201.河原の空気は今日も憂鬱だった
スカンビウムの町外れ。
河原の獄門台前。
一介の市民に扮した従騎士ロートベルト、廃嫡公子ヒーディッグ・デ・ボスコの無惨な成れの果てに、まぁ涙しはしないが、慨嘆する。
そして、ちょっと吐く。
「まぁ丁寧に埋葬された墓の中だって、人間腐るのに違いは無いけどな」
俗物とはいえ宗教者が肉親にいる所為か、若者らしからぬ死生観。
一時は栄光に包まれていた人と聞くが、出会った頃は親戚筋からの援助金を贅沢三昧で食い潰す亡命者だった。何をやらかしたかは知らないが、大公殿下の勘気を被って絶縁されていたのだった。
ずっと『殿下は癇癪持ちで直ぐ激昂するのだ、気の変わり易い人だから、いづれ赦される』と言い続けていた左右だが、その侭幾星霜やら。
「ここで彼がこうなってるのに、俺も幾許かの責任は有るな」
・・実は結構あると思っている。
「最後に背中を押した訳だし・・」
しかし次兄の策略、金食い虫の廃嫡公子を重荷に思っていた親戚筋の意向、等々いろんな物の手先に過ぎぬ自分だし、そもそも一年ちょっと程の付き合いだ。気に病んでも仕方ないと思う事にする。
◇ ◇
背後から声。
「お兄ちゃん。もしかしてそれ、知ってる人だった?」
「ええ、確かにアグリッパの町に住んでたお大尽です。納品で何度か・・」
地元の小母ちゃんだった。
「あっちに住んでりゃ良かったのにねぇ。のこのこ舞い戻ってこの始末さ」
「いったい何やらかして是んな有様に?」
「その昔ゃあ此の州の絶対的天下人こと大公殿下の御嫡男だったから、世に時めくプリンスだったんだがねぇ。親父さんが耄碌して来て待ち切れなく成っちまったんだろうかねぇ」
「フライングで我が物顔し始めちゃって、墓穴掘りか」
「親子の縁切られて所払いさ。ほら、ボス猿んとこに倅がボスの座奪いに行ったら時期尚早。咆えられて山から追い出されたってやつ」
威勢のいい小母ちゃんと言うかヴィンテージお姉さんと言うか、かの大公殿下も老猿扱いで驚くロートベルト。
「んで・・勝手に『のこのこ舞い戻って』来ちゃったんで今度は死ぬまで折檻されちゃった訳か」
「いいや・・ボス猿親父も今はそんな威勢よくないよ。そう思って『舞い戻って』来たんだろうねえ、ほかのボスが跡目争う修羅場に、さ」
「その誰かと衝突ったのか」
「いや、衝突ったって言うか・・謂うでしょ『二匹の巨象が争っても愛し合っても下草は踏み躙られる』って」
「踏んづけられちゃったのか・・」
「よせばいいのに追捕狼藉おっ始めちゃってさ」
「追捕狼藉?」
「小領主の徴税官が村を回ってるとこを武装した家来衆連れて追って来て『こちら座すは大公殿下の御嫡男ヒーディッグ公子であるぞ! 頭が高ぁ〜い。徴税権者はこちらである』ってやる訳よ」
・・俺の口車どおりにやったんだな。
「去年までなら、それで通用してたんだろうけどねぇ」
「状況が変わってたのかぁ」
「メッツァナが南部教会の庇護下に入って、在地系も南部勢力の後ろ盾が出来た今、もう『大公殿下の息子だぞー』で恐れ入るのは誰? って感じかな」
・・こりゃ兄さんの読み損ねだな。
「結局『公子リターンズ!』って風評は拡がらず、なんか妙な強盗だか詐欺だかが出てるって噂になっただけ。そこで目を付けたのがカンタルヴァン伯爵の河川通行徴税権。真似して手下に海賊ならぬ川賊紛いを為せちゃったのが運の尽きで、かくなりき」
「おねいさん詳しいなぁ・・」
「そりゃ詳しくもなるさ、正に地元だもの。そこの河原に晒されてるから分かると思うけど、廃嫡公子ヒーディッグ、こと盗賊ニコラス・リーチが討ち取られたのは直ぐそこ、スカンビウムの街中なんだよ」
「ここで?」
「川賊やってた手下三人がお縄になって明日は縛り首ってときに、夜中に大挙して町役場を襲撃に来たんだよ。そこで返り討ちになった賊徒共の遺体を検分してたら『アレ? この人って?』ってなったの」
・・ニコラス・リーチっての、確か取り巻き連中の中で一番見栄えのいい奴じゃなかったかな。ご本人、あんまり風采上がらないから代役にでも立ててたのか。
「町の自警団くらい一蹴のつもりで寄せて来たんだろうけどさ。この町って巨象のひとりブラーク男爵と仲良いからね。馬鹿にしていい戦力じゃなかったわけ」
「大公殿下は?」
「ひとこと『あっそ』って言って終わりだって」
「随分あっさりだな」
「後日、ポルノリアス伯爵っていう親戚の人から『埋葬させてくれ』って嘆願書が来たけど『ふん』と一言だったって」
「ポルトリアス伯爵な」
つい訂正してしまうロートベルト。
「王家にも連なる大公殿下の御嫡男に生まれて星を掴み損ね、盗賊として晒されて河原で朽ちていく・・か。お見事な転落人生だなぁ」
「まぁ、華麗なる転落人生じゃないの? 根城にしてた屋敷を検分したお役人さん言うには、最後まで結構いい暮らし為てたみたいだし」
・・あそこにも手が入ったか。
女、声を潜めて・・
「そこで、妙なもんが出ちゃったんだってさ」
「妙なもん?」
「とある要人の似顔絵が何枚も」
・・ぎくっ!
◇ ◇
大司教領西部、京兆との境近く。
禿頭の男、呻く。
「そんな二束三文か」
慌てていたとは言え、荷物は結構金目のものを見繕って来た筈だが。
「いやぁ・・アグリッパの町じゃ買い手の付かない品物が多くって。ほら、皆さん信心深いじゃありませんか。だから他所で捌くことを前提に考えると搬送費用ぶん割り引かなきゃ買い取れませんもので」
・・仕方ない。やはり荷物は、予定どおり司州に入ってから処分するとしよう。面倒だが。
聖職者として、持っていると少々外聞の悪い品が多々あるのは承知していたから流人姿のうちに換価したかったのだが、こう安く買い叩かれると売るのが惜しい。
アグリッパから買取業者を呼んだのは失敗だった。
商談、不調に終わる。
「この格好、暫く継続だ」
「まぁ別に構わないけれど」と女たち。
「それじゃ、近くの教区司祭を訪ねてみるから、お前らは荷物の番をしてろ」
男、出掛ける。
◇ ◇
スカンビウム、河原。
「臭いますね」
「じゃ、お兄さん。ちょっと移動しようか」
二人、獄門台から距離をとって草上に腰掛ける。
「最初この獄門台、街道沿いに有ったんだけど移動してもらったんだ。うち、町の入り口で飲食店やってるから、道行く人を『げんなり』させないで頂戴よって文句言ってさ」
「そりゃ食欲失せますね・・」
「・・ところで『とある要人の似顔絵』って?」
「うん、『盗賊ニコラス・リーチ』が手下の皆に持たせてたみたいなのよ。あたし描かれた『とある要人』本人見てたから笑っちゃった。ほんと、似顔絵がそっくりなんだもの」
・・いやあれ、俺が描いたんだよな。
「おねいさんもご存知の『要人』だったんですか!」
「その人うちの店に見えた事があってね。大柄の修道士さま。よくは知らないけど南部教会の超えらい人らしいって」
ぼやかして答える女。
「ま、これはアレだ。『この顔にピンと来たら決して粗相の無いように』ってのの反対だろうから、相当気分悪いんじゃ無いのかな南部教会さん。今ごろ犯人探しに躍起じゃないかな」
「お・怒るでしょうねぇ」
「この辺じゃ皆が知ってる言葉。『南部人ひとりに喧嘩売ったら、喉笛掻っ切りに百人来る』ってさ」
「お・・おっかないすね」
◇ ◇
アグリッパ大司教領と司州の境。
「こんなところに何時から検問が・・」
禿頭の男困惑す。
「訊くのは我らで答えるのはお前だ。何か身分を証する物は?」
京兆尹府の役人鹿爪らしい態度。
後ろの方でも、六尺棒持った小役人が「昨今南から不逞の輩が流れてきて困る」などと話している。
「まずい。王党派の役人っぽいぞ」
続きは明晩UPします・・かな。




