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202.小悪党も憂鬱だった

死ななかったので執筆再開します。

 アグリッパ大司教領と司州の境近くにある検問所。

 臨時の仮設である。


「それでお前、何か身分を証する物は?」

 禿頭の男、一瞬言い淀むが直ぐ言い訳を思い付く。

いや、ご覧のとおり身一つで、川向こうの気安い知人を訪ねんと住居すまいをふらり出て来たのだ。こんなところに検問が有るとはついぞ思わなんだので」

「なんにも無いのか?」

「無いぞ」

「ううむ・・」

「無いから通さぬぞと曰うならば素直に帰るが、承った趣意からすればお役人殿が見咎めるきは難民の野放図な流入であろう。一見して平素の普段着の儂の何処が怪しいか?」

「ううむ・・」

「それとも違法越境を企む逃亡下人に見えるか? ・・儂が!」

「いや、労働など碌にた事のない体型だな、その下腹は」


 役人すこし考えて、言う。

「それじゃ勝手に通って行くがいい。何処ぞの物陰で強盗に殺されて物言わぬ骸に成り果てていても全く我等の知らぬ事だ。保護すべき良民か如何かも分からぬ者の末路などな!」

「ふん! 強盗に殺された後に司直ばらが下手人を探すか探さんかなんぞ殺された本人は与り知らぬわ。もう死んどるもん」

 売り言葉に買い言葉である。


「へんっ! 地元民が崇める祠かなんかの前で立ち小便して簀巻きにでもされるが良い。身分証明を持っておれば命まで取られまいに」

「けっ! 土俗の淫祠など見かけたら小便などで済ますものか。野糞じゃ野糞」


 禿頭の太った男、ぷんぷん怒りながら通り去る。

「文字どおり糞坊主だなアヴィグノ派・・」

 後ろ姿を見送って、王党派の役人ら毒づく。


 ひとふた世代まえ大いに世が乱れたのは、教会主流のアヴィグノ派が異端弾圧に躍起になったのが発端で、それを領主連中が地境い争いの口実に使った。

 教会主流派は穏健派との溝を深め、異教徒というよりも異端寄り気味の異民族と戦っている東方修道騎士団だけが若干の理解を示していたものの、到底とても味方とは言い難い。王党派と揉めている余裕は無い筈なのだが。

 

 すると声を掛けて来る者が有る。

「あのー、通っても宜しいでしょうか?」

「いや、検問所をするすると通られても困るんだが・・あんたらも規制対象じゃあさそうだな」

 変な取り合わせだ。

 十二、三の少女に大男が二人。みな端正きちんとした身装みなりだ。


何者なにもんだね?」

「さる貴族様の御家おいへ女童めわらわ。ちょっと其処までお使いに」

「ごっつい護衛二人連れてか・・。なんで裏街道を?」

 通行料を取る橋が多いぶん、割高になる裏街道は皆が敬遠する。


「ちょっと表街道を行くのが憚られまして」

 少女、驢馬の荷の皮袋を軽く叩くと、ずじゃらと錢貨の重い音。

「あ・・訳アリ送金のお使いね。通ってよし」


 役人また見送って、護衛二人の後ろ姿に呟く。

「強盗が出たら可哀想だな・・強盗が」


                ◇ ◇

 スカンビウムの町はずれ、レーゲンの川岸。

 密偵ロートベルト、冷や汗が出て来る。

 ・・如何どうやら此のあたり、既に敵地真っ只中だ。情報収集したいのは山々なれど下手打てば倏忽たちどころに足が付く。付けば明日には土左衛門という感じだな。


「いやぁ、すっかり油売っちまった。仕事に戻らんと」

 尻をはたいて膝伸ばし、腹に一物背に荷物、街道へと戻る。

「メッツァナに行くのかい?」と背後から、トウの立ったおねえさん。

「陽のあるうちに着かないとね」

 一礼して立ち去る。


「まぁ土左衛門でも、ヒーディッグ公子の末路よりゃ多少マシか」

 路上ひとりごちる。


                ◇ ◇

 都下、或る寺院。

 禿頭の太った男、上手い具合に事が進み老司祭に取り次いで貰えた。


「シュヴィンクリフのガダリス殿とやら、それは災難でしたな」

「南の僧兵どもの手で、恐ろしき野獣の出る谷に放逐されて受難した者も居たとも聞き及びまする」

 いや・・勝手に逃げ出して、近道のつもりが山中で迷って窮死した坊主は実際いたようだが。


「なにぶん引揚者らが多う御座りましてな・・京洛でしかるべきポストを得るのはいささか難しいかと」

「承知しておりまする」

「ガダリス殿は金勘定・・お好きかな?」

「それは午餐晩餐より遥かに」

「実は、堅物で困る会計長カメラリウス補がおりましてな。嫌われ者なのだが、彼を外すには少々工作資金が要るのじゃ」

「どのくらい御用立て出来るか算段して見まする」


 上手い具合である。


                ◇ ◇

 王都の冒険者あぼんちゅりえギルド。受付嬢ティートが眉根に皺。


「う〜ん・・貴方らって、すごく冒険者っぽく無いわよねぇ・・」

「冒険者っぽいと如何どういう福が有りますか?」と十二、三の少女。


「う〜ん・・所詮は無職のバイト野郎と詰られて被虐の快感があるとか・・どうせ品のない奴と思われてるから肩肘張らずに気楽とか・・傭兵より弱いと油断されて隙につけ込めるとか・・ロクなの無いわね・・ぎゃふん。」


「それより受付のお姉さま、近所に賭場は有りませんか?」

「賭場って、賭博は十五になってから・・じゃなくて貴方『賭博師』だったっけ。あんた、その年齢としで『賭博師(D級)』って相当スレてんのね」

「行儀見習いに上がった先の城の殿様が賭け事を亦た大層お好きでいらして、日々お伴するうちに斯くなりき。先刻ご承知のとおり『暗殺者』と『賭博師』は昇格に年齢制限ございませんので」


「う〜ん・・そこの壁の向こう側は組合員外も使える一般向けの酒場よ。そっちでやって! 冒険者を毒牙に掛けないで!」

あい


 少女、隠し扉を難なく見付け組合員専用でない酒場へと赴く。

 ティート嬢やはり気になり、頃合いを見計みはからって普通の女給を装い、あちらの側を見に行く。

 案の定、すでに数人鴨にしている。

「容赦ないなぁ」

 少女、耳ざとく聞き付けて呟く。

「『賭博師』ですもの」


 ・・こいつ絶対『D級』じゃないだろ。


                ◇ ◇

 鴨が数羽。

 天井を仰いでいる奴、卓に伏している奴。

 犠牲者の気力が果てて小休止となった場面とこの模様。

「うう・・ わたしのお金・・」

 泣き出しそうな女も居る。


「とことんついてないわぁ。有り金持って飛び出したってのにぃ」

「窮して賭け事で取り戻さむと図る者が倖せになったてふ話、ついぞ聞きません。もう悪運を背負って居るのでせう」

 更に窮迫せしめた者が説教強盗の如き口を利いている。


「鴨っといてく言うわあ」とティート慨言。

いいえ逆ですわ。左様そういう人を狙って鴨るのです」

「鬼かよ」

「負ける人には独特のすえた運気が臭うのです。たかる気分はもう蝿ですわ。ぶぅずずずずず」

「むしろ悪魔の眷属かい」


「そうかい・・やっぱり腐ってたかい」と鴨られた女。もう若いとは言いづらい貌の愁眉が更に曇る。

「わたしは領主さまのお館に御奉公に上がってたメイドで、大殿さまとお嬢さま、婿殿に和子様がいらした。で、上がって間もなく大殿さまが亡くなり、婿殿が後を継いだのよ」


「泥沼の予感がしますわ」

「もう臭ったのかい」

「婿殿が食べ頃」

「賭博師ってのは鼻が利くねぇ・・。わたしが剥かれるわけだ。そして大殿さまの後を追うようにしてお嬢さまが亡くなり、婿殿すぐ後室さまを入れた」

「子連れ・・ですよね。女の・・」

「当たり」

「そのくらい、あたしだって先読み出来るわよぉ。あんた、後添い奥さんの子分になっちゃったんでしょ」

 ティート嬢割って入って隣に座る。

「それも当たり」

 女ども、こういう話が好きである。だか鴨男ふたりも頬杖ついて聞いている。


「ねぇねぇ、連れ子娘って婿殿のお種だったり?」

「またまた当たり」

 泥々ドラマ語りは続く。


                ◇ ◇

 ギルド。表の方にアントンやって来る。

「ん? ティーちゃん留守?」

「あれ? 今先程さっき見たんだがね。付き合いでエール飲んでたから御不浄かな。見てようか?」

「先輩ひまですね」

 殴られるな・・


                ◇ ◇

「ねぇねぇ、あんたってサ、後添い奥さんや連れ子娘の観心買おうとしてホントのお嬢さんイビった脇役メイドとか、そういう立ち位置のひとなわけ?」

「っさいわね・・当たりよ当たり!」

「わひゃひゃ笑えるぅっ! 絵に描いたみたいな脇役小悪党ね。んで、断罪されて追ン出されて来たと」

「違うわよっ!」


 如何どう違う?




続きは夕刻UPします。

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