198.夜も憂鬱だった
体調不良で更新遅れました。暑気当たりです。
アグリッパの町、宿屋の一室。
ルファスとメリダ睦まじくしている。
まぁ、若い二人のことだ。夜はかなりお熱い。
だが、仕事の話し中である。
「ゼンダという男、歴とした騎士だろ? なんでそんな山賊か愚連隊みたいなのを大勢率いてアグリッパの町に潜り込んでたんだ」
まぁ歴とした騎士と言っても、領地があって家臣がいて領民のいる小領主でなく荘園の所有権を持ち分で世襲している株主みたいな騎士だが、サラリーマン騎士に比べたら遥かに上である。
浪人同然の騎士から見れば雲の上だ。
「まぁ危くなったら切り捨てる気だったんでひょ」
「でも本名丸バレの偽名だったしなぁ」
「危くならなひって高括ってたのれふ」
「詰めの甘い奴だったんだな」
「小頭の『山賊ジェラール』って奴、どうなったんだろ」
「ほれ知ってるろ」
「どうなった?」
「傭兵団に試し斬りの肉ほひて売られらろ」
「あ、ルファス・・萎えちゃった」
二回戦が遠のく。
◇ ◇
国都の繁華街辺縁、旗本奴の溜まり場。
執事アントン、また傾奇者男爵の色小姓に逢いに来ている。
「アグリッパが知ってるって!」
「本当はゼンダ・ブルスを捕らえてて、口を割らせて寺男のロスベルトスって男の暗躍を知り、そいつの身元を探ってフーグ司祭の末弟ロートベルトという従騎士と割り出した。こっちが自然な流れだと思わないの?」
「なんで?」
「武装人百五十人を一網打尽にしといて、ゼンダたった一人取逃してる方が変だと思わない? きみって、この立派なちんちんは飾りなの?」
「いやそれ関係なくないか?」
「きみ、ここでモノを考えないの?」
「あのなっ! 『頭は飾りか』って言う文脈だろ!」
小姓さらりと話題を換えて・・
「だから『ゼンダを捕らえてない』と発表してるのは、敢えてフーグ司祭の関与を知らん顔してるって事。南部教会がウルカンタ迄来てる今、アグリッパ大司教座はアヴィグノ派と喧嘩するのが得策でないと考えてるから隠し球に温存してるのさ。これが一番合理的な推理でしょ?
「王党派はどうなんだ?」
「持て余してるね。平手打ちして泣かしてやりたいのに、斧で殴ったら死んじゃうでしょ?」
「使い所に困ってる訳か」
「アグリッパが敢えて黙ってるんなら、それを喋っちゃう奴って恨まれない?」
「そういうこともあるね」
「そして決定的なのは、これ。南部教会は王弟殿下の舎弟。王党派とは微妙に違うのさ。まさにアヴィグノ派を斧で殴って、死んじゃったら其れはそれで困る」
「なぁる」
「アヴィグノ派を抑え込みたい。静かにちっちゃく成ってて欲しいわけ」
「こら、触るなっ!」
◇ ◇
国都近郊、バラケッタ村。村長の屋敷。
「ぶひぃ」
「ぴっぎぃ」
「ぷぎゃ〜〜」
事後。
「おれ、家に入れてもらって良いのか?」
「もう伯爵さま以下のお歴々の前で発表しちゃったんだから決定事項よ。あんたは当家の婿」
「なんで発表しちゃったの?」
「あんたが魔法使って豚に化けたって話が広がっちゃったからよ」
「化けてないのに・・」
「とにかく、火炙りになりたくなけりゃ他に道は無いの」
「焼いて食われそうに為った事なんて、しょっちゅうだけど・・」
「今度は焼かれるだけよ」
「こないだも京の河原で食われそうに為ったぞ。・・あ、茹でてだけど」
「おまえん家の婿って、おれ村長?」
「あんたに村長が務まるわけが無いでしょ。上の従兄弟に譲るわ。あんたは書記の仕事しなさい」
「今でもしてるけど?」
「だぁからっ! 助祭やめて書記で食うのよ」
「お祈りしなくて良いのかぁ」
「普通に、ひとのしてる事は為んなさいっ」
「土地もあるから寝てて良くない?」
「茹でて食うわよ辛子付けて」
◇ ◇
アグリッパ、『女子会』のホームから遠くない住宅街。
いろいろ手続のあったジロラモ元助祭とディジー・ザパードが晩めの夕食。
「ここなら君らの家も近いし、行き来も楽だよね」
「なぜ、聖職をやめた翌日に新居が有るんですか?」
「ホラティウス司祭さまの御実家がお持ちの貸し屋に、直ぐに入れて貰えたんだ。アタナシオ元司祭の元奥様も近くの階だよ」
「お金持ちなのですね」
「と言うよりも、この町きっての富豪だよ。ご本人は清貧の暮らしをなさっているけれど」
実は時折寺男に化けて、こっそり酒とか飲みに行っているが。
この州の内相に当たる政治家でもあるから結構ストレス溜まるのだ。
「わたしもお家賃入れます」
「君にはグループホームの負担も有るから、ここの家賃は僕が払うよ。すぐ市からお給金も出るし」
「わたし、仲間と仕事を続けても良いでしょうか」
「うん。子供が出来たら改めて相談しよう」
教会の教えは基本『作る』である。
ホラティウス司祭、彼女に発現してしまった魅了のギフト封印に成功しそうだ。
◇ ◇
ルファスとメリダの居る宿。
二回戦恙無く終了。
「なぁ・・百五十人みんな売られちゃったのか?」
「司法取引で命助かった人も若干居るかも」
「喋っちゃって、いいの?」
「警備局から漏れて来る話で、極秘じゃないけどあんまり触れ回らないようにって言われてるわ。無法者の最期がどれだけ悲惨だったかを、公開処刑じゃない方法で靄っと拡散する新手の政策かな」
「全国から巡礼の来る門前町だもんなぁ。刑死者の遺体とか、たくさん晒したくないってか」
「『山賊ジェラール』の最期は『追い掛け斬り』の練習台だったって」
「『追い掛け・・』?」
「わざと逃がして、追って仕留める練習だって」
「地獄だったろうなぁ」
「死んだ後は据え物斬りの材料。膾に斬られて、挽肉になったら皮袋に詰めてまだ使うんだって。ひとの血脂が着いた剣の手入れ練習まで、徹底して使うわしいわ」
子供の頃に聞かされた『南の谷の人喰い鬼』のこわい話を思い出して怖気を震うルファス。
◇ ◇
国都、メッツ伯の上屋敷。王党派の拠点だ。
「クレルヴォ様、ドム・マルタン・フィスが来ているのは間違いないのですね?」
「ああ、確かな情報だ」
「何処かで出して来ますよね?」
親しげな態度の若い貴婦人が話題に食い付く。
「いや、ちらちら見せて来る脅しだろう。いま目立った事はしたく無い筈だ」
「やっちゃって下さいよ。勝てるでしょう」
「無論勝てる」
だいぶ虚勢が入っている。傾き者男爵、過去の華麗なる戦績を誇るが三十過ぎ。ロートルとは言わないが上り坂の若者相手では分が悪い。
「戦場で場数を踏んでいる俺に、一日の長が有る」
ドン・マルティネスIIの経歴は、確かに決闘に特化している。
それは事実だ。
◇ ◇
国都郊外、ポルトリアス伯爵宅。
執務机で真面目に仕事している伯、ふぅっと安堵の息を漏らす。
「来月も国許に帰らずに済みそうだな」
伯爵は所管区の判官であるから、定期的に裁判集会を主催しなければならない。これが地方の『伯爵』が中央政界で活動したい時のネックになる。隔月でお国入りしなくては成らないのだ。
けれども、騎士未満同士の係争ならば代官に委任できる。伯爵、騎士の案件が上がって来ていないで安堵したのだ。
「飛び込みで法廷に持ち込まれたら如何するんです」と、ダブルチェックで仕事を手伝っていたダミヤン。
「代官に事情聴取だけして貰って、本訴の期日設定と参審人召集して貰って・・それに合わせて国許に・・」
「ほぉら『だけ』じゃない」
ダミヤンちくちく言う。
◇ ◇
そこへ執事アントンが急報。
「殿、新情報です! アグリッパも王党派も、今回の件でフーグ司祭が糸を引いているの、たぶん気づいてます!」
「なんだって!」
「アグリッパがゼンダの手下を百五十人も捕らえてゼンダ本人だけ取逃してるのは可訝しいだろって話から、きっと南岳とのバランスを崩したくなくて黙ってるんだろうって! 王党派は王党派で、アヴィグノ派をマジ殺しちゃったら次は国王派と王弟派が軋み出しゃしないかと不安で!」
「うわっ!」
続きは明晩UPします。 ・・きっと。




