192.殴っても殴られても憂鬱だった
国都郊外、ポルトリアス伯爵家下屋敷。
親戚にとんだ若殿がいたようだ。
制止を振り切り無謀な突撃をして死地に飛び込み・・
「救出に来た傭兵も自分の連れて来た近習も、みんな捨ててひとりで逃げた」
「でも、それ・・ばか殿にありがちな話では?」
「それの親父が悪かった。死んで主君を護るのが家臣の務めだと吠えて、息子には軍律違反も問わなかった」
「そりゃ家臣だって俸禄返上して去りますね」
「傭兵団のブラックリストにも載った」
「まさか殿じゃないですよね?」
「やめてくれ。俺だって軍人の家系だぞ」
「ずいぶん都流にハイカラに成っちまったけどね」
「お前ら覚えとけ。傭兵は自分らの組織を無視されるのを嫌う。その親父は、傭兵団長を通さず部隊に直接ばか息子の救出を命じたりして現場を混乱させた。それで二次遭難が起きかけたんだ」
「雇い主だからって我が儘のゴリ押しをした訳ですか」
「それで、それで包囲された部下を助けに行った傭兵団長が戦死したタイミングで『我が子可愛いや』発言をしちゃたわけよ」
「んで、ブラックリスト入り、と?」
「どの団もぱったり依頼を受けなくなった。当家も義兄んとこも駄目だ。傭兵ってお互い血を流して戦争してるくせに、迷惑客の情報共有とか素早いんだよな」
「それ、いつの話なんです?」
「姉がもう嫁いでて・・俺も騎士叙任受けてたかなぁ。十年近いか」
「随分長いですね」
「戦争も減ったからな。どっかで文書にでも残っちまったんだろうか。『アソコン家ハダメ』って」
「血族で団やってるようなとこは執念深いかもしれませんね」
「兎も角、当家は一対一の決闘裁判には強いが、弱点は集団の戦闘になる不倶戴天決闘だ。これは覚えといてくれ」
「それ、危いじゃないですか」
「大丈夫だ。首都圏で集団戦なんて許可下りないから」
「こないだ近くでやってませんでした?」
貴族の持つ自主交戦権を如何に抑え込むか。これは王権にとって未だ『長い長い道のり』なのだった。
◇ ◇
ウルカンタの町。
「今まで『ここは非居住者人口ばかり多い町だから』とか理屈を付けて、お断りし続けていたんですよね」
無論、アヴィグノ派の教会建設の話をだ。
「費用は全部こっち持ちというお話でしたしね」
ヨーゼフの顔に『金の匂いに寄って来やがって』と書いてある。
「まぁ、蝿はみんな飛んで行ちゃったし」
「アドラーさん、それ・・はっきり言いすぎ」
「メッツァナの教会が落成間近だし『次はウチのウルカンタだ』って、殿も乗り気なんですよ」
・・焚き付けたのは自分ですけど。
「うん・・カペレ自体は旧伯爵邸に有りますから、周辺施設等の増改築なら低予算超スピードで出来ますよ」
「さっすがカーラン卿だ話が早い。現役騎士とは思えない官僚スキルですよ」
「ははは、騎士がみんな喧嘩屋だと思うのは偏見ですよ」
「・・(そうだよなぁ。喧嘩屋完全特化かと思ったクラウス卿が宮廷詩人だったりしたしなぁ)」
二人、現在は高級宿になっている旧伯爵邸に向かう。
そこではリベカ夫人が、突然訪ねて来た人物と会っていた。・・いや、未だ夫人ではないが。
「やぁ、アドラーさん。呼ばれた気がして」
「いや呼んでませんけど・・これから会いたくなる予定でした、司祭さま」
トルンカ司祭であった。
「お城での打ち合わせが長そうだから、先にリベカさんにご相談しようと思って。お山じゃ修道士や尼僧に出来ない仕事は地元の信者さんに頼ってますから、此処は俗人奉仕者の派遣を事業として、リベカさんにお願い出来ないかって」
「わたしも、御恩ある司祭さまのお力になれたら嬉しいです」
・・がんがん来るなぁ。
◇ ◇
アグリッパ、中の下の住宅街。『沈黙の女子会』四人でシェアしている部屋。
「お見えです」
緊張する三人。
メリダ・デューデン、目深にマントの頭巾を被った女性を伴って現れる。
トゥーリアのアナが右手を掲げると、他の二人がこれに倣う。
「私たちは此より見聞きする事の秘密を守ることを誓約します」
唱和。
頭巾を取ると、三人が想像した通りの人物だった。
メリダが蝋燭を持って来て、灯す。
「それでは師弟の契りに代えて、姉妹の契りを交わします。お互いが所属しているギルドの規約に一切抵触しないものです。同意を求められたら『同意します』と」
イザベル・ヘルシングが神聖語で詠唱を始め、メリダが訳す。
◇ ◇
国都の冒険者ギルド。
赤毛のルファス、明日朝一番の船に乗るため、湊に近い所属組織付属の宿泊所に泊まっている。同僚の組合員数人と職員を交え、杯を交わしているところ。
同じ冒険者ギルドながら些と関係が微妙で交流が薄かったので、つい最近彼方のギルド長と会ってきたルファスが質問攻めに遭っている。
「なぁるほど。あそこ、地元の当局と鶴うかぁだから強気なのか」
業界の二大ギルドが連携していることも大きい。アグリッパとメッツァナが手を組むと全国協議会も押し切られる。
「強気というより、市共同体の方針に忠実だから譲れないとこは譲れないだけだと思いますよ。さらに上に教会さんも居ますし」
冒険者の権利を守るために時には奉行所相手に喧嘩すらする国都の冒険者ギルドとは、体質がかなり違うのだ。
「そういう組織と組織の性格の違いを踏まえて付き合えば、決して仲良く出来ない相手じゃないですよ」
あっちのギルメン彼女が出来たルファス、私情が籠っている。
「ところで・・『探索者ギルド』って知ってます?」
「医薬ギルドのサブ組織でしょ? 薬種仲買とかその他探し物屋さん」
この程度の認識だったりする。
・・陰謀渦巻く洛中じゃ、より深く潜伏してんのかもな。こっちで聞いても余り情報なさそうだ。
もしかしてアントンさんが一番詳しいクチだったりして。
「あっちで自分で探るっきゃ無いか・・」
「なぁルーさん、ポルトリアス伯爵のスキャンダル知ってる? アグリッパの町で大問題起こしたっていう」
「え! いや、あれって・・ポルトリアス伯爵家と関係あんの?」
・・雇い先だって言うと根掘り葉掘り聞かれるかな。必死で知らんぷりだ。
受付嬢のティーちゃんも横向いて誤魔化している。
「なんでも、伯爵家の足軽大将がアグリッパで犯罪冒して逃亡中。伯爵家は巨額の賠償請求されて火の車なんだって」
「へー」
・・家来が起こした不祥事の監督責任問われてるってレベルの噂か。微妙だな。
「先輩、へたに噂の拡散やって、訴えられたら怖いですよ」
「だぁーいじょうぶ! いちばん下っ端の足軽だってお侍の端くれ。俺ら町人より身分は一段上さ。俺ら市井の町人を訴えたかったら、一段下の身分の扱いで訴人にならなきゃね。出来ゃしないよ。プライド傷付くから」
侍というのは、強い犬を交配して闘犬種を作るように、喧嘩屋同士掛け合わせて人工的に創られた種族の様なものである。それを法廷決闘で一般人と戦わせるのは不公平だから、身分違いの訴訟とかが起こりにくくコントロールされているのだ。『訴えるのは可能だけれど恥ずかしい』といった具合に。
「渡り中間なら出来るだろ?」
「そのレベルが出てくりゃ、決闘でボコボコにしてやんよ」
血腥い闘争を、賠償で片付くよう仲裁するのが訴訟の原風景である。貴族たちの争訟ほど死亡率は高くないが、町人の場合も最後の最後は拳骨なのである。
冒険者の係争も、口頭弁論で片がついた話は聞いたことが無い。
死んだ話も珍しいが。
冒険者ギルドも共同体だから構成員内部の裁判権は有る。そこで結構殴り合う。
武家に奉公する中間との係争だと市民共同体内部の裁判になるだろう。
殴り合いでもセコンドが付くから死亡率は低い。
続きは明晩UPします。




