだけの合法の仕事なら、ひとり頭シュット銀貨五枚くらいから雇えます。しかし、探す地域が広いほど日数も掛かるし人数も居るでしょう」
「探すだけで?」
「殺る仕事が結構お高く付くことは、先日ご説明したとおりです」
夫人露骨に渋い顔。
「手間賃は安ければ安いほど失敗しやすく、口を割りやすく、依頼者が危険です。お考え下さい、何を得るために何を失なうのかを」
「なんでそんなに高いの?」
「違法な殺人を依頼したと露見れば、依頼者も死刑を免れません。高いか安いかはご自分のお命と比較なさって下さい」
「う・・」
「それに、法を犯して人を殺す者は死刑です。私の経験から申し上げて、名誉ある警官の月給と比べて著しく安値な金額で自分が死刑になる危険を冒す者はプロじゃありません」
「というと?」
「当座の金に困っている者や無計画に生きているならず者です。そんな彼らがいつ依頼者を裏切って恐喝者に変身するか、分かったものでは無いのです」
懇々と説いて思い止まらせようとする『人殺し』依頼の仲介業者。
「じゃ、人探しは頼める?」
夫人あきらめない。
「畑違いです。アグリッパあたりの大都市なら人材派遣のギルドが有るでしょう。『冒険者』ギルドとか」
敢えて『探索者』ギルドの名前を出さない『謎の口入れ屋』であった。
◇ ◇
伯爵の執務室。
娘と入れ替わりに夫人が来る。溜め息つく伯爵。
「ねぇ。ティリの捜索だけど、ちょっと城兵に近所を見させただけでは他所様から疑われるわ。それに、身内の言う事だけでは説得力ないでしょ」
「どうすれば良いと?」
「だから外部の業者を入れるのよ。予算を吝嗇ればロクな仕事しないだろうから、伯爵家としてちゃんと『探してる』って証拠だけが残るわ」
「業者って、目算あるのか?」
「何でもアグリッパに『冒険者』ギルドって言うのが有って、そこで人材派遣して呉れるんですって」
「見つけられちゃったら行方不明に出来ないぞ」
「『なんと傷物になってたので結婚させられない』って公表すればいいわ。それで召使いとでも結婚させて、当家の相続人から外すの」
「おまえ・・悪知恵は俺より上だな」
『口入れ屋』モニィの努力が実って、殺害は諦めてくれた模様である。
続きは明晩UPします。




