190.白い猫も黒い猫も鼠捕りそうで憂鬱だった
高原州カウチェラード城、深夜。
ビヨン世子の護衛詰所。事実上オレーグ上級曹長の私室。
オーレン・アドラー聞いて吃驚。
「じゃ、チョーさんの二人の息子は、二人とも息子じゃないと・・」
「ちゃんとビヨン世子のことは可愛がっておられますよ、不幸な弟として」
「不幸・・か。でも、実の母親に顔で差別されたわけじゃ無かったんだ」
「差別されましたよ。先代伯爵の肖像画を見てください」
・・あ、そっくりだったな。
露路物野菜とうらなりの違いだが、同じ品種だ。
「夫人は、いつも顔を背けていたと」
「息子に・・かい。そりゃ不幸だ」
「殿は奥方様に負い目を感じておられたので、恋人との間に子を成しても、黙って我が子として認知なさったのだと」
「それも側仕えしてる元上司さんから?」
「奥方様がそう仰ったと」
「やっぱり美男が好きだったんじゃないの?」
「ま、それは有るかも」
・・あの肖像画、多少若く描いてるんだろうけれど、二人の息子と並ぶとまるで三兄弟だったな。やたら存在感ある顔ではあった。
「あれ? なんで殿さまだけ似てないんだ?」
「それは・・そう云うことです」
「そう云うことか」
「そうです。二番目の兄上の方が庶子だったと云う事に、すり替えたんだそうな。伯爵家が絶えちゃ困りますからね」
「ああ・・正式に結婚していない男女が儲けた子は相続で差別されるからなぁ」
自分で言ってオーレン、礑と気付く。
「・・(若しや、トルンカ司祭が言っていた『離婚』とは!)」
◇ ◇
アグリッパの町、中級旅館。
「真夜中だってのに隣ゃナニ騒いでんだ。こちとら朝から仕事だってのに」
隣の部屋、複数の女連れで乱痴気騒ぎっぽい。
「ぶん殴ったろうか」
男、廊下に出ると宿の主人も階下から飛んで来る。
両隣りの客が廊下に出ていた。
主人扉を叩いて注意する。
「お客さん、周囲から苦情出てますよぉ! 静かにして下さらないと最悪、宿泊をお断りしますよぉ」
まぁ誰も、この程度で大人しくなるだろうと疑わなかったのだが、扉が開く。
「うるさい!」
「いや、うるさいのはアンタだろ・・」
「貴様、わしを誰だと思ってるのだ!」
「宿屋の客だと思ってっぞ」
太った禿頭の男が下着姿で『誰だ』かも無いが、背後に半裸の女が二人見える。
「おい! この町ゃ女買うのは御法度だぞ!」
「あ、いや元々お連れの女性で」と宿の主人。
「なんだ蓄妾家かちくしょう!」
「風俗壊乱罪だ!」
まぁノックして個室の扉を開けさせたのだから、それはないが。
太禿男の横柄な態度一発で、すっかり火が点いて仕舞っていた。
誰が呼んだか、警邏隊員が来て了う。
「貴様! こいつらを逮捕しろ!」
「へ? なんの容疑で?」と隊員、真顔で聞く。
「家宅不法侵入だ!」
「部屋の外ですけど?」
「貴様! わしを揶揄っておるのか!」
「いや全然。真面目に聞いてます」
「まぁ・・怪我人がいる訳でも無し、区長の簡易法廷に訴えたい人があれば本官が受理します。明朝好きなだけ殴り合えますよ」
「きっ・貴様、なんだそれは!」
「真夜中騒音迷惑男を訴えたい人がいれば受理すると言いましたが? 目撃証人が定足数に足りないので、原告と被告で殴り合って決めてもらう事になるでしょう。いやそれ判事が決める事ですけど」
「なななななんだそれはっ!」
「この町の決まりですが」
斬首や手首ちょん切りなど流血罰の判決は国王から市長に委嘱された裁判権の範囲だが、それ以下は郡法廷に相当する区長簡易法廷で済む。定価表の出来ている罰金刑ならもっと省略できるが。
「どなたか訴えます? あ・・皆さんに迷惑料を支払って即決和解するなら本官が立会人になりますけど」
太禿男ぶつぶつ言いながら財布を取りに行く。
「お前らも、もっと声を抑えろ!」
「あーら『ノリが悪いっ! 声出せ!』て言うから演技してるのにぃ」と女。
◇ ◇
高原州ブラーク城、朝が白んでいる。
マントを羽織ったオーレン・アドラー、橋の袂に近づく。
側塔のメルロンから、ひょこっと顔出す人がいる。
「ああ来たきた! アドラーさん、いま跳ね橋下ろしますから」
「トルンカ司祭、なんで貴方そこで待ってるんです!」
「いやぁアドラーさんが来る気がして」
朝食の席。
「おふたり、いつ此処へ!」とブラーク男爵。
「いや実は、早急に男爵のお耳に入れたい事が有りまして、ついほんの先程。ね? アドラーさん?」
「え・・ええ」
男爵、警備主任のヴォルフ君をちらと見るが、彼も肩を竦める。
「じゃ、アドラーさん。お願いします」
・・俺に振るのかよぉー。
「カウチェラード城の闇を見て参りました」
「見ちゃいましたか」
・・知ってるのか! って、当然か。当事者だ。
「あそこ・・法的に正しい婚姻で生まれた者が誰もいません」
「ええ、当代の御生母様はペアリル・ド・コーションという戦争捕虜の貴族女性で物静かな美しい方だったと記憶しています。修道院に去られて久しいとか」
「ご存じだったのですか」
「あの南北戦争に参陣拒否するまでは、チョーサー伯爵とはそんなに悪い関係では有りませんでしたからね。普通の隣人として交流はありました」
「庶子を嫡流と入れ替えたのは?」
「大公殿下の指示です」
「いいんですか・・そんな適当で」
「異議申立をする他の相続人がいませんから」と、トルンカ司祭。
「まぁ、家臣団の求心力は衰えるでしょうが、敗戦の方に相当の因果関係がある。微々たる影響ですよ」
「ずっと引き籠っておられるのは、矢張り顔を隠したいのでしょう・・彼は先代と似て居ないから。似ているビヨン世子の成長を待つ積もりが、此方は引き篭もりの方も似てしまった」
「男爵、ビヨン世子が先代の息だと言うのは?」
「本当のことは実はよく分かりません。『回数から言って親狒々の方かなぁ』ってアウグスタが・・あっと」
「男爵って・・ポロッと漏らしちゃうタイプですね」
「故アンドレアス伯の御令嬢はアウグスタ様と仰るのですね」
司祭、棒読みふうに。
・・御令嬢?
「現状、婚姻による法定後見人としてチョーサー伯爵ポルクス殿が旧アンドレアス伯爵領を占有管理していますが、正しくは伯爵令嬢アウグスタ様の固有財産です。従いまして令嬢の実子ならば事実婚の子でも相続可能です」
・・なんか司祭さん、ぱったり『伯爵夫人』って言わなくなったけれど、それで通す気かな? もう三十代後半だろその『お嬢さん』。
「チョーサーの当代伯爵ってポルクスって仰るんですか。なんか豚みたいですね」
「私の滑舌が悪かったでしょうか。"L"と"R"の違いで全然似てないと思いますが。ちなみに元の名前はカストルなのですが、カストル液という下剤があるので名前を変えたという噂があります」
・・それ、ぜったい嶺東で聞いた噂だ。
「それは良いとして、ゾーティン男爵ジュラ殿が旧アンドレアス伯領を相続という話が出ますと、これは異議申し立てが出るでしょう。令嬢の実子ならば、もう一人居ますので」
「そりゃそうですね。彼は弟のものを取り上げる・・というか取り返すのが人生の悲願みたいな感じですよ」
・・顔で実の母親に差別されるって可哀想すぎだが、その母親も親狒々子狒々の三匹に蹂躙されちゃった少女(当時)だから、感情移入が難しいな。
「父方の財産を兄が、母方のを弟がという分割案は世間常識的には可訝しくないと思うのですが」
・・あの坊ちゃんには通じまいなぁ。頭が真っ白か真っ赤か知らんけど、きっと何かやらかすよ。
そこまで狙ってたら是の司祭さん、見た目真っ白で中身真っ黒だったりして。
青鬼マッサの息子、違ったタイプでやっぱり怖いと思うアドラーであった。
続きは明晩UPします。




