191.後も頼まず憂鬱だった
国都中枢。いろんな会派の宗教施設がある中で、教会主流派の大きいところ。
渋い顔してカッツホフの司教グンターが部屋を出て来る。
「昨日説明したことも覚えておられぬ・・」
「難しいですか?」
「悉皆り只の好々爺だ。お歳もお歳だが」
「それで計画は・・」
「説明したが『それでみんなが幸せになるといいね』などと仰る。心は既に幸せな花畑に御隠居あそばされたのだ」
「それじゃあ・・」
「地元にお帰りになって、遠くの地から心の指導者として我々をふんわり見守って下さるのが良かろう。このままだと教会会議で敵の発言に『それはいいねぇ』とか発言なさり兼ねぬ」
「ペトリスベルクの大司教様は?」
「彼の方の弁舌は頼りになるが、裏の手が生理的にお嫌いだ」
「どうします?」
「我々で頑張るしか有るまい」
少年時代は騎士だったグンター司教、負けん気が強い。
◇ ◇
アグリッパ、西門。
若い助祭の入市審査官、仕事の合間合間、隣りの席で働くディジーの口許につい目が行く。
「朝、なに食べたの?」
「鶏腿を焼きました」
「じゃ、お昼は軽めに?」
「いいえ、女四人暮らしで沢山作ったもので、朝の残りをソースに漬け込んだのを持って来ました。司祭さまも召し上がります?」
町の事務員の日給も貰っているので、少し贅沢している。
「うん、一つ貰おうかな・・お昼になったら」
◇ ◇
カンタルヴァン城。
「驚愕でございます」
「ああ、驚愕だった」
「チョーサー伯の次男、その実ブラーク男爵の息ジュラ殿をして、遠からぬ時期にアンドレアス伯爵家を再興せしめんという計画です。当家も擁立に加担せよという暗黙のお申し出でしょう」
「乗れば当家も味方陣営に入れてくれるって意味?」
「露骨に言えば、そうですね」
「具体的にどう進める気かな?」
「それは、あちらも未だ未決定でしょう。まぁ教会主導なら『チョーさん夫人なら疾っくに離婚して男爵と再婚してますが? 記録? 大司教座にありますけど?』って平然。嶺南主導なら『文句あるなら決闘だ』と憤然・・って感じ?」
「それっぽいな」
「問題は矢張りチョーサー家で、潰しちゃうとヴェンド系騎士がみんなギース家の下に集まっちゃうので余り美味しくない。でも見事復興しちゃうと盟友の嶺東勢が臍曲げる・・って痛し痒しじゃないんでしょうかね」
「もしかして、民族問題の色が付いてない当家の出番か?」
「そこ、狙ってみましょうか」
「それよりオーレン、お昼にしようよ」
◇ ◇
アグリッパ、西門。
入市審査窓口にパンとスープ皿の絵を描いた札を立てて、昼食休憩を宣言する。審査待ちの人々も携帯食の袋を拡げている。
ここは川から水路を引き込んで中水が潤沢にあるので、割りと衛生的な都市だ。
ディジー、漬けた鶏腿をポットに入れて持って来ている。ちなみにポットの蓋がパンだ。
粉1ポンドぶんパンを食えば一日のカロリーは摂れるというが、人はパンのみに生きるに非らずだ。
「司祭さま、一本どうぞ」
「おっ! こうすると冷えても美味いのだな」
「俺にもくれよぉ」と『血風隊』のクイント少年。ねだって首尾よく一本貰う。
忙しいので早々と食事する。
骨をしゃぶるディジーの唇を見て、若い助祭明らかに目で姦淫している。今夜も懺悔だ。
クイント少年、残ったパンでポットの底のソースを拭いて食べて、洗い物は彼の仕事になった。
◇ ◇
首都中枢、教会施設の一室。グンター司教が割りと豪華な卵料理を食している。
「このくらい食わぬと保たん激務なのだ」
誰に言い訳しているのかは知らない。
だが事実、彼は食事しながら片手で書類を見ている」
「自ら『南軍が攻めて来る』などと流言蜚語を撒き散らし、教区を放棄して勝手に夜逃げして来ておいて、それで以て『どこかの教区で復位したい』だと! 舐めておるのか!」
声を出して怒る。
「『敵が攻めて来たので、砦も部下も捨てて逃げて来ました。また隊長に任命してください』などと言って来る軍人がいたら処刑だ! こんな嘆願書・・」
片手で食事中なので破り捨てられず、丸めて足で踏む。
「不心得者め!」
騎士だったのは十七、八か其処らの頃だが、軍人気質は漸と抜けない。
「こんなのが何人来るんだ!」
・・嶺東州に送り込んだ那の工作員は可成り優秀な男だった・・積もりだ。だが戻らぬ。逆に要らんのばかりが来る。まぁ大公におんぶで異端派を駆逐したあとも大公の人脈に頼りきりだった教会の落ち度といえば落ち度なのだが。きちんとした統制を教区に掛けて来なかったのだから。
晩年の大公は・・未だ生きてるが・・何かと衝動的で自分の任命した俗人司教を癇癪ひとつで更迭して、後任が曖昧だったりしたようだ。
放置して来た教会が悪い。
まぁ見方を変えれば、余り重要視して来なかったという事だから、失って本気で惜しい訳でもない。南部教団との緩衝地帯だってアグリッパが有るから困らない。
悩みの種はむしろ出戻り組の処遇である。
自分以外の、もっと甘い重鎮に泣きついている者も既に多かろう。
「ううむ・・派閥内、すこし世代交代せんと」
こういう割り切り方、彼の軍人あたま、少々南岳の修道騎士にも似ているのだが自覚が無いのだった。
◇ ◇
国都郊外、ポルトリアス伯爵家下屋敷。
執事アントンの部屋。
赤毛のルファスが来ている。
「やはりアグリッパが一番嫌がっているのは、あっちの町で代理戦争を始められる事です」
「全国から参詣客の集まる門前町だもんなぁ。ゼンタの引っ張り込んだ野伏せりの集団をテッテレテー的に潰したのも、それか」
「手駒はたぶん傭兵団の裏部隊。怖いんで、突っ込んで調べはしませんでしたが」
「それでいいよ」
「バラケッタ村には隠密の捜査官送ってゼンタの潜伏先を探る程度で、それ以上の事はして来ないと、あちらのお偉いさんの言葉です。多分当局の局長クラス」
「ひと安心か・・」
「でも、ゼンタに仕事を依頼した富豪たちの裁判が間近です。そこで困った余罪が出たら・・おじゃん」
「まだ怖いって言やぁ怖いな」
◇ ◇
早速報告する執事アントン。
二人の騎士、もう此の屋敷に住んでいる感じ。
「不安要素は公判でなんか爆弾が出る可能性と・・」
「それと?」
「あちらさんの『うちで代理戦争すんな』は、裏を返せば『喧嘩はそっちでやれ』ですから、戦略として煽って来る可能性も・・」
「それは怖いな」
「殿の評判だだ下がりですが、王党派の若い連中が囀らずとも、もう情報が自然に漏れて流れて来る段階です。奴らと揉めても得るもの無く、損するだけですよ」
ダミヤン卿、いつも辛口だ。
「決闘ちらつかすのも危ないです。今は火種の無い方が・・」
「アントン、君どこまで知ってんの?」
「ドン・マーチン様とは時々晩酌のお付き合いを・・」
「冒険者って怖いなぁ。君が敵じゃなくて良かったよ」
「王党派も知ってます。こっちが口に出した瞬間に逆手を取って来そうですよ」
「どこまで知ってる?」
「二世どのの戦績まで」
「あっちも凄腕の冒険者とか雇ってんのかな」
「似たような組織で『探索者ギルド』というのが有りまして是れが傭兵団と近しい関係です」
「なんだか名前からしてスパイっぽいな」
「アグリッパが丸抱えしてる傭兵団と繋がってると面倒ですぞ」
ディエーゴ卿が真顔。
「こちらも、その組織とコンタクト取ってみちゃ如何です」
「それがなぁダミヤン、うちの親戚が以前に傭兵団と揉めてな。ブラックリストに載ってるらしい。傭兵と近しい組織だったら忌避されるだろうな」
「ご親戚、何やらかしたんです」
「そこのばか殿が調子に乗って戦場で突出して、死地まで助けに来た傭兵見捨ててひとりで逃げたらしい」
「それ『若殿! あとは任せてお逃げを』じゃなくて?」
「いや・・自分の近習も捨てて黙って逃げた」
「駄目だそりゃ」
続きは明晩UPします。




