193.不倫してもされても憂鬱だった
国都、商業地区の一角。
冒険者ギルドが在る場所も交通の便のいい好立地だ。
辻という辻、小夜更けても多くの市民たちで賑割っている。
逆説的な言い方だが、市民にとって貴族はあまり怖くない。
はっきり身分社会だから、諍いが起こるほどの接点が無いのだ。
世間常識的にも、法的にも、喧嘩とは同じ身分の者同士がする事なのである。
例えば、貴族の喧嘩相手ならば市共同体そのものか、そのパトロンである貴族や寺社。騎士の相手はやっぱり騎士である。
騎士というとお殿様には一歩届かない小領主だが、男爵領相続前の世嗣様も只の騎士なら、ただいま浪人中のフリーランスも騎士と、ピンキリである。
これを準貴族と呼ぶのか上級平民と呼ぶのかは見方次第だ。
ちなみに諸侯と呼ばれる大貴族の方々も、先代が亡くなると一年以内に世継ぎを確定し国王陛下から御旗を賜わるのだが、賜るまでは若殿様も一介のお殿様なので家臣たちは忠誠宣誓が出来ない。
階級社会は色んな拘わりの塊である。
平民を松竹梅に分けて、松が上記の準貴族なら、封建制的には竹が地主で、梅が土地無し自由人であるが、都市自由人がこの分類に上手く乗らない。
封建制の外側だから当然だが。
生産手段を所有している資本家と労働者で分けるのだろうか。中世的で無い。
孰れにせよ法的区分に乗らない。市長の裁判権の下で重犯罪者に死刑執行まで可能という点以外は。
さて、数ある係争事件のうち、最も法廷決闘になりやすいのは何のジャンルかを当てて欲しい。そう。不倫訴訟である。時には悲惨な戦いになる。まぁ法廷でなく見つかった現場で殺し合いになってる場合も多かろうが、現場を目撃した第三者の証人も多数は居ないだろうから大概が事実認否での法廷決闘だ。
市民同士の決闘でも死亡率が高い。
殺してやりたい相手なのだから、そうだろう。
次いで決闘になりやすいのが証拠認否で、この場合には証人vs被告という類型が現れる。これも偽証は死刑だから命懸けの決闘になる。
これに対して、金返せイヤ返さんの決闘は死亡率が低い。命の方が大事なのだ。
『殴り合って気が済んだら和解しろ』というのも、ありがちな共同体の掟なのだ。
◇ ◇
ギルドの酒場。
「んじゃ俺が『その足軽大将って極悪人だよなー』って言い振らしたとして、その大将は俺に『侮辱したな!』って言って決闘申し込むかい?」
「そりゃ無いですね。指名手配中だもの。決闘などしにノコノコ出て来たら、すぐ捕り方に囲まれます」
「だろ? じゃあルーさん、足軽ども『うちの大将侮辱したな!』って言って俺に決闘申し込むかい?」
「そりゃ無いですね。本人じゃないもの」
これも当然だ。
自分ならぬ他人が馬鹿にされたと怒って暴力を振るうことを許してたら、社会が崩壊する。
「じゃ、俺のこと『偽証した』って訴えるかい?」
「それも無いですね。先輩って証言なんてしてないもの」
そもそも訴訟になっていない。
「ほぉら。なんの問題もない」と先輩、エールを呷る。
「闇討ちでもされたらイヤじゃないですか!」
「そういう喧嘩はギルドが買うわよ」と、受付嬢のティーちゃん。
・・まぁ今はアントンさんが執事だもの。そんな馬鹿はやらせんと思うけどね。『ほーら、やっぱりゼンダの犯罪って伯爵家ぐるみだった』ってまた噂されちゃう絶好のネタだもの。
◇ ◇
翌朝一番でルファス、アグリッパに向けて船出する。
受付嬢のティート、彼を見送った足で郊外のポルトリアス伯爵家を訪ねる。
「アントンさん、執事が板に付いてるじゃん」
「先祖代々執事職だもの」
「ルファスから伝言。『うちのギルド、伯爵家のスキャンダル拡散を請け負ってる者がいる模様』・・って、これ私が機密をローエーしてんじゃなくて、飽くまでもルファスからの伝言ね」
「まぁ冒険者ギルドって個人事業者の組合だから、規約違反が無けりゃ何しようと組合員個人の自由だものなぁ」
「拡散している情報は『もと家臣が起こした不祥事の監督責任を問われてる』ってレベルで、そんなヘビーな内容じゃないから対策不要と思うってさ」
「ああ。依頼主は王党派の若手グループだろう。喧嘩相手を増やすのは愚策だ」
「王党派若手って、あの旗本奴っていう派手な連中? ちょっと怖いかな」
「あちらさんと伯爵家との確執は相当に根が深そうだ。ギルドは巻き込まれんよう頑張ってね」
「何よ、他人事みたいに」
「いや、家中の者が変な突撃しないように注意するからさ」
実際、御徒組頭のセストさんとも密に連絡を取っているし、大丈夫だろう。
・・だけれど、あの傾き者の旦那、なんか仕掛けて来て無いだろうな。ギルドに仕掛けた『スキャンダル拡散』がマイルドで、却って不安になる。
「ねぇ、巷に流れてる伯爵家のスキャンダルって、さっきの内容よりハードなのは無いわけ?」
「どういう意味?」
「いや、もっと過激な話も耳にしたからさ」
「ふぅん・・調べてみようか」
「お願い」
・・ダミヤン卿から聞く宮中での噂はずいぶん過激になってた・・よな。わざと温度差つけてるとか?
◇ ◇
アグリッパ西門、入市審査官詰所。
「ど・・どなた?」
「ディジー・ザパード。いつもの助手ですが」
「ですね」
二人、仕事をする。
若い助祭、記入し終えた書類をディジーに渡すとき、指先が彼女の指先に僅かに触れる。
「あ・・」
彼女の横顔を見る。
二人、仕事を続ける。
◇ ◇
国都近郊、バラケッタ村外れ。墓地。
旅人ふうの男が墓参に来ている。
「真新しい墓は六つ・・」
セスト・ブルス独り、花を持ってやって来る。
「祈ってやって下さいますか。一度は道を見失ったが赦された者達の墓です」
「赦されたのですか」
「亡くなりましたので」
男、祈る。
「遺族が不憫なので、特に赦されました」
「つまり、ゼンタ・ブルスさんに従って出奔された人たちですか」
「正確には其の弟ヘンツに従って出奔した者です。遺体が戻ったのは三人で、あと三人は奉行所が遺品を発見しました」
「ヘンツという方は?」
「戻りません。ゼンタ・ブルスを探しに行って、そのまま消息を断ちました」
「彼の家は?」
「ゼンタと同居していました」
「他にご家族は?」
「従僕夫婦は私が引き取りました」
「失礼ですが?」
「私はゼンタ達の従兄弟で、セスト・ブルスと申します。絶家となった彼を襲って御徒組頭を拝命しております」
「彼の家を拝見して宜しいですか?」
「ご案内します」
◇ ◇
道々話す。
「申し遅れました。アグリッパ警備局のヒンク警部と申します」
「お手数をおかけします」
「失礼なことを伺いますが、伯爵家は・・その・・」
「元は西海の武辺者で、御当主様の姉君が権勢家に嫁いでから最近栄えた家です。姉君の威光を笠に着た家老を叩き出してから一寸内部統制が緩んでまして、前任者ゼンタの暴走を許して仕舞いました」
「いろいろご苦労が有るんですね」
「尻尾を切った蜥蜴ではなくて、知らぬ間に尻尾が生えていて取り乱している蛙とお嗤い下さい」
警部、思わず笑う。
アントン小走りでやって来る。
「執事殿です。こちらアグリッパから見えたヒンク警部」
「初めまして。お若いですね」
「トレンディでしょ?」
ブルス本家。
「むっ! 隠し封印が破れています。侵入者は昨夜ですね」
「執事殿! 捜査官の技能をお持ちですか」
「中を改めましょう」
◇ ◇
赤毛のルファス、定期船の船端で膝を抱えている。
誰かが囁く。
「この先、このまえ土左衛門が三つ揚ったけど、調べたらなんと、それが三人とも締め殺されてたんだってさ」
「おっかねえな」
ルファス、同じように船端で膝を抱えている男が、ぴくりと反応するのを見る。
続きは明晩UPします。




