195.色々バレて憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス伯爵邸。
伯爵、訝しむ。
「なんかそのロスベルトスって男、引っかかるな」
・・独断専行で問題起こした家臣が、よく知らない外部者と頻繁にコンタクトを取ってたと言われれば、疑心暗鬼は当然だろう。
騎士ダミヤン深く深く溜め息をつく。
「限りなく黒っぽいですけど、ゼンダのバックが教会だったら本格的に危いです。アグリッパ大司教座、黙ってませんよ」
伯爵家で『教会』と言えば教会主流派、つまりアヴィグノ派のことだ。そもそも伯爵が王党派と険悪なのは教会に代わり矢面に立たされているからである。それが今度は勝手にアグリッパとも喧嘩を始められたのでは立つ瀬がない。
「そうです。王党派べったりの南岳教会が高原州まで勢力を伸ばして来てるときに緩衝地帯にいる中立派と揉められては困ります」
騎士ディエーゴも同調する。
「俺に盾持ちをさせるならば、無断で傍から槍で突っつくのは止めて貰わんとな。アントンくん、だれか冒険者ギルドの人にロスベルトという教会の下働きを洗って貰って! その結果で、義兄から文句を言ってもらう」
「思いまするに、ヒーディッグ・デ・ボスコの首と胴体が河原に晒されて居りますのも、本人の愚行の所為とばかり言えぬのでは有りませんか?」
「ディエーゴは、連中あそこでも余計な真似したと?」
「可能性は大か、と」
「火消ししてる横で付け火は止めて貰わんとな」
◇ ◇
「ときに殿」と執事アントン。
「巷では、殿がアグリッパに相当のお金を支払って詫びを入れたという噂が立っております。これを肯定するか、否定するか・・」
「策が有るのかい?」とダミヤン。
「セスト殿の騎士叙任式がございます。これを豪華に執行えば噂の否定に、必死で見栄を張っているがその実汲々と深読みさせれば肯定に」
「ふむ! 後者の方が世間が喜んで噂しそうですな」とディエーゴ。
「実は、金がないのだ。さっき五万グルデン遣って仕舞った」
伯爵の言葉に、騎士ふたり仰天する。
伯爵の拡げた巻物を見て再た仰天。
「こっ・・これはボールス男爵の国譲り状!」
「こんなものが一体どこから!」
「さる筋から、ボールス男爵の石棺の中に在ったと」
「確かに、とんでもない出物ですが、本物でしょうね? 五万ですよ五万」
騎士ふたり、書状を眺めつ眇めつする」
「彼の荘園は、甥のキルヒェマイザー男爵が相続している筈」
「殿を派手に攻撃している若手急先鋒の一人ですね。確かに王党派過激グループの鼻先に一発喰らわしてやれそうですが・・」
「『喧嘩なら、其方の地元で勝手にやってくれ』というのがアグリッパ大司教座の本音なら、丁度いいだろ?」
「確かに、一見まるで別件の所領争いですものね」
「取り敢えずアグリッパと無関係の揉め事起こして世間の目を逸らし、荘園が手に入ったなら大儲け。これ、五万の価値ないと思うか?」
頷く騎士たち。
「それじゃセスト殿には、一見ド派手に見えて実はハリボテな叙任式で勘弁して貰って、代わりに殿の名馬を譲るというのは何如?」とダミヤンが締める。
高級住宅街の表通りを買い占めるような金額の話について行けないアントン。
◇ ◇
アグリッパ、東の新市街。
まだ教会関連の施設ばかりで、当然治安は良い。
ルファス、標的の男が入った慈善宿を見張っていると、ジグモンド軍曹が来る。
「動きはありません。食事にも出ていません」
「ありがとう。地元の者に引き継いだから、俺は以降一歩引いて見届け役だ」
引き継いだというが、姿が見えない。
注意深く見回すと、ざわっと風が吹いた感じがしたので、数人居るのだろう。
「それじゃあ俺は、一旦これで」
「そうか。協力を感謝する」
東門に向かう。もう閉門になっている。
「あ、来た。こっちこっち」
どこかで見た気のする娘が、職員通用口で手招きするので見ると、奥にメリダが居た。近寄って手を執る。
すると彼女の背後に先刻の軍曹と少し感じの似た男が居て、声を掛けて来る。
「きみが『協力者』か。ご協力を感謝する。情報は適宜伝える」
そう言うと、新市街の方に消えて行った。
「あの人は?」
「よく知らないけど顔見知りよ。味方には違いないわ」
「大司教座が抱えてる傭兵団の裏部隊ってとこか」
「そこの中ボスくらいの人かな」
「ちょっと格が違う感じだな」
ルファス身震いする。
また背後から声を掛ける人がいる。
「きみきみ! 私、アナ。今日は同室のみんな居るから外で部屋取ってね」
◇ ◇
アグリッパ大聖堂傍、告解室。
「罪を犯してしまいました」
「翌日とは思いませんでした。すぐ手を打たなかったのは私の手落ちです」
ホラティウス司祭、溜め息をつく。
なんの罪を犯したか具体的に聞くととても面倒な事になりそうな気がしているのだけれど、告解を聴いている以上打ち切る訳にいきません。ああ、困った。
「神の慈しみを信じて、犯した罪を告白して下さい」
・・ああ、聞きたくない。
「彼女の隣にいて、わたしは目で姦淫してしまいました」
「それを言葉や行動で示しましたか?」
「・・いいえ」
・・ほっ。
「でも、肉体の一部が強く反応してしまったのです。外から見える程に」
「それを誰かに気取られましたか?」
「彼女が気付いて・・」
・・あちゃー。
「彼女はあなたを誘惑しましたか?」
「いいえ、わたしの苦しみを和らげようとしてくれただけです」
・・それ以上告白しないでくれると有難いのですが。
「彼女のおすにえっふんどはしていません」
「随分ぎりぎりを攻めましたね」
「わたしは、如何したら良いのでしょう・・」
「あなたは戒律を破っていません。しかし人は平隴して蜀を望むものです。明日はいんげろを渇望する事でしょう」
「今も渇望しています」
・・ですよねえ。
「やっちゃえば?」
「え!」
「過日わたしは神の限り無き御力に縋り、あのヴェヌスの山を垣間見てさえ誘惑を振り切って戻ってくる事が出来ました。然し今う十年若かったら今ここに居ませんでした。誘惑に打ち克つのは大変な事です。破れるよりも戦うのを諦める方が良い場合もあるのです」
ホラティウス司祭、彼の急変には既に或る確信を持っている。抗い難いあの力の接近を。
「それは?」
「わたしたち聖職者は修道士とは違います。貞潔の誓いを立てては居ません。唯だ福音的勧告を守って生きています。あなたを捉えた渇望が聖職者としての未来への欲求よりも強いなら、俗人として神に仕える途も有るという事です」
司祭、意を決して言う。
「ジロラモ助祭、昨日の時点で即時対処しなかったわたしの落ち度でもあります。わたしは、あなたを助修士身分で名誉ある当市の書記官に推挙する事が出来ます。教会から追われる事なく、妻を娶ることも出来ますよ」
◇ ◇
アグリッパ、中の下クラスの住宅街。例の『女子会』のホーム。
ディジー、下を向いている。
「で、やっちゃったわけね」
「・・やっちゃいました」
「相手、お坊さんよ。どうすんの?」
「拙いですね、この町で」
「まぁ、追放になったら付き合うけどさ」
アナ、帰って来る。
「メリダ、今夜は外泊」
こっちの話も聞く。
「まぁ・・メリダの彼がいる都に行く手もあるし、悲観しなくていいさ」
そこへ若い助祭(だった男)、駆け込んで来る。
「聖職者やめて来ました。ディジー! 付き合って下さい!」
「これ、丸く収まったやら・・収まってないやら・・」とアナ・トゥーリア。
◇ ◇
国都近郊、バラケッタ村。
村長の家の厩舎の脇に馬番小屋があるが、豚小屋とも近くて番のバイトが長続きしない。
なぜか豚小屋でも馬番小屋でも豚が盛っている。
事後。
「あんた、日暮れだけど帰らなくていいの? 晩祷とかも、すっぽかし?」
「くぉらぁぁー!」と母屋から村長の怒号。
「やばっ! 財布から2グルデンくすねたのバレた?」
続きは明晩UPします。




