200.身体的特徴を見て憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス伯下屋敷。立派な馬車がやって来る。
フットマンが降ろしたタラップ踏んで、大柄な貴婦人が降りて来る。
彼女の女傾奇者みたいに華美な衣装を見て、執事アントンぴんと来る。
「・・(ああ、噂の『虎女』さんか。)」
扉傍で最敬礼するアントン、彼女に二本指で顎を摘まれ顔を上げさせられる。
「美青年くん、弟は?」
「股肱の騎士さま御二人と会議中です」
「取次ぎなさい」
予想以上に美女で、伯爵と同年輩に見えるが三つ四つ上な筈だ。
伯爵みるみる顔面蒼白となる。
「説明しなさい」
「御徒組頭だったゼンダがアグリッパで問題を・・」
「時系列順にっ!」
「はいっ! 義兄殿との打ち合わせどおりに、アグリッパでシンパを作る裏工作をゼンダ・ブルスに命じたところ、彼は無法者共をオルグして傭兵団擬きを組織して町に入り込み、富豪七家に取り入りました。非合法活動です」
「それがフーグ司祭の指図だと?」
「司祭の末弟と交流が有った事と、極端な独断専行をした事から考えて・・」
「証拠は無いんだな? しらを切られたら、そこまでだ」
「王党派はそう見ているという情報が・・」
「びしっと言いづらいな。ゼンダのやった事を詳しくっ」
「アントンくん、詳細を説明してくれ」
「はい。富豪達の息子七人に、誘拐してきた女を当てがう等して堕落させ、それを弱みとして握って富豪達を操ろうとしました。その七人の中には大司教座の司祭もいました」
「司祭の・・息子?」
「むかし妻子を捨てて出家をした方の息子を探し出したのです」
「ゼンダに出来る芸当では有りません」と伯。
「ゼンダの組織は壊滅し本人は行方不明ということだけど、実はアグリッパで逮捕されている可能性が高い」
「成る程、司祭の息子を質駒にして勝算ありと弾いていた訳か。アグリッパを甘く見たな」
「甘く見たと?」
「あいつらの愛想笑いを真に受けるな。ひと皮剥けば狂信者だ。そもそも自分らの信仰の前に肉親の情なんて塵芥だと思ってるから、妻子を捨てて出家なんてするんだろ」
「そう言われりゃ、そうですね」
「王党派の連中が、この件で口を拭ってるのは?」
「勝ち過ぎたく無いからです。勝ち過ぎたら、王弟派の南部教会との蜜月が終わっちゃいます」
「そんなとこだな。アントンくんと言ったね、酒蔵に西国産の葡萄酒がある筈だ。いちばん黄色っぽい奴を一本持って来い」
アントンを外させておいて・・
「王党派の偽手紙でも丁稚上げてフーグを強請ってやろう。多分諌めるより効く」
◇ ◇
メッツァナ、最高級宿。
「わたしたち、こんな立派なところに泊まって良いんですの?」
ジャンヌもアグリッパ屈指の富豪の娘だったので、どんなクラスの場所か一目で分かる。
「お気づきのとおり此処は王侯貴族や大富豪さまの御用達で有名な宿ですが、この部屋は長期逗留なさってる某お貴族さまの護衛さんが詰所にしてるのを無理言って又借いたしました。その・・騒いでも大丈夫ですよ」
「まぁ・・騒ぐだなんて」
ジャンヌ羞じらう仕草。
「じゃ、僕は別のところに居ますから」と、シトヴァン去る。
「良かったね、ジャンヌ」
「こういうところは従僕用の次の間もセットの間取りですから、護衛さんに詰所だなんて余程のVIPがお泊まりなのね」
ペーテルも、このクラスはだいぶ前に父のお供で泊まって以来である。
・・次回は農場の干し草庫だったりして。
◇ ◇
ポルトリアス伯下屋敷。侯爵夫人すでに虎っぽく成っている。狂悖の性愈々抑え難しと云うやつだ。寝椅子の上に立て膝して坐し、裾丈が十二分に長く無かりせば飛んだ椿事のところである。
「万事懼るるに足らずとは言わないが、情勢は我に味方した。安堵したぞ」
復た杯を干す。
「やい其処の美少年、叙任式には侯家から目に見えて格上の差し入れをすれば可いのだな? それで伯家蕩尽して借財ありと囁かせる。妙案だ!」
先刻は青年と呼ばれたアントン、微妙に引き攣った笑顔で肯なう。
「坊主どもの抑えは私が色々と知恵を捻るとして、人の噂の対策はフワンが自分で頑張るがいい。友達もいるし良い執事も来たじゃないか」
ずっと伯爵の蔭で空気になっていた騎士ダミアン突如言う。
「ああ、アントンくん。何か摘むもの、ない?」
見ると、目で『逃げろ』と言っている。
「では何か見繕って参りましょう」
◇ ◇
アグリッパの町。城外の慈善宿に泊っていた禿頭の男、倉庫に預けていた荷物の搬出に立ち会っている。搬出先には郊外の農家の倉庫を借りた。
「なぁにが『州内に一週以上の滞在を認めない』だ!」
認めるのは相手の権限なのだから毒突いても仕方ない。
違う宗派の総本山がある門前町に、隠した身分もろばれ状態で入り込んだのだ。そりゃ市民共同体の対応も、さぞ木で鼻括ったもんだろう。
高原州から持ち出した荷物中そこそこ値の付く物も有るので、アグリッパの町で処分をと思って居たのだが果たせなかった。仕方ない。司州に出てからだ。
「司州に入れば流民扱いも終りだ。教区司祭に会いに行って早く職位に復帰させて貰おう」
それって大丈夫? バイトの世話程度しか期待できない気がするが。
ちなみに人事権は司教にある。
◇ ◇
ウルカンタの町、旧伯爵邸のチャペル。着々と改装工事が進んでいる。
カンタルヴァン伯も後押ししての急ピッチである。
「メッツァナ教会の落成に追い着いちゃいますね」とトルンカ司祭。
「いや、流石にそれは有りませんが」
「いや、あんまり早いからカーラン卿が最初に祝別を受けるのは無理になっちゃいますねぇ。リベカ夫人の再婚禁止期間が明けないもの」
「やははー」
「司祭さま、そろそろベホエルデス氏とお約束の時刻です。先方様は既にテラスのほうに」
護衛のパニーナ、司祭を護衛することも無いので秘書の代わりをしている。
護衛と言っても彼女、もともとが要人の行動予定を把握して避難経路を確保するエキスパートなので、秘書の仕事も合っているかも知れない。
このように南の方々、高原州にやって来ても地道にインフラ系等に注力していて北への侵攻とかは杞憂に過ぎない感じである。
◇ ◇
嶺南州西部、ファルコーネ城。
ランベール党の歓呼の声に応えるガルデリ伯。
見慣れた修道僧の出で立ちでなく、諸侯らしい格好である。
副伯夫人エステルがランベール男爵家再興の正式決定を宣言する。
「このファルコーネ=フィエスコ領の隣で、士分の者には御家騒動の時の反対派を追放した跡地を領民付きで授封、自作農には干拓で増えた典農校尉領から割譲してランベール家庇護下の自治村を作らせる事で裁可を頂きました」
「ほとんど開墾せずに使える土地が、こんなに有って吃驚です」とレッド。
「まぁ誤解を恐れずに言えば、わたくしたち為ること極端ですので敵対領主は根絶済みですから、あなた方は切り取り放題」と屈託なく笑う副伯夫人。
「未だなにも貢献しておりませんのに」
「あなたたちが王国縦断の旅で、各地で出会ったガルデリ縁者たちの総意と思って良いですわ。みんなちゃんと見てたってこと」
「責任重大ですね」
「領地は一旦全てランベール家に授けますので、騎士たちを封建して下さい。あ・・でもその前に貴方たちの結婚があるわね」
◇ ◇
一介の市民の姿をした従騎士ロートベルト、慌てて定期船を飛び降り、川沿いの街道を引き返す。
「船端から遠目に見たあれ・・もしや」
スカンビウムの町外れに着く。この辺りだ。
河原に出る。
獄門台に、かなり変わり果てた人物が居た。
「ヒーディッグ・デ・ボスコ・・」
なんとなく、分かった。
変わり果て過ぎていたが、面影があった。なぜか斬首後再び胴体を繋ぎ合わせて晒されていたので背格好でも分かる。そして何より・・あれが小さかった。




