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26.護衛係も憂鬱だった

 ウルカンタの町、小洒落た料理店。

 税関副署長のカーラン卿が頭を下げている。

 正の署長が遙任の名誉職なので、実務上は彼が署のトップ。いや。若くして市長も同然の総責任者だ。その腰が低い。


「俺に何が出来るんだ?」とレッド。

「黙って見てるしか出来んぞ」


「それでいいんだ。最初に『第三者が見てるぞ』と宣言してくれりゃ、それだけでいい。ただ、その『第三者』の名乗りを『伯爵が派遣したオブザーバーだぞ』ってニュアンスで頼む」

「まぁ舌先三寸が俺のメイン武器だけどな」


 この世界、血族ジッペの結束は血の掟だが、主従の関係は単なる契約である。主君が制止するのを振り切って他家と揉め事を起こすような臣下は、庇うよりも「当家この件は第三者で居させて貰う」と宣言した方が良いだろう。ましてや、相手が若しも此の機に乗じて伯爵家に喧嘩を売る意図が有る者ならば、此処はするっとカワすのが良策だ。


「しかし、この格好じゃ不味いよな?」

 レッドとフィン少年は普通の市民風の服に革製の手甲や肩当て、エプロンにしか見えない胴丸といった冒険者丸出しの姿。しかも武具は、辛うじてクロスガードの有る短剣ダガ一本である。ブリンに至っては、そこいらの農夫と変わらない。

「大丈夫! 騎士っぽい装束を用意するから全部任せておけ。そっちの巨漢氏にはゴツい甲冑、少年たちはお小姓の出立いでたち。お嬢さんには・・」

「こいつ、楽しんでやがるな」


                ◇ ◇

 メッツァナの酒場。

 威勢のいい南部語で挑発気味の啖呵が響く。

 貴族っぽい男物のプールポワンに身を包んだ二十歳ばかりの女性、椅子に立膝して掛け、手にはカルタを数枚。

「どうした? みんなベタりかい?」


「ええい! 勝負だ」と、冒険者っぽい身形みなりの男。ほか数人が続く。

 彼女の前の卓上には既にシュット銀貨の山。デュカス金貨もちらほら。

 彼女の後ろの方には従者らしき二人が控えて丸椅子に掛けている。


「お嬢、巻き上げ過ぎにゃ」

 一人は黒い猫獣人だ。

「あんまり目立っちゃダメですって」と、もう一人の末生ウラナリ男も。

 しかし男装の女性・・

「ふふふ。諸君も冒険者あばんちゅりえなら、一発逆転に賭けなきゃ」

 なほも煽る。


『冒険者』という言葉には一発に賭ける男というニュアンスがあり『探索者くえじた』にはクエストする人というニュアンス有り・・ギルドの看板なんかには一段もっと長い綴りの単語が書いてあるが、この辺の人は短く呼ぶ。

 冒険者の綴りは少々長めで、ちゃんと書けない冒険者が多いのは皮肉な話である。


                ◇ ◇

「さあさあ」と彼女。

「ぐぬぬ・・」 唸る冒険野郎共。


 そのとき突然、扉が開いて警官が入って来る。

 飽くまでも穏やかな、と言うよりむしろ慇懃に見える態度。

「失礼ですがお嬢さん、賭博の胴元になる資格をお持ちですか?」

「いやまぁ、えへへー」

 女性、掌中に隠すようにして、冒険者の認識票を先頭の警官に見せる。そのとき山吹色の金属板でなく、鎖の方がちらと周囲一同に見えて仕舞う。小さなとよめきが起こる。

 警官相変わらず穏やかに言う。

「開帳は合法と確認しました。しかし、S級賭博師といえば富豪や貴族をお相手に千金の名馬や荘園を賭けて大勝負なさる方々と聞き及びます。博打は素人の冒険者連中から端金はしたがねをむしり取るのは、道義的に如何許イカバカリなものでしょうか」

「えへへ、だから遊びですよー。ひと遊びしたら是のお金、みんなでパーっとろうと・・」

「それは結構ですが、今後の警備計画上の都合がございます。就いては署の方でお嬢さんの御身分について詳しく伺いたいので、ご同行願えますか?」

「あ、えへへ・・はい。あ、このお金、みんなで飲んでねー」

「んだから大人しくって言ったのに」

 従者ら、ぶつぶつ言いながら後をいて酒場を出て行く。


「凄ぇ美人だったよなぁ」と、冒険者。

「聞かせて呉れ!」とディードが駆け寄る。

「彼女の顔を見たな。どんな顔をしていたのだ!」

「そりゃあ目がふたつ、唇が・・あれ? すっげぇ綺麗だんだけど・・」


 ディード、肩を落として戻って来る。

先刻さっきの俺たちは、明らかに可怪おかしかった」

「み・・認めるわ」

「まさかとは思うが、あれは物語に出てくる『魅了の魔術』ではないのか?」

「まさかとは思うけど、さっきの自分を反省すると否定できないわ」

 観察力が売りの彼女さえ、顔を見ていなかったのだ。


「ねぇ・・ディード」

「何だ?」

「その・・あれだ。『魔人』って、わりと平和じゃない?」

「い・・良いことである」


                ◇ ◇

 メッツァナの最高級宿。普段使わないペントハウスの特別室に客がいる。

 ベーニンゲン冒険者ギルドの受付嬢ラリサ・ブロッホ。バッテンベルク伯爵から直々の指名依頼で、臨時の侍女として派遣されて来ている。


「にゃ」

「あ、猫のにいさん。お帰りなさい。お嬢様は?」

「一階で飲んでるにゃ」

「お強いですわね」

「南部人だいたい底無しにゃん。・・地元警察に身元が割れちって、VIP用警護が付きそうでウザがってご機嫌斜め」

「あらあら」

「ここの市警って結構優秀だにゃ。お嬢が大司教様のお気に入りっていう情報まで掴んでたのにゃん」

「うん、確かにレベル高いと思います。まぁ、これだけの町ですからね」


「それと・・ちょっと気になる人たちが居たにゃん、すっごく強い傭兵と認識阻害ギフト持ちの女の二人組」

「認識阻害のギフト持ちですって!」

「阻害の力がお嬢の七割近く程も有って、只者じゃないにゃ。なんせお嬢はが目立つから宝の持ち腐れだけど、あっちはマジで使えるやつにゃん」

「今夜のうちにギルドで情報を集めて来ますわ。多分わたしの想像で合ってる気がします」

「閉まってにゃい?」

「夜いる人にコネが有るんです」

「お嬢ちゃんも優秀だにゃあ。さすがウスター伯爵さまの推しなわけだ」


「ただいま」

「あら、お供衆お二人とも帰って来ちゃったんですか」

「お独りで飲みたい気分の時だって有りますよ」

「そんなタイプじゃにゃー」

 猫、ぷっと笑う。

「護衛ならばの四人が控えてりゃ十分だし」

「あいつら仲々良いチームだにゃ。こっちにスカウトしたいくらい」

 有事に専ら応戦する護衛チームとは違い、彼等は周囲を警戒する係と護衛対象マルタイの退路を確保する係、横に貼りついて防御ガードする係と、殿しんがりで戦う係という具合に各々おのおの役割分担をした四人組だ。

 元殺し屋とか決闘代行人の集まりだが、組んで転職したら評判が良い。


                ◇ ◇

 一階。

 旧帝国ふうの豪奢な広間。

 隅の方の長椅子で、若い男性の犬獣人がほろ酔いの風情で寛いでいる。

 二流以下なら兎も角も、ういう一流宿に来て亜人種に差別的な事を言う者など無い。相手が貴人の従者だったら確実に破滅するからだ。

 男、混血らしく見た目が可成りヒト族っぽい。 

 まぁ、昏々うとうとしているのは当然ながらお芝居で、広間内部から建物周囲までを絶えず索敵を掛けているのが彼の仕事だ。耳が動かないので、余人には左様そうと知れぬのが技量というものである。

「ん?」

 他の宿泊客と屈託なく談笑していた護衛対象マルタイが、唐突に極めて微細なアクティヴ探索波動を放ったのに気付く者は、鋭意警戒中だった彼を措いて居るまい。

「・・(あれって凄ぇな。何里四方まで見てんだ? 俺、いる意味あるか?)」


「はぁ、これか」

 宿屋の玄関に近づく者を感知する。

「まあ当の本人が安全な相手って判断してるみたいだし、警戒しなくていい・・のか・・な?

 一応まあ仲間にサインは送る。

 送らなくても良かった。

 到着したのは冒険者ギルドの若手受付嬢だった。四人組は探索者ギルドの組合員なので直接の接点はないが、あちらの職員の顔くらいチェックが入っている。まぁ少なくとも、実力を隠して草として潜入している暗殺者・・とかでは無い。

 漏れ聞こえて来る会話によれば、市の助役と冒険者ギルド長両名から御接待かた申し込みであった。


 「・・警護、やりにくそうだな」


続きは明日夕刻UPします。

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