188.覗きに行って憂鬱だった
アグリッパの町、東門外の船着場。
ルファスとメリダ、向かい合わせに立って手を執り合う。
「都まで川を遡って一泊二日。雇い主に速報を入れて、直ぐ仕事の続きに掛かると言って飛び出す。戻って来るのに丸一日だから、最速で明後日の夜に逢える」
「ふた晩は独りで我慢するわ」
抱擁して船出を見送る。
◇ ◇
「ふた晩も独りでない」
「そう。わたしたちと同室・・」
遠くで様子を窺っている三人の仲間、夜明かしだった模様で目が赤い。
「メリの持ち物の中に、きっとやらしい本ある・・」
「あるな、絶対」
「みんな・・仕事中寝るなよ」
「承知」
娘達、三方に散る。
◇ ◇
王都郊外、ポルトリアス家の下屋敷。
執事、伯爵と騎士ふたりに食後の飲み物を出す。
「いや、もう笑っちゃうレベルですよ。ここまで評判悪い人間が是の世界のどこに居るかって・・」
「笑うなよ。俺の事なんだから」
「いや、演出してるやつが居るのでしょ。全く心憎い手口ですよ。少しづつ情報を加えたり変えたり、全然ひとを飽きさせない」
「無理っぽい尾鰭つけない所とかなぁ。『成る程!』って納得させて来る」
「納得すんなよ、お前ら」
「辛いのは、殿にそれが否定できない事ですよ。否定しちゃったら皆は『それじゃ義兄殿の指図か!』とか『教会の意向なんだな!』とか、そっちへ行っちゃう」
「とんできた投槍避けると味方に当たっちゃう! ってやつだな。忌々しい」
「もともと盾役ですもんね。逃げたらあかん」
「しかし実際、俺が指示してないことをゼンダにやらせるって言ったら・・なぁ」
「そりゃ誰だって糞…どもが頭に浮かぶでしょうけど・・」
流石に騎士ダミヤンも口には出せない。アヴィグノ系過激派のことである。
「ゼンダは武装人集めに相当怪しげな連中を掻き集めて居った様です。粗製濫造の徒党集めに急ぐあまり、余計な入れ知恵をする者まで手元に置いて仕舞ったのでは御座らぬか?」
遠方まで聞き込みに行った騎士ディエーゴ、彼方でアヴィグノの過激派が可成り危い動きをして悲惨に潰されているらしい情報を報告しようか少々迷う。そもそも憶測だし、ここで味方同士に波風を立てるのも拙い。
「まぁ基本『受け流し』しつつ『切り返し』の策も練って行きましょう。
◇ ◇
騎士二人、廊下。
「ディエーゴ、さっき奥歯に物が挟まった口振りだったぞ」
「いいや・・メッツァナまで行って嫌な噂を聞いてね。それが引っ掛かっていた」
「糞…どもの話しか?」
「実は高原州の某伯爵家が嶺東と衝突寸前まで行った。結構な数の人死にも有った模様だ。それを裏で煽ってたのが糞ぼ…どもじゃ無いかって話」
「その結末は?」
「何も無かった事になって、煽ってた工作員っぽい男は行方が知れない。その翌月高原州が南岳教団に屈服した。某伯爵家は消えるかもって、町じゃ噂だった」
「何も無かった事に・・ってのが怖いな」
「村ひとつ消えたんだと」
「怖ぇよ」
「ヒーディック・ド・ボスコが、突然処刑されて河原で晒されてたのにも、関係がありそうなんだがな」
「どんな関係が?」
「糞…ども、ヒーディックとも接触していた可能性があるそうだ。手駒にしようと動いたから先手を打たれたんじゃないだろうか」
「あの人、大公さんの勘気を被り廃嫡のうえ追放されてたんだろ? 勝手に帰って来て復帰工作を始めたから大公のさらなる怒りを買ったんじゃなかったのか」
「俺もそう思っていた。だが、隠れ家を捜査したら色々ぼろぼろ出てきたとか」
「まったく、糞坊主どもが動くと人が死ぬパターンかよ」
「なんか嫌な予感してきた
「俺もだ」
◇ ◇
アグリッパ、西門。
若い助祭が入市審査官を勤める傍に『女子会』のディジーが居る。
助手として、こつこつと目の前の事務仕事に手を動かしている。
「助祭さま・・個人的な質問をしていいですか?」
「何です?」
「お口でコイトゥスするのは悪いことですか?」
「ぶわひゃ!」
「どうなのでしょう?」
助祭、冷静さを取り戻す。
「神様は人に『生めよ殖えよ』と祝福を下さいました。そしてブルヒャルト司祭の『贖罪の本』は、こう述べています。『婦人の口に種を噴出したる者は、三年の間贖罪すべし』と」
「つまり?」
「つまり、男が彼の妻と子供を産み育てる為に準備する事は正しく、己れの快楽の為だけにするのは悪いことです」
「なるほど。それで口に種を噴出するのが悪いことなのですね」
「納得できましたか?」
「・・はい」
ディジー、また暫く黙々と仕事を続ける。
「助祭さま・・また質問をしていいですか?」
「な・何です?」
「犬のように相手の背後からコイトゥスするのは悪いことですか?」
「ぶわひゃひゃ!」
「どうなのでしょう?」
「ブルヒャルト司祭の『贖罪の本』は斯う述べています。『犬のスタイルでしたら十日の間贖罪すべし』と」
「でも、彼が妻と子供を産み育てる為にする事ですよね?」
助祭、しばし考える。
「汝、犬であるより人間たれと・・」
「よくわかりません」
「ですね」
◇ ◇
ナシュボスコ東南。
オーレン道々考える。
・・チョーサーの伯爵夫人が意に染まぬ政略結婚で嫁いだ人という話は聞いた。そして伯爵のあだ名が『ゲーリー豚チキン』・・何となく世子の容姿をヴィジュアル的に思い描いてみる。
「いや、どっちも自分の息子なのに、容姿で偏愛ってのは良くないよな。気持ちは解らんでもないが」
先代伯爵については傲慢尊大自信過剰とか脳筋武者とか約束平気で破る奴とか、いろんな噂を聞いた・・あれ? いい噂が無いな。しかし当代殿については良いも悪いも全然聞かない。いや聞いたか『豚チキン』って・・まぁ風評だけだ。
つまり先代に就いては直接会った人の言う話だが。
まぁ良い。
見れば誰でも判る程度に『実の親子じゃ無い』と言うくらいだから、不倫で告発出来るのに、しない。どころか次男を実子として認知している。
これが・・離縁しないのが、夫人固有の自由領地を後見人として自由に出来なく成るから、であれば結構な豚狸である。
「どうなんだろう?」
離婚すると、相続問題が面倒くさいかも知れんな。
どっちにしても・・
「親の顔が見たい!」
カウチェラード城が見えて来る。
◇ ◇
アグリッパ、東門。
この門は審査官が複数いるのに、入市審査の行列がちっとも途切れない。三つの大きな列が出来ている。
助手の女子事務員は複数の列を掛け持ちで大忙しだ。
ローテーションが無いと不公平だと思っているが口に出さない性格のアナは一応『女子会』のリーダーである。
「おい、休憩入れないと潰れるぞ」
教会からの派遣でない警備統括主任が気を遣ってくれる。
主任に、審査官の一人が耳打ちする。
「どうも怪しい書類が散見されるんだが、不許可にする決め手が無い。奥の別室に連行して尋問したいところだが、この数では・・」
稍や敗北宣言っぽく吐息。
「更新不可の短期逗留ばかりだから見逃しているが、不本意極まる」
不満げだが我慢して居るのは、その偉そうな口調と飽食体型で正体の見当が粗方付いているからだ。
あの連中なら尻に火の点いた小心者だから、今さら此の市内で犯罪も犯すまい。若干の侮蔑も込めて『面倒くさいから見逃してやる』という態度だ。
高原州から夜逃げしてきた坊主たちである。
「はぁ・・徹夜明けにきついのだ」と、アナ。
◇ ◇
高原州、カウチェラード城。
「人勢まばらで警備はザル。よく泥棒が入らんなぁ。入ってるかも知らんけど」
オーレン・アドラー昔取った杵柄である。ひらりひらりと城壁越えて易々と中へ潜入する。
「ちょろい、ちょろい」
続きは明晩UPします。




