205.突撃しそうで憂鬱だった
アルトデルフト修道院付帯施設の談話室。
傭兵ヘルマン、強めの黒麦酒を呑みながら愚痴る。
「愚痴を零すくらいなら、副業などは止めれば宜いのです。もう教会の仕事だけに絞りなさい」
澄まし顔の修道騎士に嗜められる。
「世俗の領主たちは今あまり相争っておらぬ。傭兵の闘争心を慰めてくれるような仕事そのものが少ないのです」
「贅沢言えぬと? でも、物置の片付けって・・そりゃ無いでしょ」
「そうですね。しかし我ら『剣の兄弟』団の戦争は違います。パンツァーを纏って何処までも征きます。異教徒との戦争はいつまでも続きます」
・・いや、それは疲れないか?
「して時に利あらず騅逝かず敵の長槍が我を貫くとき、我がパンツァーは栄えある墓標です」
・・いや、畑を馬蹄で踏み躙られた百姓が持ってって売り飛ばすよ。
他の修道騎士たちが足を踏み鳴らして歌い始める、
嵐も雪も灼熱も なにするものぞ我は征く ♪
暴風を冒し騎行する我ら 装甲騎士は驀進す ♪
・・ついてけねえ。
* Panzer: 装甲 Panzerreiter: 装甲騎士
◇ ◇
傭兵というのも、徴兵された小作農から腕っ節で成り上がった剛の者も其処ここ居るが、やはり相続で落ちこぼれた元戦士階級が多い。
喧嘩屋を交配して人為的に造られた闘犬どもの血筋である。
堅気の市民階級に成ろうとして暴力沙汰起こして弾き出されて結局傭兵稼業へと流れ着いた者とか、戦乱で所領を失なったが傭兵のボスに成り上がって捲土重来を狙う者とか、雑多な集団だ。
所領を失なった男爵とかは、身一つになって再た旗上げしようと言うまで覇気が無ければ、他の貴族の寄り子になって騎士に落ちる方が楽である。封建身分は一段格落ちするが出生身分は未だ貴族であるから。
ツァーデク伯爵スヴェンフリードは幸運な男であった。泣きついた遠縁に婿入り出来たのだ。しかも伯爵である。こういうのを焼け太りという。火事に遭ったのに儲かって仕舞う人々である。
しかも妻は輝くような美女である。天国の心地であった。
妻が誰かとの子供が出来た虞れがあって慌てて夫を見繕ったと知るまでは。
「岳父め」
今は我が城。片肘枕に寝入りばな、夢の現つで口に出る。
◇ ◇
王都近郊、ポルトリアス伯爵下屋敷。
朝食をサーブする執事アントン。
「本日は、出張中の人材確保と例の巻物関連の下拵えで洛中に参りますので、また外出中は司祭さまにお手数おかけします」
「叙任式の支度も有るしのう。忙しいのう」とグスタフ司祭。
「派手派手しく実は貧乏っぽい調度とかも手配いたします」
「ブルス卿には俺の馬を下賜するとして、済まんが他は我慢して貰おう」
伯爵、申し訳無さそうな顔。
「いろいろと慣例すっ飛ばしちゃってますからね。それでも足軽大将の家の当主を従騎士にしとく訳にも参りません」
ダミヤン卿、朝から葡萄酒飲み過ぎ気味である。
「飲ませてくれよぉアントンくん」
「また胃痛が来ますよ」
アントン、お代わりを注ぐ。
◇ ◇
アグリッパの町、大聖堂。
朝の礼拝と法話が終わる。かの脇役メイド名はマグダ、告解室の前で独り静かに順番待ちをしている。
立ったまま、無一文なのに朝食を摂れたことへの感謝を祈っている。
順番が来、告解室に入って跪く。
声がする。
「父と子と精霊の御名によりてアーメン。神の声が回心を呼び掛けています。心を開きなさい」
マグダ、祈る。
「神の御慈悲を信頼して、あなたの罪を告白しなさい」
「わたしは東のマルク、ツァーデク伯の屋敷で奉公しているとき何年にもわたって御主人さまのお嬢さまに悪さをし、酷く虐げ、汚い言葉で罵って心無い振る舞いを続けて来ました」
「為した事をできるだけ具体的に述べて悔悟の気持ちを込め、悔いなさい」
穏やかな声で司祭が導く。
「下女のような労働を長時間にわたって強いました」
「それは下女も同じく為ている事です。人は労働の中に喜びを見出すことも神への祈りを込めることも出来ます」
「十分な食事を与えずに虐げました」
「人は粗食と清貧を貫いて神に近づくことも出来ます」
「悪し様に罵りました」
「それで強い心が育つことも有ります」
「わたしは悪意でそうしました」
「この世には、常に悪を欲して却って善を成すべき者も有ります。その子供は病に倒れ伏しましたか?」
「いいえ、健やかでした」
「その子供は心を病みましたか?」
「いいえ、朝夕の祈りを欠かさず、いとま有れば物置にあった書を読み、端然と日々を送っていました」
「その子供の親はあなたの主人ですが、状況を知っていましたか?」
「はい」
「主人はあなたを咎めましたか?」
「いいえ」
「何故でしょう?」
「伯爵は入婿で、先の奥様の死後すぐに新しい奥様を入れました。先のお嬢さまと連れ子のお嬢さまは一歳違いで、わたしの行った虐待行為は新しい奥様お嬢さまの歓心を買うためだったのです」
「後妻はあなたに何か指示しましたか?」
「すべて御主人さま、新しい奥様お嬢さまの細かい指示どおり致しました」
「世俗の法では、主人に従った奴隷の罪は主人の罪であり奴隷の罪でありません。あなたは奉公人であり奴隷でありません。然も『歓心を買うため』と云うからには自発性があったのですね?」
「はい。ですので罪を悔いています」
「それでは神の赦しを求め、心より悔い改めの祈りを捧げなさい」
祈る。
「悪に染まったわたしを浄め、罪深き者をお赦し下さい」
「わたしは、父と子と精霊の御名により、あなたの罪を赦します。あなたの身柄を当教会が預かりますので暫く境内に留まりなさい」
「・・(ああ、また面倒ごとを引き当てて了った。これは相続問題絡みです)」
ホラティウス司祭、音を殺して溜め息をつく。
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。
ここは商都であるけれど基本は門前町なので、ここの依頼者にも在家信徒らしい服装の人が少なくない。
その人たちの中に見慣れた顔を見出して、最近ギルマスっぽい雰囲気すら漂わすイザベル・ヘルシング、彼をさりげなく別室に誘う。
「奉仕活動ボランティアさんみたいな服が意外にお似合いですわ司祭様。ちっとも変装に見えませんことよ」
頭を掻くホラティウス司祭。
「何でしょう? 義妹たちが問題でも起こしました?」
「いえいえ。東のマルクのツァーデク城、ご存知ですか?」
「ええ。最近のこと、東方騎士団に草鞋を脱いでいる傭兵をひとり呼んだと聞いて気になっていた所ですわ」
「傭兵を、ひとり?」
「傭兵といえば部隊単位で雇うもの。一人で動くのは、特殊部隊の者の小遣い稼ぎくらいです」
「それはつまり?」
「バイトです。暗殺者の」
「ぞわっ!」
「片手間ですから本職の暗殺者の半値くらいで雇えて、仕事は結構確かなんです。大変お得なんですが、依頼ルートを知ってる人は限られますね」
「居ますかね・・ツァーデクあたりで」
「亡くなった先代は曲者で、我々の親世代のお得意様でした。繋ぎの取り方が変に漏れていると嫌ですわね。で、如何なされましたツァーデクで」
「いや・・入婿が跡取り娘を虐待してるという未確認情報が有りましてな。家庭内不和くらいなら兎も角、御家騒動とか始まると厄介。何せ突撃が大好きな方々との領地の境いでもありますし」
「こちらとしても、信用できるクライアント以外のところに割符が流出していると困ります。嶺東州で似たような事件があって処理が済んだばかりと言うのに・・」
「処理?」
「狼さんが食べました」
「ギョギョ!」
◇ ◇
王都、冒険者ギルド。
「ティーちゃん、折り入って頼みがある」
「なぁにアントンったら」
敬称略で返って来たので見込みがあると思う色男。
続きは明晩UPします。




