196.豚も魔法で憂鬱だった
国都近郊、バラケッタ村。
ポプラの木の棒を持った村長が探している。
「くぉらぁぁー!」
厩舎傍の馬番小屋に当たりを付けて、やって来ると案の定、まだ尻を出した娘がいる。
「この馬鹿娘、また俺の財布を漁りやがったな! こら金貨を返せ!」
「しっ・知らない!」
「またあの野郎か・・」
テンポウ助祭、裸で裏の豚小屋へ遁走していた。
村長、豚小屋まで追って行く。
「そこか!」
棒で叩く。
「ぴっぎぃ」
「ちっ。本物の豚だったか・・」
村長奥に進んで次々と豚をつつく。
「どこに隠れおったぁぁ」
最初に叩かれたテンポウ助祭、息を殺しつつ、這いずって外へと逃げる。
◇ ◇
アグリッパ大聖堂の近く、禁書庫の中。
ホラティウス司祭、修道僧ではないが戒律を守って、私有財産を持たずに同僚と共同生活を送っている。
と言うのは表向き。
実家の兄の財産を勝手に使っているし、機密書類を扱う職務柄仕事場にしている禁書庫の一角を私室のように使って暮らしている。
司祭、考え込む。
「やはり・・思い出しますよねぇ」
あのとき出遭った黒い妖精のことである。
「彼の急変には、あれの魔力の被害者に近いものを感じます」
ちゃんとしたフォローをして置く必要を感じた司祭であった。
◇ ◇
国都、冒険者ギルドの通用口をノックするアントン。
受付嬢ティートが出る。
「あら! いけめん執事さん夜の訪問って、あたしモテ期到来?」
「一人じゃモテ期と言わんだろ」
「はいはい仕事の話でしょ。中でどうぞ」
付属の酒場で仲間の冒険者やギルド職員が一杯飲っている。
「聖ヒポクリネス聖堂の寺男でロスベルトスって男、洗える?」
「お寺関係者は過去が探り難いんだけど、いけめん君の為にひとつ動いてみるわ。それと・・」
ティート続ける。
「聞かれてたドン・マルティネス二世だけど、決闘十七連勝中の超強豪よ」
「スゴイデスネー」
◇ ◇
執事アントン、帰り道、旗本奴の溜まり場に立ち寄ると例のイロ小姓が居る。
「やぁ、また僕に逢いたくなっちゃった?」
「ふん! 別に」
「そろそろヒポクリ寺のロートベルトのこと気になり出したんじゃない? あいつ活動再開し始めたでしょ」
「知ってるのか?」
「フーグ司祭の下の弟だよ。フーグ司祭はグンター司教の片腕。ゼンタ・ブルスと接点が有ったら一番不味い男だね」
「フーグ?」
「おいおい! ポルトリアス家に居たら絶対に知ってなきゃ不可ない名前だぞぉ。アヴィグノ過激派トップの一の子分。うちの殿達が蛇蝎のように嫌ってるエキセントリックな坊主さ。狂犬フーグって言ってね」
「名前はなんか間が抜けてるのになぁ」
「キャンキャン御座敷犬ともいう」
「可愛い感じ?」
「まぁグンターみたいに頭は切れないし、多少可愛げは有るかもね。鬱陶しく感じなけりゃ」
鼻でせせら嗤う。
「ところで今日もちんちんが固いね」
「鬱陶しいわっ!」
「感じる?」
「ちょっと其処の二人、うちの店でいかがわしい事はやめて」と店主。
「しとらんわっ!」
「それから、ロートベルトって本当は従騎士で御徒組あたりが束んなっても負けるから、手を出しちゃ駄目だよ」
「お前も手を出すなっ!」
「僕、別に触ってないじゃないかぁ」
アントン早々に逃げ出す。
◇ ◇
アグリッパの町、宿屋。
ルファスとメリダ、ベッドで寛いでいる。
「この町には、おっかない人たちが居るんだな」
「大司教座は軍隊を持ってないけど、東西南北に四つの傭兵団を丸抱えにして州を守ってるの。その兵団に特殊部隊がいるっていう噂は市民みんなが聞いてるけれど本当だって知ったのは最近」
正確ではないが、ほぼ正しいと言える。
「最近ちょっと失敗しちゃって、尾行してて逆に捕まりそうになったの。そのとき助けて貰ったんだ」
「アグリッパ冒険者ギルドが市当局と蜜月だから、大司教座に雇われてる傭兵団は友軍ってわけか」
「あの中ボスさん凄腕で、さっと素手で三人倒して助けてくれた」
「殺したのか」
「ううん、捕まえて尋問してた」
三人と言うのに引っかかったが、土左衛門組とは別口かも知れない。
◇ ◇
同じくアグリッパ、探索者ギルド。
奥の扉が少し開いて金庫長が顔を出す。
「済まんが、今日は先に寝むぞ」
「はいはい」とイザベル。
「もう無理の利く年齢でも無いですからね。若い女と再婚するとかも無理」
「うるさい」
上の階の自宅に去る。
暫くして階段に足音。
「どうぞ。開いていますよ」
「入りますよ」と訪ねて来たのは寺男の格好をしたホラティウス司祭だった。
「少々お待ちください、父を起こしますので」
「いやイザベルさん、あなたに会いに来たのです」
「わたくしに?」
「実は、うちの若い助祭が還俗して冒険者ギルドのディジー・ザパードさんという娘さんと交際することになりまして・・」
「それは目出度いと申すべきか、この町の住人としては少々悩ましいですわね」
「あなたは・・ディジーという娘さんをご存知ですか?」
イザベル・ヘルシング、無言で席を立ち、司祭を懇談用の寝椅子に誘う。
司祭に顔を近づけて凝と見詰める。
「なるほど・・理解しました。あなた様は一度軽ぅく感染して自然治癒なさった。それで強靭なのですね」
「仰る意味がよく解りません」
「しかも敏感です」
「その謎めいた言葉の意味はなんですか?」
「この天と地の間には、神学で解き明かせない数々の謎が有るのですわ」
「兎も角、あなたの秘儀を授けることを制限してください」
「わたくしは唯お化粧の仕方を指導しただけです」
「しないでくれますか? 若い僧侶が絶滅します」
◇ ◇
国都近郊。
全裸の太った男、とぼとぼ夜道を来る。
ポルトリアス伯下屋敷の勝手口に回るが、鍵が閉まっている。
さらに裏へ回って生垣を乗り越えようとするが、なかなか果たせない。
すると一匹の豚が遁走して来て、生垣の隙間の穴を潜り抜け、逃れ去る。
「ははぁ、あそこに穴が有ったか」
丸裸のテンポウ助祭、穴を抜けて敷地に入り込む。
母屋に向かおうとすると、突如茂みから出て来た男に取り押さえられる。
「手間掛けさせやがって、ふてぇやつだ」
縛り上げられる。
連行されていくと、大柄の騎士が長剣を手にしている。
「すまぬな料理番どの。やはり、生きた肉を斬り骨を断つ感覚を忘れると腕が鈍る気がしてな」
「料理できなくなるまで斬り刻むのは勘弁ですぜ旦那」
館のメイド達に見られると気味悪がられるのでドン・マルティネス、この修練は夜中にする事にしたのだった。
騎士、剣を構えて迫る。
「ふひぇむへへ、おひゃふけぇ」
貰って来た金貨二枚を口に咥えていたので、言葉が言葉にならない。
「ぴぎぃ、ひぃぃぃ・・おたしゅけぇ」
「は・・この豚、いま人語を発しなんだか?」
「へぇ、確かに聞こえた気が・・」
「ひとれふぅぅ」
「まさか! 人間か!」
「豚がひとに化けた! 魔法だぁぁ」
◇ ◇
グスタフ司祭、力説する。
「いや・・この男、魔法使いなどではありません。使われ阿呆です」
「でも、豚の姿から人間に・・」と料理番、狼狽しながら。
「よくご覧なされ。今でも豚の姿でしょう」
「そう言われてみりゃ、そうですね」
「よく考えなされ。狼男は聞くが、豚男とか聞かぬでしょう」
「そうですね」
「それじゃ、そういうことで。わしらは失敬」
小声で・・
「・・おい、金貨持って来たか!」
「持って来たけど、慌てて飲んじゃった」
後ろ姿を見送る騎士ドン・マルティネス、呟く。
「俺は見た。確かにジュラ地方の豚だった」
◇ ◇
アグリッパ、下町。『川端』亭。
『女子会』のアナとノルディカが居る。
「どうしよう。思わず部屋貸して出て来ちゃったけど・・」
「あたしらも、男作ろう」
「おっさんの集まる店に来て、何言ってんの!」と看板娘。
続きは明晩UPします。




