199.問題は多くても少なくても憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス伯爵下屋敷。
「なんだその『知らぬは亭主ばかり』みたいな話は!」
足軽大将として累代抱えていたゼンダ・ブルス、命じた覚えなど無い独断専行をやらかし困っていたら、なんと教会主流派中の過激派で知られるフーグ司祭の意を受けていたと発覚したばかりである。
それが東はアグリッパ大司教座、西は王党派みな知る所で、知らぬは主君ばかり也であった。
「ま・間抜け過ぎる」
「間抜け過ぎでしたね」と騎士ダミヤン。
「復唱すんなよ」
『アグリッパに潜り込んで教会主流派の入り込める足掛かりを作れ』とは命じた。そうやって相手の眉を顰めさせた局面で義兄カラトラヴァ侯が詫びを入れ、なんだかんだ摺り足で進んでは足掛かりは作ってしまう。こういう役割分担だったのだ。それがフーグ司祭の介入で、詫び入れて手打ちに持っていける段階を超えた相当のヘイトを稼いでしまった。
執事アントンが好みそうな喩えで言うならば『出来の悪い弟がセクハラしたのを兄が叱って、兄が好感度を上げる』という筋書きが、フーグの急なシナリオ改変のお蔭で弟が婦女暴行で有罪になりそうなのだ。フーグの所為だと判かっているから逮捕されていないが。
え? 好まない?
それは失礼した。
注記して置くがこの世界、婦女暴行も不義密通も死刑である。
「まぁ、今更言っても詮方ないですが、グスタフ司祭も殿も、経費申請でゼンダの金の使い方ちゃんと見てりゃ奴が余計な事してたのも気づいた筈ですよ。御妻女の金遣い荒いの知ってて浮気に気づかない間抜け亭主そのものです」
辛口にびしびし言うダミヤン。彼は封臣だから伯爵家の金銭出納など見る立場で無いので、歯に衣も着せない。
「でも俺、独身だし・・」
「グスタフ司祭、教会でも別に過激派寄りじゃ無いですし、意図的に目を瞑ってた気配も無いですね」
そもそもゼンダにどんな密命を与えていたか詳細まで知らぬのだから仕方ない。
「間抜け亭主はこの俺か・・独身なのに」と、伯。
◇ ◇
翌朝。
元助祭ジロラモ君とディジー、婚前の者らしい清浄な朝を迎えグループホームに向かう。メリダが外泊なので四人で朝食を摂り夫々仕事に出る。
外泊したメリダ、直接職場へ行く。
「メリダ君、顔つやつやしてるね」と入市審査を担当する初老の助修士。
「朝からお肉だった・・」
「貴族みたいだな」
「新市街、どんどん出来て行きますね」
先日暴漢に逆襲されそうになった辺りなど、旧貧民街は綺麗に撤去されて、白い石壁の建物が幾つも出来ている。
「外から来た商人が、入市しなくても市内の商人と商談できる場所とか、そう言う事どこから思い付くんだろうな」
「聞いたこと無いですね」
「でも見てごらん。石壁が妙に厚いだろう? あれって、攻城兵器が城壁に近付き難いよう作って配置してるぞ」
「戦争準備ですか?」
「いや、そこまででなくても、より攻めにくく改良してるな」
「そういうの、よく気づきますね」
ずっと在家信者でいて後年聖職者になって大成する晩成の賢者もいると聞くが、この人とかそうかも・・と思うメリダであった。
◇ ◇
メッツ伯爵の朝食。
若い旗本たちに評判が良いのは、あっさり茹でた牛肉の冷製で、ナイフを使わず指で千切れる柔らかさには何か秘密があるのだろう。
お馴染み傾き者男爵、大きな肉塊に甘い林檎のソースをたっぷり付けて、豪快にひと口で平らげる。脇でいつもの色小姓おちょぼ口。
「なぁ、キルヒェマイザー卿。君の奥方はドン・マーティンを随分と目の敵だな」
「ええ、実は最近、お姉さんを殺されてるんですよ」
「姉上を? なぜご婦人が?」
「ご主人が決闘で敗れて亡くなったのを見て御乱心、決闘場に飛び込んでご主人の剣を執り・・」
「ああ、そりゃ駄目だ。『双方遺恨を残さず』と誓った決闘でそれやっちゃ」
「頭からぱっかり真っ二つだったと」
「容赦ないなぁ」
「でしょう?」
「いや、女の顔を斬るって点のことだよ。でも戦闘後なんて頭パーサーカーだから仕方ないさ。近づいただけで危険なもんだ。手ごころは期待できない。でも・・」
「でも?」
「もし、奴と決闘になったら期待しておけ」
◇ ◇
ちなみに、騎士の決闘と法廷決闘はかなり違う。
思うにこれは、ルーツが違うのである。
両軍対峙し一触即発の戦場にて、総大将が『あいや、待て!』と言う。
『ここは総力戦でなく、双方の最強の戦士が一対一で雌雄を決そうぞ!」
これが騎士の決闘である。
本体、決闘は戦場でするものだったのだ。
城門前などの広い場所で、騎士はフル武装で実戦さながらに戦う。
双方の君主以下一同が見守る中、審判など無く戦うのである。
無数のヴァリエーションが有ろうが、基本形はこれだ。
ここには、抗争の被害を最低限に留める原理が最も強く働いている。
これに対し、法廷決闘は神聖なる儀式という側面がより強く出ている。
広場の中央を戸板で囲って法廷を作り、その中に更に決闘用の円陣を設営する。
或いは、常設の決闘場があった地域もある。
装甲は着用せず、剣一本と、はるか昔の時代の丸盾のみ用いる。アンタイオスが母なる大地の力を吸収するように足裏の一部が地面に触れる履き物を穿き、或いは地方によって修道士のように剃髪して決闘に臨む。
神意を問うという古俗が強く出ているのだろう。
六尺棒を持った棒役二名が付いて、裁判長が務める審判の指示によりブレークを命じる。審判が勝負ありと宣すれば、棒で勝者の攻撃を中止させる。
このように戦う者の安全が図られている。
◇ ◇
「つまり姉上の婚家御一族は、第三者の調停に応じて全面対決を避けた。係争地の領主であるご主人ひとりが調停に不服というわけか」
傾き者男爵小鬢を撫でる。
「とんだ腰抜け一族に嫁いじゃったのよ。姉は『報復禁止の誓約』を破った罪には問われなかったけど自粛で密葬。葬儀にも呼ばれなかったわ」
頭ぱっかん割れた若い女性の遺体を見せないのを、思い遣りとは思って貰えない一族さんも気の毒。
「切り崩し工作の巧者が居るんですよ、カラトラヴァ侯の手下に」と例の小姓。
「そういう人材を片付けていかないと、容易に力を削げないなぁ」
物騒なことを言う。
◇ ◇
国都近郊、ポルトリアス伯爵家。
林檎を丸ごと生地で巻いたパイは女の方の料理番の作だ。
ナイフで切りつつ・・
「兎も角、義兄からグンター司教にはっきり言って貰うように頼んだ。『つつぬけだから控えろ』と」
「フーグ司祭の末弟と言うのは、どういう人物なんですか?」とディエーゴ。
「知らんけれど、まだ従騎士というから若者だろう。性格が司祭と似ていなければ良いな」
「そうですね」
そうでもない。
交戦的な人物が行動的で、かつフリーに動かれると始末が悪い。
司祭のフットワークが重いところなどは、似ていたほうが良かった。
今回は悪い事に、それが猪突猛進のゼンダに伝わってしまった。彼も漠然とした君命を受けて、具体的に何をどう着手しようか悩んでいたのだろう。
「犬は小屋に置いといて呉れると良いですがね」
残念ながら既に出張中だった。
◇ ◇
メッツァナの町、役所街外れ。探索者ギルド出張所。
男が駆け込んで来る。
「カサンドラさん! お願いがあるんだ」
「どうしたのシトヴァン。貴方らしくもない」
「いや・・客連れなんだけど、宿を追い出されちゃって」
「何をやらかしたのです」
「いや、連れの客は大人しい男女で・・問題は一点だけ」
「問題とは?」
「夜中だけ・・声がおっきい」
「あらら」
カサンドラ、少し考えて・・
「いいわ。特別の特別に頼んであげる。どんな騒いでも大丈夫な場所を」
続きは明晩UPします。




