197.口車乗って憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス伯下屋敷大広間、早朝。
「あー、裁判じゃないから。そもそも俺、この土地の裁判官じゃないし。証人資格持ってる者が集まって公聴会ってとこかな。魔法問題で」
「万が一宗教裁判所に目を付けられてしまった場合の備えって所ですね?」と騎士ダミヤン。
「料理番ヨハン。豚を仕入れて来たのは何時ですか?」とダミヤン。
「えー、昨日の昼過ぎ頃、バラケッタ村で二匹五グルデン四フェニングで仕入れて来ました」
アントン書記係として記録する
「その豚を裏庭に繋いでいた・・」
「はい」
「騎士ドン・マルティネスの試し斬りに提供したのは夕食後」
「はい」
「その豚がテンポウ助祭に変化したと?」
「いいえ、怯えて逃げ出して裏庭奥に走ったんで、行って捕まえました」
「それが助祭に変化したと?」
「いいえ、捕まえたときも今も豚の姿です」
「変化していないのですね?」
「はい」
「テンポウ助祭、あなたは裏庭で繋がれていましたか?」
「いいや、縛られたのは茂みの前で捕まった時だよ」
「料理番ヨハンに捕まって縛られたのですね?」
「そうだ」
「料理番ヨハン。あなたは何故テンポウ助祭を捕まえて縛ったのですか?」
「え! だって逃げた豚だし」
「テンポウ助祭、何故あなたは茂みの前で全裸だったのですか?」
「バラケッタ村から裸で帰ってきたからだよ」
「なぜ裸で帰ってきたのですか?」
「借金しに村へ行ったら急に村長が帰って来たんで、裸で帰ってきたんだよ」
「なぜ、急に村長が帰って来ると、裸で帰って来るのです?」
「それは・・ごにょごにょ」
「村長ティト。あなたが帰って来ると、彼はなぜ裸で帰るのです?」
「それはこの豚助祭が、うちの豚娘ん所に夜這いに来とるからです。この豚打っていいですか?」
「それは後ほどご随意に。それでぶ・・娘さんが彼と逢っていたのは?」
「夕食後です。親権者として証言できます」
「それは彼が、昨日の昼過ぎ頃、料理長が村で仕入れた豚ではない、という証言になりますが、同意しますか?」
「同意します」
「ダミヤン卿、代言人のご経験あるんですか?」とアントン。
「ああ、慣れたもんだよ」
◇ ◇
伯爵と騎士ふたり残して皆帰る。
執事アントン切り出す。
「例の寺男の件、情報が入りました。予想通りです」
「悪い方か」
「ええ」
「フーグ司祭の末弟で、実は従騎士の身分です」
「もろに血縁者か」
フーグさん一発で通じた。皆いかにも『一番厄介な名前が出た』という顔。
「これは・・ゼンダとの接点が有った事をアグリッパに知られると不味いですね」
ダミヤン卿青くなる。
「そんな人物が活動再開されると、困ったことになるかと」
「すぐ義兄に言ってストップして貰おう」
「いや、考え方次第ではラッキーかも知れませんぞ。今後アグリッパから水面下で賠償金を請求された場合、右から左で教会の方に回せるかも知れません」
「いやディエーゴ、あいつら自分の懐痛めるわけないぞ」
困った味方は敵より怖いって言うけれど。
「フーグの弟が従騎士身分のくせに寺男の格好をしているというのは、完全に裏の暗躍要員として活動してるということ。ボスコの廃嫡息子の件にも関わってたかも知れませんな」
ディエーゴ卿、眉を顰める芝居がかった仕草で続ける。
「殿、ヒーディッグ・デ・ボスコの首と胴体が晒されている事をお忘れなく」
「忘れるかって。『埋葬させてくれ』って書簡を送ったのも拙かったかな」
「いや、常識の範囲だと思います」
「しかし冒険者ギルドの調査能力、凄いな」と感心するダミヤン卿。
「へへへ」と汗かく執事アントン。
◇ ◇
裏庭。豚が打たれている。
「こら金貨返せ!」
「昼までには出ますからぁ」
「ひり出したんじゃない別の金貨で返せやぁ」
「運が付いてるぶん利子ですぅ」
「んなもん付けんなぁ」
豚、また打たれる。
娘、駆けつけている。
「彼を外見で差別しないでくれる?」
「俺が外見で差別する人間だと思うか! お前の親だぞ」
「あたしも豚だっていうわけ?」
「嫁ぐんなら同族だろう。しかしこいつ助祭だからな。お前、どうする気だ?」
「聖職者で出世って事まず無いけど読み書きできるから、それなりに働けるんじゃないの?」
「お前も、それなりに考えてんだな・・」
◇ ◇
アグリッパの町、中央広場。
閉廷して、傍聴者が垣根から出てくる。
「意外に軽かったな」と、市民口々に。
「んでも富豪の財産没収で市は潤ったんじゃね?」
被告七家のうち、原告宅襲撃を明確に指示した当主三人が斬首刑、襲撃実行犯のセールストークに乗せられた奥様がた三人が辺境の修道院送り。事後に知らされた当主三人が教会直営地で労働刑。無関与だった一家がお構い無し。その他親族にも関与度に応じて量刑の格差があった。
裁判は広場など開けたスペースで開かれる。
特設の垣根が築かれて裁判妨害は重罪に問われる。自由人なら手首切断刑、不自由民なら斬首だが、今回問われた裁判妨害は平和破壊も犯しているので自由市民も斬首となった。
傍聴席に座る権利のない非市民も、垣根の上から覗いて審理を見聞きすることは可能だ。
「あんまり新しい情報は無かったな」と『壁越し』傍聴していたルファス。
「奥さま連中、裁判妨害が重罪って知らなかったのかな」
◇ ◇
西門。
ディジーが罰で、仕事しながら老作りの特訓をさせられている。ひと世代ぶんは薹が立った。
「これでジロラモさんの愛が醒めるようなら、愛ではなく肉欲だったのですわ」
後ろで裕福な商家の女主人といった風情の中年女性が落ち着いた声でそう話すが彼女は二十歳である。
「いいえ、どんな世代の女性にも、齢を重ね美徳と共に育っていく美しさがあると思います」と、助祭だった青年。
「・・(変な趣味に育たなければ良いのだけれど)」
イザベル・ヘルシング、惟う。
まぁディジー・ザパード未だ十代後半なので、二十老けても可愛い奥さんの部類である。
イザベル、まだ心配だ。
・・どうもこの子、体質に合ったのか性的魅力が漏れ過ぎました。抑える練習をさせないと。ジロラモさんも書記官枠の採用だから、いつまでも入市審査部署には置かないでしょう。
後任も魅了しちゃわないように。
◇ ◇
入市審査受付、武器持込チェック専門職員が増員になったので、仕事も少し楽になった。退役傭兵共済会がギルドとして活動し始めたので、市の派遣職員受入枠が拡大したのだ。
「ホルサさんは騎兵だったんですって?」
「ええ、オロス商会さんって所が『まさかの時には戦闘員を務められる馭者』って職種枠を新設して呉れたもんで、只の馭者だった頃よりだいぶ給金が上がりましてね。まぁ家族持ちの身としちゃ『まさかの時』に逃げていい只の馭者も悪くないんですけど」
市の新体制、着々と構築されている。
◇ ◇
ルファスとメリダは閉門早々に宿屋で待ち合わせ。
ひと頻りべたべたした後、仕事の話になる。
「今日は法廷で傍聴して来たよ。垣根越しだけど」
「新しい話・・有っふぁ?」
「金持ちの奥さま連中って世間知らずなんだなぁ。穴だらけの口車に乗るなんて」
「動転ひてたんれしょ。溺愛ひてた馬鹿息子が縛り首になるって言ふぁれて」
「跡取り息子がそんな馬鹿じゃあ、遠からず潰れる富豪家だろうけどなぁ。どんな口車に乗ったやら」
「乗へたのは野伏せり団の小頭『山賊ジェラール』って奴で、もと田舎盗賊だから『捕まった仲間救出するより原告拐った方が楽ら』なんて発想したんだろふって。自分はもともと捕まれば死刑の身だもんね。それふぉ説明ひなかった」
「『山賊ジェラール』って、そこまで情報入ってんのか、ここの冒険者ギルド」
続きは明晩UPします。




