25.葬儀に行くのも憂鬱だった
元騎士の冒険者レッドバート・ド・ブリースとその一行、レーゲン川遡上の旅。
船端でくっ喋って居るだけだが。
「ウルカンタまで既うそう遠くないぞ」
「大司教様の領地は出たのですね」
「カンタルヴァン伯爵領だな。大司教様じゃあなくてボスコ大公の家臣だ。次の港は通行税を徴る関所が有るが、課税対象は運んでる商品だから、俺らはフリーパスだ」
「兄さん楽観ダメだぜ。美少女美童を連れてんだから。『商品』運んでる人買いと疑われねぇように書類さっと出す用意しとかねえと。第一印象が悪ぃと書類の真贋疑われてグダグダんなるぜ」
・・こいつら、そんなに上玉か? と訝しむ目をするレッド。
あなたの目が曇っているだけです。
「大公領は大司教領に比べて、もう話になんない程に治安が悪いそうだけど、この伯爵領は一番マシらしいってさ」
伯爵が大公様の家臣であろうが無かろうが、伯爵領は飽くまでも伯爵領であって大公領でないのだが、大司教領の住人だったブリン、代官所轄区域を『代官領』と呼んだりする慣習の中で生活して来たもので、言葉の誤用がある。伯爵家の家臣が聞いたら厭な顔するだろう。
「『マシ』なのですか?」
「一番はメッツァナだ。アグリッパと変わらないくらい治安は良い・・筈だ。
「なんで州内の治安が悪いのです?」
ブリン、ニヤニヤして絡む。彼女の利発さが好いようだ。
「レベッカちゃん結構鋭く突っ込むタイプ? ここの大公って毀誉褒貶の著しい人でさ。もーぐわんぐわんワンマンな君主だったと思いねぇ。溢れる才能で、ぐわんぐわん異民族征伐行とか進めて、版図も拡げて・・でも、そんな彼にも老人ボケと言う陥穽が待っていた」
「ボケちゃったんですか」
「まぁ・・ボケなくたって、何も部下に任せられないトップって、何時か何処かで躓くだろうけれどな」
レッド、つい自分が騎士団を馘首になったとき言われた事を言ってしまう。
思えば那の頃、軍制改革で徴募兵制度に移行して常備軍を減らす計画が進みつつあるとか情報収集できるアタマが若き日の自分に有ったなら、むざむざ解雇になど為らなかったかも・・とか後悔しているレッドが其処に居た。
「レッド、なんか顔が暗いよ」
アリ坊が肘で突く。
「究極ワンマン体制の揺り返しが来て、家臣内の三大勢力がソッポ向いちまった。叛逆ってワケじゃねぇよ。三伯爵が自分の領地以外の御用を露骨に手抜きし始めたのよ。『それってオレ、決定権限ないも〜ん』みたいな調子でさ」
河川交通路の港町に住んでたブリン、結構近隣の諸国情勢に事情通っぽい。
「ウルカンタの町が見えてきたぞ」
◇ ◇
メッツァナの町、酒場。クレアとディードリックの姿が有る。
「日の高いうちから、酒場が混みすぎじゃないの?」
「南部に近い所為である」
「そうなの?」
クレア、勢いよくエールを呷る。
南部人なら酒好きだ・・というのは色眼鏡だとは思うが。
「南岳の勢力下にスルッと入っちゃうって、そういう背景あるわけ?」
「酒は関係あるまい」
「あるわよ。南と北・・市民全体がどっちに親近感を感じてるかとかさ、そういう所に出るんだから。
メッツァナの南に疆埸を接しているのは嶺東州。だが南部といえば嶺東ではなく嶺南州である。しかし、北から旅して来て、此処メッツァナでは南部っぽい匂いを既でに感じているクレアであった。まぁ単に、いま食ってる酒肴から香るハーブの印象かも知れないが・・。
「だが、南部訛りは一向に耳に飛び込んで来ぬな」と周囲を見回すディード。
そう言った傍から、威勢のいい南部語が飛び込んで来る。
飛び込んで来たのは、南部訛りではない正真正銘の南部語であった。
南部語というは『旧帝国語』という可きか、今でも法令や公文書は帝国古典語で記されるが、それの話し言葉版である。その昔、今の王国の粗々全土みな旧帝国の属領であったから、北国の族長や上級戦士達は南から派遣されて来る総督に話が通じるように頑張ってブロークンな帝国語を使った。旧帝国の文化の名残は旧帝国が崩壊して久しい今も色濃く残っている。
だから「ミー、ベリベリ強いね。デュエルするユー本気?」みたいなクリオヤ化俗語が広く通用している。
が、いま聞こえて来たのは正調の帝国下町言葉だった。
それでも普通に通じる程に南北の言葉は混じっているのだが。
寧ろディードの様に、生粋の南部人と長く暮らした経験者でないと違いを正しく意識しないくらいに混じっている。
「いたじゃん南部訛り」
この様に。
これで正調の旧帝国語だったら、多くの人が気づいて「坊さん?」とか思うかも知れないが、純粋な南部の俗語と南北混った俗語の聞き分けなぞの芸当は情報通のクレアでも出来なかった。
違う意味で、生ッ粋の南部人が話す様な下町言葉が此んな所で聞こえて来たのはディードにとっても意外であった。
思わず振り返るが、まじまじ見るのは不敬なので目を逸らす。
不幸なことに、目を逸らした先に妙齢の婦人の臀部が有り、結果的にまじまじと見てしまう。
ディードリック・ヴァン・ベーテルギウス、荒くれ者の傭兵共を束ねる部隊長を長く勤めていたとはいえ侍の家の出身。故に三国一の尻を見ても平静を保てた。
「はへぇ」
クレアは駄目だった。
「なにあれ・・駆け寄ってすりすりしたい」
「お前、女であろう」
「それ関係ないから。芸術神の愛でた名匠の傑作?」
男装した二十歳かくらいの女性が、酒場の椅子に立て膝して座っている丈なのに此の二人、明らかに過剰反応している。
先刻から地元名産という腸詰など齧ってエールをちょっと飲んでいるだけ。
別に悪いものなど食っていないのだが。
勿論、魅了の魔術などというものは此の世に存在しない。 ・・筈である。
◇ ◇
レッドたちを乗せた船が、ウルカンタの船着場に着く。
高い石垣の上に矢倉など見えて、物々しい。
徴税官が乗り込んで来て、積荷を改める。
「そちらのお兄さん、その樽は?」
言葉は柔らかい。
「空っぽっす。此の通り! 帰り路に使うもんで」というブリンの当り障りのない答えを、特に聞き咎めない。
「ほら! 人買いだとか疑われてないだろ? 徴税官もプロだ。俺らってぜんぜん怪しくないからな」
すると駆け寄って来る者が有る。
「レッドバート!」
・・まずい! つい此のあいだも夢に出てきたくらいに良く識った顔の、旧知の朋輩なのに名前が出て来ない。
「久しいな。見ろ是の恰幅! 税関の副署長さまだぞ。ヒラ騎士で燻ってるよりも千倍マシだろ」
「伯爵家に仕官したのか」
「ああ。今じゃ有象無象の門番風情じゃなくて、行政職の騎士様だ。えへんえへん尊敬しろよ。いい宿を手配するから今夜は一杯やろう。五人連れだな?」
とんとん話が進んで仕舞う。
◇ ◇
「済まん! 頼む!」
税関副署長カーラン卿が頭を下げる。
「いや、まぁ・・お前に頼まれて断れる俺でも無いがなぁ。料理もたっぷりと半分以上食っちまったし」
「否、そういう積もりで誘ったんじゃないんだ。行政官が関与するなとのお達しが有ったのは、つい先刻なんで」
「兄さん、行き先ゆき先で面倒呼び込む相だねぇ」
ブリンがにやにやしている。
「その騎士の葬儀は明朝一番・・と」
「ああ。伯爵の家臣ではなくて、大公家の侍なんだ。だが、本人以外の親族一同が皆な伯爵家に仕えている」
「それでお前が参列する予定だった訳だ」
「だが、この件に触るなと厳命が下ったのだ」
「なんで?」
「伯爵家が危いからに決まってるだろぉ! 死んだ騎士は、武装して妄りに他領に立ち入って無礼討ちで殺された。まったく文句の言えぬ立場だ。だが何故だか突然先方から『当方には非が無いので慰謝料とか一切支払えぬが、墓前に弔慰金を供えたい』なんぞと言ってきた」
「ありゃりゃ、余計なお気遣いを」とブリンが笑う。
「というよりも、明らかな挑発だろう是れは。子供のお年玉みたいな額の弔慰金を墓前に捧げられら、遺族一同キレると思わんか?」
居並ぶ遺族の前で「悪いのは其方だ。分かってんな?」と啖呵切る訳だ。
「だから、俺は部下を引き連れて葬儀に参列して、人間の壁を作る積もりだったのさ。戦闘に・・ならんようにな」
「そこへ、『行くな!』と命令か」
「ああ。向こうから来るのが、亡き騎士を斬り捨てた本人だという情報が入った。これは伯爵を攻める口実作りと判断して、藩兵は近づくなとの厳命だ。墓地で何が有っても遺族一同との私闘と言い張ることにして、伯爵家は逃げると決めた」
「弱腰に流れた訳か」
「強気で何の得がある? 挑発するのは備えが有る者だ。乗ったら負けだ」
と・・言うカーラン卿、視線を落として続ける。
「だけど、無視はできないだろ? だから、アグリッパの冒険者を見届け人として派遣する。完全に中立で行けるだろ? しかも騎士だし」
「曲がりなりにも騎士・・な」
レッド、ようやく名前を思い出した昔の同輩騎士ヨーゼフ・フォン・カーランの顔をまじまじと見る。
続きを明日夕刻にUPします。




