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206.東奔西走して憂鬱だった

 王都の冒険者あぼんちゅりえギルド。


「頼みって、なに? いとしのアントン」

 ・・あ、エスカレートした。

「ティーちゃんは貴族家で働いたこと、あったろ?」

「うん、セクハラ喰らって辞めたけど」


「ああ。うちには、そっち系のひと居ないから大丈夫だ。実は仕事でアグリッパに行かなきゃならなくて、留守中の伯爵家を一寸ちょっと助けに来て呉れないかな」

「埋め合わせ、期待していい?」


「う・・。いいとも!」

「じゃ、ギルドに休暇くださいって頼まなきゃ」


 決まってしまった。・・後が少々怖いが。


                ◇ ◇

 隣りの酒場。

 夜勤明けの人々が寝る前の一杯をっている横で、徹夜で遊んでいたドミニクが眠そうな顔。

 と・・戸口に悪党ずらだが理知的な男、体格の良い乾分こぶん数人を引連れて現れる。


「『得体の知れない感じの小娘・・』ってのは、きみかな?」

「ひどいです。わたくし、そんな風に紹介されたんですか?」

「いや、俺風に柔らかな表現に変えた」


「あなた様が御家老のアンリさま・・ですね?」

「紹介どおりの外見だったか?」

「伺ったとおり、御主人様がお好きになりそうな感じの殿方ですわ」


「俺はどうも個性豊かなご婦人にだけ受けが良いようだ」

「わたくしも如何どうやら『個性豊か』なようです」

 普段表情少ないドミニクが珍しく微笑む。

 いや、カルタ勝負用の顔なのだろうが。


 どこからか、ひょいと書類を取り出す。

「こちらが手形。それから・・」

 大男が皮袋を担いで来る。

「こちらが直ぐ使える現金です。金貨で二万」

かたじけない」

 ちらと後ろを見る。


「あちらで頬杖ついて寝ている坊主が、俺の兄だ。る方面のいけない金の流れを色々と知っている男なので、今ちょいと危険な立場にある」

「伺っております。頼れる男たちが参っておりますのでご安心下さいませ」

 頷く。

「こちらの巨漢がタンク殿、向こうで外の様子を窺っている騎士がカーラ殿です。


「人選は女男爵バロネッサどのか・・流石お目が高い」


                ◇ ◇

 アルトデルフトの修道院。

 院長室に来客。


「いや、拙僧もう後方支援向きの年齢でございます。若い連中と違い、不平など申しませぬ。この地区統括を任されて有難いと思っております」

「いえいえ、ベルンハルト様がマギステルをなさっておられるからこそ此方こちらの州と万事円滑に回っているのです」


 訪ねて来ている客はアグリッパの東部兵団長ヴァルター・フォン・ヘルゼ。実はホラティウス司祭から聞いて早速根回しに訪れていた。


「最近都の方がきなくさく成って参って気が重うございます。万一もし武力衝突など起こったなら、王党派の支援に南岳の僧兵が上洛して来るのは必定。それを諌めて止める役割が我々に回って来て仕舞います」


 ヘルゼ団長、遠回しに話を持って行く。

「ううむ・・一番揉めたくない相手ですな」

 ベルンハルト司祭・・というか分団長マギステル目を閉じる。


「南岳の大司教さまが修道騎士だった頃のお姿は何度も拝見致した。異教徒からはザレムの獅子と呼ばれ恐れられて居られた・・」

 回想している模様。

 ヘルゼ団長、司祭と親交があるという程でもないが、隣接地域の責任者同士ゆえ密な交流があり、司祭若かりし頃の話は何度か聞いている。

 彼の外地での武勇伝も聞いた。むろん”アル・アサド”の伝説もだ。

 ヘルゼは少々世代が違う。


「昔は物凄い豪傑が居られましたなぁ」と司祭。

「そう言えば、あの傭兵王の団の一番隊長と三番隊長が嶺南侯に仕官なさっていて南岳の友軍に加わることになります。いやぁ揉めたくない」

「ううむ。拙僧らの団が対異教徒戦専門で良かった」


「え! もしアグリッパが南岳と衝突した場合には、我々にお味方して下さらんのですか!」

「いや、同じ神を信ずる者は争ってはなりません。仲裁になら馳せ参じまする」

「仲裁なら我らも第一義とするところ。平和が何よりです」


 ・・本当は戦争が好き・・


 マギステルの心の声は漏れなかった。


                ◇ ◇

 アグリッパの町を一台の軽馬車が出立する。

 車上には一対の男女。

 イザベル・ヘルシング、本日は退役傭兵共済会の監査係という肩書で仕事だ。


「ルディ、もし荒事になったらお願いね」

「我々の事ばかりではない。ツァーデクの分家筋が動き出すと厄介だ」

「入婿殿が伯爵位を継いで分家たちの心が穏やかな訳ないものね。騒ぎ始める前に蓋をしないと、また司祭さまの胃が痛んじゃうわ」

「国境で内紛は不味い」

「東方騎士団の方はホラティウス司祭さまがちゃんと釘を刺して下さる筈ですが、先に原因を断ちましょう」


 軽馬車、東へ向かう。


                ◇ ◇

 ツァーデクの城館。出入り商人風の男、さりげなく伯爵夫人を訪ねている。


「お客様都合のキャンセルには所定の料金をお支払い頂けませんと」

「着手前だから半額でいいのね?」

「部屋の掃除を致しましたので、その分も申し受けます」

「必要額を取って!」

 夫人、鷹揚に財布ごと渡す。

 ・・内心は恐々だが。

 意外に伯爵の財布の紐は固く、臍繰へそくりでの発注であったのだ。


「追跡はして下さらないのね?」

「城内限定の仕事ということで、あの額に抑えておりました」

「まぁ、いいわ」


 ・・と言いつつ続ける。

「念の為の用心くらいの積もりだったからお金を掛ける気も無いのだけれど、安く済むならお願いしたいわ」

「こういう事は安く上げると秘密が守れません」

「見積もりだけお願い」


                ◇ ◇

 出入り商人風の男、夫人のもとから下がって通用口に向かう途中、つい自問自答してしまう。


「・・随分と値切る。上客とは言えないな」

 前任の地区担当からは何も『仕事』の引継ぎを受けていない。彼の突然の死亡で急遽交代したからだ。


 秘密の呼出サインで伯爵の城館を訪ねると、正真正銘の本物である割符を持った伯爵夫人が居た。やたら値切られて違和感も有ったが、低難易度の依頼だったので其のまま引受けてしまった。

『仕事』を請負った傭兵からクレームが入って、初めて本格的に怪しんだ。依頼の仕方が滅茶苦茶だったからだ。まるで意思疎通が出来ていなかったのだ。


「だけれど、幸いなことにキャンセルになってる。なんとか乗り切ろう」


                ◇ ◇

 首都、医術者・薬剤師ギルド。

 アントン、探索者の窓口を訪ねる。奥の小部屋に通される。

 やはり物腰の軍人っぽい男が直ぐに来た。

 ポルトリアスの名は出さないと決める。


「探索者ギルド首都圏支部の調査マイスターです。『Q』とお呼び下さい」

 首都圏でも本部じゃないんだ・・とか思うアントン。


「遺産相続人の調査と伺いました」

「はい。トレスポントスのボールス男爵が亡くなった件で、相続をめぐって訴訟が起きそうな状況でして」


「直系を残さずに亡くなったのですね?」

「ええ、今後増えて来る可能性も含めて、存命中の相続権者リストアップと各々の相続に対する姿勢を知りたいのです」

「あなたの御主人は相続権者のうちの誰かで、余り明らかにしたくない・・という所ですか?」

「そのとおりです」

 ・・バレバレだよな。

「ご依頼者は我々の調査の精度を評価できる、という事ですね?」

 ・・あら、それでもオッケーですか。懐ろ深いな。


「相続権者の範囲がどこまで広がるかが予測できないので、いま時点で予算総額を決められません。と言って日当制にすると我々がだらだら仕事して儲けられるので良くありません。そこで、手付を四デュカス頂いて中間報告をご覧頂き、その内容次第で調査継続か打切りかご判断頂く、というのは如何でしょう?」

 ・・けっこう良心的かな。


「それで宜しくお願いします」

 グスタフ司祭から其処ここ多く仮払金を預かって来たので、即決で支払う。


                ◇ ◇

 帰り道。

「とりあえず中間報告待ち・・か。ちょっと期待していい感じかな」

 アントン、夕べの空を見上げる。

「あれ? ぼく連絡先言ってないぞ。これって、ちょくちょく顔出せって事かな。それとも・・」


 ・・言わなくても分かるって事かな。




続きは明晩UPします。

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