27.遺族らも憂鬱だった
メッツァナの町、早朝。冒険者ギルドの応接。
「申し訳ない」とギルマス。
「ご両所の活動が非合法で無いことは理解した。だが是れ、如何にもタイミングが悪いのです」
それはディードとクレアも理解できる。
「大司教座へ寄進をしようとする善男善女への妨害と取られて終うと・・」
「盗品を寄進するという涜神的行為を阻止するとご理解賜れまいか」
「充分に理解しておりますぞ。いや、心配しているのは道理を弁えぬ者に『冒険者ギルドが大司教座に敵対行為を働いた』という悪しき風評を撒き散らされないかという事なのです」
「お立場は理解できますわ」
「こういう妥協案は如何でしょう? うちに、貧民街の少年たちの兄貴分のような者がおります。彼にギルドを通さない『個人的』な依頼をなさって、バイトの少年達を集めるというのは」
「妥協点として適切かと存ずる」
「おお!」
「それでは、その兄貴分氏を紹介して下さいな。飽くまでも『個人的』に」
◇ ◇
隣室。
給仕人が控える用途の次の間で、応接室での遣り取りを窺っている男女。古株の女性職員と上司のようだ。
「ちょっと姑息ですよね」
「いや、うちのギルマスらしいと言えば、らしい」
「あれでハインツ独りに全ての責任を押付けるような展開になったなら、ひとこと物申しますわ」
「流石にそれは無いだろう。しかし今ギルマスも市政参事会入りに手が届く所へと来てるんだ。ここは問題起こしたく有るまい。今日も、ほら・・」
「ご接待でしたわね。どういう方かしら」
「南の方の大領主のお嬢さんだとか、或いは女領主ご本人だとか、定かじゃないがバッテンベルク伯爵が大層な気の遣い様らしい。噂じゃあ近々御成婚だとか。祝別を大司教様が直々になさる予定と・・」
「まっ! うらやまっ」
「ああ。この町でも直きボスコの町の糞坊主にお布施しないで済むようになるぞ。請求金額を満額払えなかった夫婦が、結婚記録を『うっかり』廃棄されてしまった事件とか有ったっけなぁ」
それでは生まれた子供が私生児身分になって終う。悪質な嫌がらせである。文書記録作成を読み書きスキルの高い僧侶たちに依存することの多い此の世界、彼等はその意味でも特権階級である。
「大公さまが中央から転封されて来て半世紀。その伝手で王都から腐れ坊主が続々来やがって、いい迷惑だ。まぁ是れで連中も居づらくなって呉れるだろ」
若い頃のボスコ大公は小覇王とも呼ばれ、辺境を脅かす異民族の討伐で英雄視もされて来た。商都メッツァナとしては、軍費供出が煩わしいものの、好景気を齎す福の神と歓迎する人も多かったのだ。だが都から寄生虫が付いてきて了った。
大公が老害に堕した後は、蟲だけ残った。
「これでキミも安心して結婚できるな」
「いや・・裏山はソッチの方ですが・・」
◇ ◇
ウルカンタの町、レッドが騎士になっている。
荘重な雰囲気の長衣はひと世代以上古いデザインだが品質は良い。腰には古風な拵えの片手遣いの長剣。
「うーん」とカーラン卿。
「このフード付き満智羅をぐりんと回して・・」
背中に垂らしていたフードが喉の下に来るよう水平に半回転する。
「こうしてドレープ感を出してだな・・」
「クラバットみたいな感じで・・」
「これでナウくなった」
横のブリンは長めの鎖帷子、腰に長剣と斧。
「おー、馬子にも衣装ッ! 男爵様と護衛騎士みたいじゃんか!」というアリ坊はフィン少年と揃いの色違い半身替わりのお小姓姿だ。一体どこの貴族一行様だ。
レベッカ嬢は黒髪に似合うオリエンタル・フランキッシュ・スタイル。
レッド、つい「おお、綺麗だ」とか呟いて仕舞うと彼女も含羞む。
「お! 満更でも無い? 修道院入っちゃう前に初体験しとく?」
余計なことを言うアリシアの鼻を力一杯摘むレッド。
「まぁ葬儀なんで着飾らせてやれないのは残念だが」
カーラン卿、着せ替え人形好きの隠れ性癖でも有ったのだろうか。
「んじゃ、頼むね」
「お前って、昔からノリの軽い奴だよなぁ」
◇ ◇
葬儀があるのは七里半ほど西。ヴェンド系部族の土地で、伯爵家に出仕している騎士が四人、それ以下の身分なら十人以上は居る。事と次第では此れらを全部切り捨てるという決断は、決して軽いものではあるまい。伯爵がどれだけ平和を欲しているか解る。
「責任重大だな」
やがて、聞いた通りの場所の丘の上に、墓所が見えて来る。既に一族が集まっているようだ。
「兄さん、危いっぽいな」
「ああ、危いっぽい」
怨敵許すまじ的なシュプレッヒコールを一族皆さんで叫んじゃってます。
女性の数人かが結った長い髪を振り解いてヘッドバンキングしていて、周囲は「討つべし! 討つべし!」と唱和。
「だめだこりゃ」
・・と、思ったとき驢馬に乗った司祭殿が到着して、一同礼拝のため暫し静かになった。
「このタイミングしか無いな」
レッド、進み出る。
「某は騎士レッドバート・ド・ブリース。伯爵家の方から本葬儀の見届人を申し付かった」
嘘は言ってないぞ俺。
周囲少し喧つくが畳み掛ける。
「伯爵家家中の者が姿を見せぬのが何故だか、理解るか? 弔問に主家の者は未か家臣の一人も来ぬ。不満が蟠って居ろう。だが考えれば分かること」
少し間を置いて、一同の顔を順々に見る。
「故人はカンタルヴァン伯の家臣でなく、チョーサー伯爵家の封臣だからだ」
「チョーサー家からも誰も来てないな」と、誰かが呟く。
「故人は、チョーサー伯の命を奉じて従軍し、ブラーク男爵領に侵攻して武運拙く散った。敗績したチョーサー伯は和議を申し出て賠償に応じ、一件落着した」
響めく。
「貴公らが若し弔問使に危害を加えるならば、既に講和を済ませたチョーサー伯が和約を違えた事になり、またカンタルヴァン伯も意に染まぬ宣戦をした事にも成り兼ねぬ。血族の仇討ちせざるは武門の名折れなり。口出しはせぬ。口出しはせぬが貴公ら一門の行動は一門で責任取られよ。カンタルヴァン伯爵家は、不関与を宣言致す」
やんわりでなく、この際きっちり、寧ろ強めに言って置こう。
そのとき、異様な存在感が迫って来るのを誰もが感じた。
◇ ◇
黙々と弔いの儀式の準備をしている司祭を除く全員の顔が引き攣っている。
「なにあれ・・怪獣?」とアリ坊。
「里まで魔物が!」と呟く会葬者は狼狽して顔面蒼白。
黒い怪獣が近づいて来る。
「い・・いや、あれ・・馬だから」
いち早く理性を取り戻したのはレッドだった。
「戦争馬という品種だ。あんな凄じいのは初めて見るがな」
一歩一歩にずんずんと擬音語を付けたくなる重量感で、馬は近づいて来る。
だが、馬には騎乗者が有るのだ。
「なんだ・・あれ。あの騎士・・気配消してるぜ」
ブリンがびびっている姿は初めて見る。
気配だけ消しても姿は見えている。巨大な黒馬に跨った偉丈夫は、口髭も見える距離まで来ると静かに下馬して、先ず司祭に一礼する。
「なんてハンサムな騎士様・・」
レベッカの美観がよくわからない。レッドの目には、怪獣に怪獣が乗っていたとしか見えない。
騎士が気配を消すのを止めた途端に、会葬者が数人卒倒したので再び隠蔽する。惻隠術なる奥義を潜伏に使う術者は見たことがあるが、武威に当てられる被害者を出さぬ安全の為に使っている人は初めて見たレッド。
驚くより呆れている。
「ブラーク男爵家に客分として逗留中の、クラウス・デ・サバータ=ガルデッリと申す。僭越乍ら願い出て弔問使として罷り越した」
重厚な低音が響く。
「ガ・・ガル・・デ・・」
会葬者たちに戦慄が走る。
「あは・・は。 遺体が挽肉でなかったのは、それほど迄お怒りを買わなかったと云う事で御座いますか?」
「此処限の話に留めて頂けると有難い。ブラーク男爵領内に侵入したる一個小隊が抜剣していたので、我が愛馬がつい蹂躙して終ったのである。同じ騎士の方ならば御諒解頂けよう。戦争馬は殺気に反応するものだ」
「いやー、それは不可抗力ですね」と会葬者の騎士。
「身共が下手人そのものには非ざれど、愛馬の行為は身共の責任。ブラーク男爵に帰す可き責めは御在らぬ。一切はガルデッリの一門が・・」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、チョーサー伯の和議を覆すなどと、故人が非道い不忠者に成って了う。滅相もない」
一同、合唱のようだ。
挽肉、油炒め、鉄板焼き。誰だって嫌である。
・・やる方は好きらしいが。ガルデリ家恐ろしや。