187.突然あれで憂鬱だった
アグリッパの冒険者ギルド、応接室。
扉の外から中を窺っていた三人の娘が、崩れ落ちるように倒れ込む。
気配を殺すプロの偵察屋が、存在感を丸出しにするほどに焦っていたのだった。
だが、ルファスの姿をひと目見て、口々に言った言葉・・
「許す」
「メリダ、幸せにおなり」
ルファス、寝物語に彼女の仲間の話は聞いていた。
・・それって俺が『イケてない』って意味だな。
いや、アントンさんみたいに女の方から寄ってくる人には及びもないが、これで今少し背が有れば、だいぶ違うと思う。いや低くはない。高くないだけだ。脱げば結構逞しいし、剣術だってスキルに特記出来る程ではないが同世代の中では頭一つ抜けている。
あれ? 俺って先輩に常に負けてないか?
「あれ? 彼、来てるの!」と聞き覚えのある声。
続いて、彼女がおづおづと顔をだす。
昨夜の『川端』亭にいた女性とは全く似ていないのだが、やっぱり彼女である。不思議な気分だ。
「明日、都へ報告に帰るんだけど、またすぐ来る。今度はゆっくり」
「メリディアーナ」
「え?」
「普段はメリダで」
「あ・・うん」
・・俺の名前は一つしか無いのが残念だ。
◇ ◇
ナシュボスコの町、入り組んだ石畳の路上。
オーレン・アドラーつらつら思う。
・・前の戦争で嶺東州に攻め込んだチョーサー軍は、殆んど全滅だったらしい。算を乱して潰走して来たが、州境まで辿り着いた者は僅かだった。その生存者らも『仲間を見捨てて我れ先に逃げた』と謗られ町を追われたと言う。
先代伯爵と二人の息子の遺体は州境に磔にされ、多くの将兵も同じ運命だったと云う。
それで、なんで今だに恨まれてんだ?
三男坊だった今の伯爵は、初陣に後詰めとして参戦する筈が遅参のため生き延び二度と再戦を挑まなかった。
彼が『親の仇を討てない奴に相続人の資格なし』と昔流儀の常識で謗られたのは恐らく町に残っていたのが出陣不能の老人と子供だけだったから、主に老人たちの意見だったのだろう。しかし変だぞ。もう戦える兵力なんて残って無かったのに。爺さんたち、呆けてたのだろうか。
通用口のような門の前、少年団が焚き火を囲んで喋っている。
横に腰掛けるオーレン。
「君ら、交代でずっと見張ってるのか」
「へへへ・・あの鉄門、実は錆び付いてて閉まらないんだ」
「誰かしら見てないと、ほれ・・」
すぐ隣接して在るグランボスコの町の城壁を指差す。
「・・浮浪者が入って来て、空き家に住み着いちゃう」
「棒切れしか持ってなくて、番とか出来るのかい?」
「剣なんて持ってたら余計な怪我させるじゃん」
「こうして誰かいれば余計な人は来ないよ」
なんか達観している少年たちだ。
「なぁ・・修道士さんと司祭さんと貴婦人の三人組の話、知らないか?」
「なにその変な組み合わせ」
「そう言やぁ変だな」
修道僧と司祭も変だが、無いわけじゃない。だけれど貴婦人がお供の衆も侍女も連れずに徒歩で突然って、無いよな、これ。
「俺の見たのは、なんだったんだ」
見ると軽馬車が一台、蘭燈点して夜道を来る。
「あ・きた!」
馬車には不自然に見目の美い若い男女と馭者ひとり。こんなの夜道を走ってたら瞬間的に強盗の餌食な気がするのだが、少年たちには知った顔のようだ。
「誰?」
「なんでも『取引相手になる鉱山ひとつ見つけて来い』ってお題をクリアしないと結婚させてもらえない手代と嬢さんカップルだって」
・・なんだその道々適当に考えたような設定は。
「おーい、ぼっちゃん達ぃ!」
いいとこの娘さんっぽい若い女性が手を振る。
やって来て、焚き火の脇にポットを置き、車座に加わる。
「あとは若衆宿に差し入れっ」
「お兄さんは初めて見る顔ね」と娘さん。
・・いや、こっちは何だか見覚えあるよ。あんたら、どっかでフィリップさんと会ってなかったか?
「ええ、カンタルヴァン家の小役人で、ゾーティン男爵に挨拶に寄った帰りです。ブラーク城までなら近いと思って、つい愚図愚図してたら日が暮れちゃって」
もう『嶺東州の間者さん』だと確信して味方アピールをする。
「じゃ、お兄さんも若衆宿に泊めてやるから、おいでよ」と少年。
セキュリティ無い町だな。
◇ ◇
アグリッパ冒険者ギルド、広間。
業務用デスクのウルスラ、顔に「若い連中はいいわねぇ」と書いてある。
「彼とは、どこで知り合ったの?」
「・・私、ディジーです」
素で間違える。
奥からルファスとメリダが出て来る。
ディジー近づいて、メリダの袖をひいて言う。
「今夜は用があって三人とも外泊する。部屋は二人で使うといい」
「三人とも急に、なんの用事ができたの?」
「男を探すことにした」
「は・・」
「んー。じゃ、寝床の予約はキャンセルしとくわね」とウルスラ。
「・・若い連中はいいわねぇ」
◇ ◇
ナシュボスコの町。
オーレン、馬車馬の手綱を執って石畳の街路を行く。
「そこを左ですわ」
普通の騎士の館だったところの様だ。
二人はもう顔馴染みのようで、離れを使わせて貰う。
「若衆宿って、ど田舎の風習じゃ無かったですかぁ?」
「チョーさんとこは先の戦争で秩序崩壊しちゃって、若い子たちが上位貴族の家にお小姓に上がる流れが止まっちゃったもんで、そのくらいの年齢になると男女別に集まって合宿してるんですよ」
「チョーさんとこ?」
「あ、チョーサー伯の縄張りだった辺のこと」
「女の子達の宿も、皆なで歌いながら刺繍したりしてて可愛いんですよ。そういうとこ見てると、南北対立なんて早く無くなった方がいいって思いますわ」
この二人、ぜんぜん間者っぽく無いなぁ。
「ビヨン世子さえキレないでくれたらなぁ」
「問題児なんだって?」
「成人してるから問題『児』って年齢でも無いけどね。それに言われてるより結構マトモさ。弟さえ絡まなきゃ」
「ゾーティン男爵が絡むと危い、と?」
「ま、理解らんでもない。恋人と作えた弟が母親の愛情ぜんぶ持ってきゃ、どっか壊れますって」
「それ、公前の秘密なんですか?」
「いや、誰もが顔見て一瞬で理解するレベル」
・・そう言やぁ美男だったなゾーティン男爵。
「ちなみに伯爵のあだ名は『ゲーリー豚チキン』」
「ああ、望まぬ政略結婚だったんでしたね」
・・『豚チキン』はわかる。『豚』は普通の罵り言葉で、チキンは軍事的挑発に乗らなかったから・・
「でも『ゲーリー』って何です?」
「彼が生きてる理由ですよ」
ますます解らん。
「彼、下痢してて出陣に遅刻したから戦死しなかったんです」
・・糞たれ野郎の豚で臆病者って、汚名大行進か。
「ねぇ、嶺東の衆って、どうしてそんなに彼らが嫌いなんです?」
「さぁ、嶺東人だから?」
和解の道は遠そうだ。
◇ ◇
アグリッパ市街、中の下くらいの住宅街。『女子会』四人でシェアしている部屋。
「女の子四人で暮らしてる部屋って、今まで知らなかった世界っぽいな」
「まぁ、女の子らしさの北の最果てかも知れないけど。わたしたち過度に素朴なもんで」
「気を遣わせちゃったかな」
「いいえ、彼女ら絶対今夜は覗きに来ます」
「え!」
「ほら、そっちの道のプロですから」
「・・で?」
「思いっきり見せ付けようと思って!」
「・・え・・え?」
「だって今までみんな、男のひととか興味なさ過ぎだったんだもの。この際、いい機会なんで、どぉんと刺激しちゃうのも悪く無いかな・・って」
この世界、一般に十二歳で親離れして二十一歳で成人。これ、後見人が居るなら法律行為の出来る年齢と、後見人なしに出来る年齢である。騎士以上はスタートがもう三、四年早いが、古い習慣が残っているのだろう。
十二〜二十一を三年刻みに節目がある。
『女子会』のみんな、この第二ターン酣だ。
メリダ、唇に紅をさすと俄かに妖艶になっていく。
続きは明晩UPします。




