203.家庭の問題も憂鬱だった
王都、冒険者ギルド隣りの酒場。
絵に描いたみたいな脇役小悪党メイドの告白に、ティート嬢大笑い。
「ぷーくすくす、断罪されて追ン出されたのと違うわけ?」
「違うわよっ! 性悪の後添い最低母娘が先妻の娘虐り抜いた責任そっくり全んぶ押ッ付けられる前に賢く逐電して来たのよ」
「先読みして逃げ出す才覚が有ったのに、此処へ来てちび賭博師に有り金すっかり毟り取られて、ほんっと間抜けてるわね」
ティートも容赦ない。
「っさいわねぇ! 無駄口きく暇あったなら風俗産業でも何でも紹介しなさいよ。此地はお金がないのよ。頼れる実家もない。帰れば殿さまに突き出されて身代わり断罪が待ってる限なんだから」
「あなたがカルタで摩った程度の金額など有っても無くても数日の差ですわ。早晩行き詰まって行き着く先は同じです」
此方は毟ったお金を返して遣る素振りも無い賭博師。
「元々が、仕えた先の御家に満ちていた負けの運気の淀んだ澱が最底辺に溜まった悪しきもののお裾分け。あなた一人が抗って如何なる代物でも有りますまい」
年齢に似合わぬ口調で鰾膠も無いことを言う少女である。
「祓う手段を言うならば・・」と上目遣いで。
「巡礼のなりで歩いてアグリッパまで行って慈善宿に泊めてもらい、夜が明けたら大聖堂に行って祈りを捧げ懺悔してらっしゃいませ」
脇役の女、尼僧にでも諭された様な殊勝な面持ちで聴いている。
「あんた・・『賭博師』に詐欺師も入ってんだろ」
ティート、少女に耳打ち。
少女、知らん顔。
◇ ◇
仮設の検問所。
日暮れ近く。
汚れた衣服の少女が来る。十有五に届かぬ感じ。
見るからに難民だが、たった一人でとぼとぼ歩いて来る。
役人、流民の通行規制は治安悪化の防止策つまり金品を奪取しそう/してそうな輩の排除が本義である、と心中で反芻する。
「お・・お前、随分と食ってなさそうな顔色だぞ」
「大司教さまの御領内では皆さん巡礼さんみたいに扱って下さいまして、なんとか此処まで歩いて来られました」
「橋の渡し賃とかも見逃して貰ったか・・どっから来た?」
「東のマルクです」
下役人たち、顔を見合わせる。
「そこの脇道を行くと郊外の街並みに出る。これで何か食って一晩寛り寝ろ」
役人、シュット銀貨を幾許か握らせる。
「ふぅ・・今日は訳有り人っぽいのが多いな」
◇ ◇
王都、医術者・薬剤師ギルドの前、アントン逡巡している。
来たことの無い所なこと、日没の終業時刻が迫っていること・・いろいろと未だ懸念事項が有る。
そもそもティートが留守でなければ、あちらに依頼を出していた。
儘よと扉を叩く。
「あの・・『希少種薬草』探しの業者さんが『失せ物』探し『人』探しも請負うと聞き及びまして」
「ああ、『探し物』ね。此方へどうぞ」
奥に通される。
「商工業ギルドってのは縦割りでねぇ・・。刀と剣じゃ作る職人がそれぞれ別々のギルドだってのはご存知でしょう? 小売店が一緒だから知らない人も多いけれど自身で研ぎに出されるかたはご承知だ」
「なぜ僕が知ってると?」
「わたしは昔お城で刀疵の止血薬を塗布する係でしたから、今でも剣士さんは見て分かりますよ」
「いや、弱いんですけどね」
職員さん、現場にいた戦中世代らしい。
『探し物』の受付はだいぶ奥の方だった。
どうやら客は業者ばかりらしい。
なんだか軍の主計将校みたいな感じの人が受付業務をしている。うちの殿様って傭兵団と折り合い悪いんだったな。
不味い所に来たかも知れない。
「ようこそ。御用命の向きを『尋ね人』とか『盗品の奪回』とか、ざっくり仰って頂ければ、最適のマイスター技能者を見繕います。その者が詳しい内容をお伺いし御予算に応じてソリューションの提案を致します」
・・冒険者ギルドと、けっこう勝手が違うな。
「亡くなった男爵の相続権利者探しです。うちの依頼人に異議申立する惧れのある人を暗々裏にマークしておくのが目的です」
「それでは明日の日暮れ前に御再訪ください。受注候補者にお引き合わせします」
割りとあっさり済む。
「結構緊張したな」
◇ ◇
冒険者ギルド隣りの酒場。
「彼女・・行っちゃったね」
「色々と、早く手を打つ方が宜しいでしょう。懐に銀貨が在るうちは善男善女から巡礼の御報謝に与るとか思いも付かなかったでしょうが、今のあのひとなら今夜の食事もきっと出来ますし」
「めし、早く食いたかったのかな」と鴨仲間の男。
「飯代宿代に飲み代まで、がめつい賭博師に巻き上げられてたからねー」
「ティートさんっわたくし、がめつく有りませんよ。それが証拠に此のお金、皆でぱっと飲んで仕舞いましょう。屹度辛気臭い負けの運気が祓えますわ」
「そいつぁ良いや。うちの売上げ伸びて万々歳だ」
隣りだが、経営は冒険者ギルドである。
◇ ◇
旗本の奴連中が溜まっている酒場。
見窄らしい格好の少女が現れる。
「き・・きみ、随分と食べてなさそうな顔色だな」と常連の色小姓。
「いえ、お城に居た時よりも随分いい食生活を致しております。皆様道々いろんな物を恵んで下さいましたもので、健康を取り戻しつつありますわ」
「『お城に居た時』って・・」
「ええ。鼠スープでも御腹を壊さないくらい鍛えられましたのよ」
「きみは猫の親戚かい?」
「いえ。でもお祖父さまも籠城の折は油で揚げて召し上がったと」
「た・・鍛錬法なのか」
「いいえ、継母様はわたくしが飢えて死ぬだろうと思し召した様です。でも胃腸が鍛えられて了いました」
「むしろ根性がだろ」
黙って聞いていた店の主人、腕に縒を掛けて何か作り始める。
◇ ◇
執事アントン、帰路つい例の酒場に足が向く。
別にお目当てが居る訳ではないと自分に言い訳するが、例のお小姓が流して来る情報を重宝している事実は認めている。
入ると女の子が居るのに驚く。
「珍しいな。おまえ女の子も好きなのか!」
「なにを言うんだい。ぼくは女の子が大好きだぞ」
「フーン」
「それで驚くなよ。この子、どっかの伯爵の御令嬢らしいんだ・・と、今ここまで聞いた」
「フーン」
「で、都まで歩いて何しに来たのか聞いてるとこさ」
「それが・・嫁に行けと言われまして」
「まぁ世の中いろいろ有るのは理解るけれど『手ぶらで歩いて嫁に行け』ってのは違うだろ!」
アントン既に忿っている。
「誰んとこに?」
「スールト侯に嫁げと」
「それ、ひとり暮らしのお爺ちゃんだよ。領地殆んど寄進しちゃってアグリッパの町に寂り住んでる筈だけど」
「行き先からして違うじゃないか!」
「ううん・・継子苛めってのは露見ないよう陰湿に遣るもんじゃないのかな?」
小姓も訝しむ。
「確かに妙なのですわ。水源地をお持ちな侯爵様の御不興を買えば、領主も領民も皆な困窮致し兼ねませんのに、持参金が鐚一文も御座いません。どころか結納金は占めて来いなどと・・」
「親御さん、さいきん頭打って鼻から脳が出たとかの事故なかった?」
「どう致しましょう。アグリッパの町とか無案内だし・・」
「都だって、知らないのに着いてたでしょ? でも、連れてって上げてもいいよ。ぼくは親切だからね、アントンくんも行くでしょ?」
「いや・・でも執事の仕事があるし、明日も予定入ってるし・・」
「丁度いいよ。この子も歩いて大司教領を横断して来たんだもの。少しは休憩日を入れなくちゃ」
「いや・・でも」
「アントンくん、ぼくと泊まりがけで旅行するの、いや?」
アントン押し切られる。
◇ ◇
ポリトリアス伯の下屋敷、廊下。
「アントン君、出張頑張ってね。アグリッパで行方不明になったら嫌だよ」
伯、本気で心配そう。
「大丈夫です・・(たぶん・・)」
「それとさ、きみの留守中に短期のバイト呼べないかな。執事の仕事をこなせとは言わない。来客の取次程度でいいからさ」
「こ・・心当たりを当たってみます」
続きは明晩UPしま・・す。




