186.外堀埋まって憂鬱だった
ナシュボスコの町、ゾーティン男爵の屋敷。
修道僧の黒衣を纏った大柄な男が嶺南候、もう一人の司祭がフェンリス卿。
カンタルヴァン城で逢った面々である。端正な顔立ちの青年と対面中であった。
「来たの矢張り彼でした」とファルコーネの女城主、まだ手を離してくれない。
「早々の再会で有るな。話が早い」
・・いや、早すぎである。
「男爵さま、カンタルヴァン伯の懐刀オーレン・アドラー殿ですわ」
「ゾーティン男爵ジュラ・アンドレアスです」と青年。
「斯様に既う母方の姓を名乗っておられ、カウチェリ氏族の棟梁は継がれぬと言う御意志。ちょっと微妙ではありますが、わたくしたちも嶺東州バッテンベルク家の盟友としては都合が良いとも申せます」
・・カウチェレって、チョーサー家のことか。
「チョーサー家と関係改善を図るか否かの判断は、極力バッテンベルク家の意思を尊重したいですからな」と、司祭服のフェンリス卿。
彼の故郷のトルンカ村は古い祠に公民館がくっ付いたような建物で近所の在家の小母ちゃんが堂守みたいな事してるだけなので、彼が一応ちゃんとした教会とかを私財で建てれば『トルンカの司祭』というのも出鱈目な偽名じゃなくなるのだが。
「故アンドレアス伯の御息女も健在であらせられるし、一層伯爵家を再興為るなら不穀も協力を惜しまぬが」
「有難う御座います。時節至りますれば其の時は何卒お力添えを賜りませ」
「時節は大事ですね。嘗て離婚訴訟で亡んだ国もありますし」
「あら、そんなの不要ですわ。一代置いて襲位など珍しくもありません」
「あ、余計なことを申しましたね。兄弟でそれぞれ父方の世襲領と母方の世襲領を分割相続するのは、確かに屡くある事です。しかし当代の伯爵殿は確か襲位なさる前・・婚姻時点から、夫人の後見人としてアンドレアス伯爵領を占有なさっていた訳です。ならば夫人の同意のもと、未解決だった戦時賠償の一部として侯に譲渡しそれをゾーティン卿に授封するという形で、相続の問題をクリア出来ませんか?」
・・あれ? 司祭さん、微妙に言ってること変えた?
◇ ◇
アグリッパの町。
赤毛のルファス、考え事をしながら歩いているが、彼女が出来て少々浮ついてもいる。
それで走ってきた少年を避け損ねる。
「いでッ! 兄ちゃん、ぼやぼやすんな。田舎もんかよッ!」とベン、走り去る。
「失敬なやつだな。俺は生まれも育ちも京の錦小路だぞ」
場所はいいが育ちは良くない。
さて・・退役傭兵共済会と連んでいると云う探索者ギルドとやら何だかクサいんだけど、どちらかというと常連客中心のシノギらしく、あまり接点が取れない。国都の医薬ギルドに出入りしてる店舗を持たない技能者グループと同じ部類らしいが、何か秘密結社臭さが有って、つい敬遠したくなる。
「そろそろ正攻法で、冒険者ギルドに顔を出して見るか」
駅馬車ギルドや旅館業組合の近くだと聞いた。
行って見ると、全国的に言って大きなギルドだと聞いていた割に、人がいない。
仕事がスムースに流れていて滞留が無いのかも知れない。
「国都のギルドの者です。依頼でこっちに来たんで、草鞋脱ごうと思って」
仕事で来ていると言うと求職活動中にならないので折角の三泊無料宿泊の特典が使えないが、ここは正直に行く。
「それは、お仕事頑張って下さい。あなたの守秘義務に抵触しない程度にお仕事の内容をお話し頂ければ、当方も情報提供協力が出来ます。自己判断でどうぞ」
万が一にも彼らが、国都近郊の『バラケッタ村』を知らないと藪蛇な情報漏洩になるが、まぁそんな地理オンチの冒険者ギルドも有るまい。
「国都近郊のバラケッタ村に此方の州で指名手配中という『ゼンダ・バラケッタ』の親類がいるようで、縁座の可能性を非公式に調べたいと」
「続柄は?」
「依頼主は名前から・・『自分の従兄弟ではないか?』と懸念なさってまして」
「それでは、秘密裏に情報収集してみます」
「それでは夕刻に戻りますので、寝床の予約をお願いします」
◇ ◇
ルファスと入れ違いに、奥からマックス出てくる。
「わりとストレートに探って来たな」
「どうなさいます?」
「夕方に俺が会う。ストレートに来たから、ストレートに返そう」
「なんで穿った情報収集じゃないとお考えですか?
「昨夜会った。普通にナンパしてて、特に情報収集はしてなかった」
疑われなかったルファス君、やってて良かった。
◇ ◇
ナシュボスコの町。一同、ゾーティン男爵邸を辞す。
「それじゃあ我々は一旦メッツァナに戻ります。一国の主がそうそうお忍び外出も有りませんし」
「良いではないか」
大殿様が気楽そうな物言い。
「アドラーさんは?」
「私はせっかく此処迄来たら、チョーサー伯の顔くらい見てから帰りたいですね」
「それならば、今夜あたり嶺東州の間者さんが来る気がするから、夕方まで居ると宜しいですわ」
なんだか、ざっくりした事を言う貴婦人。
そう言い置くと、三人すたすた行って仕舞う。
「あの人たち・・歩きで帰るのか?」
・・そう言えば町の入り口の少年団、金貸し以外のよそ者が珍しい、珍しいって言ってたな。
俺より先に町へ来てたあの三人を見てない・・のか?
どう見ても相当目立つんだが・・
「特にあのお尻とか」
オーレン、つい普通ならば口に出さない方の台詞が迂闊り声に出たのは、必死に考え事をしていたからである。
・・やっぱり司祭さん那のとき『離婚』とか言いかけといて急に話を変えたのはお尻の貴婦人に然りげ無く釘を刺されたんだよな・・あれって。
今度は黙って考える。
きっとそうだ。此方が男爵たちの実の親子関係を未だ知らない可能性が有るから『不要』って単語を使って制止した。
だんだん声に出て来る。
「けれど、その後に言ってたこと・・チョーサー家に戦時賠償を要求して、それを弟の方に渡すって策は本気でやりそうだぞ。あそこの家に相続争いを始められたら今ひと揉め始まりそうだからな」
・・いや、チョーサー家どうするかは嶺東の衆の心情次第で、その結果によっちゃ火種に使おうとか考えてそうで怖いぜ。
どうやら彼の頭の中でも、嶺南人は戦争大好き魔人のイメージが根強いようだ。
◇ ◇
アグリッパの町、ルファスが冒険者ギルドに戻って来る。
受付のウルスラ目敏く見つけて声を掛ける。
「ギルマスがお待ちです」
奥の応接に通される。
「やぁ、ギルマスのマックス・ハインツァーだ。昨夜逢ったな」
「国都ギルド所属のルファスです」
・・げ、大道芸のおっさんじゃ無かった。
「ちなみに隣に居た爺さんは市の警備局長だ。最新情報も有るぞ」
「お世話になります」
「結論から言うと五里霧中だ。まさにあの違法武装人連中を雇った七家族の公判が始まるとこだ。首魁にゃ余罪が出てくる可能性が多分に有るからな」
「そういうタイミングでしたか・・」
「これは取扱注意の情報だが、あの連中を密告した勢力があった。その連中とあの連中のバックに市内で戦争始められるのが、当局としては一番イヤだ。当然ながら更に上の教会さまとしてもな。なんせ此の町は、敬虔な善男善女が全国から集まる平和な門前町だからさ」
「と言うことは?」
「つまり『余所者と余所者の喧嘩は他所でやってくれ』だ。これからの公判で何が飛び出すか分からない不安もあるが、せいぜい故郷の村にはそぉっと私服の警官が行って、首魁野郎の潜伏先に心当たりが無いかとか聞き込みする程度だろう」
「その程度で済みますか?」
「約束は出来んが、それなりに偉い人の口から出た台詞だ」
「ご親戚も胸を撫で下ろすでしょう」
「ところで、うちの若い子と付き合うのか?」
「・・ええ、そういう約束を・・」
扉の外に気配が有る。
続きは明晩UPします。




