24.牽っぱる人も憂鬱だった
メッツァナの探索者ギルド。
役所街の外れにある小体な建物で、もと市の分庁舎であった。
ディードリック、状況の把握に努める。焦点は南岳派の進出状況だ。
「当市に来た御使者は、エルテスの修道騎士団とウスターのバッテンベルク伯爵が合同で委嘱した密偵で、冒険者と探索者双方のギルドに所属する南部貴族です」
「南岳教団のお人ではない訳か」
「世俗諸侯の陪臣身分のかたです。お忍びでの御来訪ですが、正式な使者の公印も密かに持参なさって居たとのこと。問題を拗れる手前で上手く収拾し、南岳の勢力拡大に繋げて行った遣り手ですね」
「行った?」
「既に当市を離れられました。既う次なる暗躍の最中でしょうね」
「南岳からは坊官や僧兵は見えて居らんのか」
「こちらから、然るべき地位の者が使節として参上する段取りだそうです」
「町を寄進する所まで一気に突き進む勢いのようであるな」
「大公殿下には軍費を供出して兵役を免除頂くような関係でしたもの。大司教座の庇護下に入れた上、修道騎士団に護って頂けるなんて有り難い話だから、ご挨拶に飛んで行きますよ」
「ヘルミオーネも、随分と情報収集が板に付いたようだな」
「政治の分からない暗殺者は所詮使い捨てにされるだけだから良く勉強しておけと教わりました」
「含蓄あること言う人ね・・」
「武人も同じことだ。時代の動きをよく見て置かんとな」
◇ ◇
「街に南岳の修道会士がぞろぞろ居たら如何しようかと思ったわ」
「うむ、『案ずるより生むが易し』である。悩まず備えよ、だ。これで山門の方に近付く者を警戒して居れば良い。追加の人手も取立てて要るまい。或いは見張りに少年達を雇うか」
「ねぇ、ディード・・あの若い子ってアサシンなの?」
「今時珍しい希少職であるな。昔取った杵柄で逆に襲撃防止の警備をしている者が多いと聞くが、密かに仇討ちや上意討ちを生業とする者は未だ居るだろう」
この世界、仇討ちと正当防衛は、正しい手続きを踏めば殺人罪に問われない。
刑罰として法的保護を打ち切られた前科者を、被害者遺族が闇討ちにするという事件も実は結構頻繁に発生している。だが、矢張り「職業だ」と公言してギルドに加盟する暗殺者は稀だ。まぁ、狐鼠り盗む空き巣より公然と奪う強盗の方が偉いと云う文化風土の所為も有るだろう。
「嘗ては傭兵団にも敵将の寝首を掻きに敵地へ潜入する隠密方などが居たがな。元々人目に触れる職種に非ずだ。今も諸国大名の幕下にて然りげ無く控えて居るのでは無かろうか」
「そりゃまぁ需要は有るでしょうしね。でも、あの子は?」
「ははは。実は絡繰が有ってな・・冒険者ギルドの仕組みを詳しくは存ぜぬのだが親方資格を取るには、実技試験合格と実績要件充足の双方が必要らしいのだ。殊に実績要件の難易度が高く、これは親方を増やさぬように調整しておるようだ」
「どこの組織も、上の人って・・しみったれね」
クレア、鼻白む。
「あれ? でも、あの子って冒険者じゃなくて探索者でしょ?」
「冒険者の職種中で、暗殺者には実績要件が無い。首級を幾つ上げたとか嘯く我ら傭兵の手柄自慢でも有るまいし、何人殺したと言う実績評価などギルドが評定するのは公序良俗に反しよう?」
「つまり実技試験一発合格狙いってこと?」
「冒険者として親方資格を取って了おうという計画ではないかな」
「そんなことが出来るの?」
「無理だな。試験官となる暗殺者マスターに出会えまい。多分ソードマスターよりレアだ」
「あははは」
実は近くに居たりする。
◇ ◇
レーゲン川、曳舟の坂。
瀧などには到底見えぬ程度の小さな落差を船が乗り越えるのに、夥しい曳舟衆が綱を引いている。
「なんで馬に曳かせないんでしょう」
「そりゃあ・・あれ・・?」
レベッカに言われてレッド、今まで抱いた事の無かった疑問だと今更気づく。
「・・働いてる人間が馬より安いんじゃないの?」
「力は牛馬の方が強いんだから、なんだか変ですわね」
「然だな。他人を過失致死させた者が遺族に支払う慰謝料の相場だと、馬を何頭か荷馬車ごと余裕で買えるな」
働き手を失った家族の生活が守れる。
大昔から有る決まり事だ。
但し、是れは『自由人』の場合であって『不自由人』の場合は所有者に弁償する事になる。だが命の値段自体は余り変わらないところが面白い。
「レッドったら、変なこと知ってるのね」
「冒険者の常識だって! 喧嘩の和解金には、潰した目玉から切った指の一本まで値段が付いてる。番犬を殺した弁償金とかもな。左いう『モノの相場』があらかた決まってなければ、荒事の手打ちが侭ならんさ」
「和解かぁ」
「和解の大事さは、アリシアが一番良く知ってる筈だ。仇討ちの無限ループとかは御免だし、法廷で両成敗の御沙汰なんか出たら最悪だ」
人命のお安い殺伐たる世界だが、それでも人は駄馬よりお安くはない。それでは牛馬に牽かせれば良い曳舟を、何故何ゆへに人が牽く?
「・・なぁ、低賃金の重労働でも、一応は食って行けてる訳じゃん。それを駑馬が仕事奪っちゃったなら、身元不確かな者の行く末って、スラムに流れて炊き出しに頼って、そのうちヤバい業界入りだぜ」
「ブリンさん、それ卓見」
「自慢じゃないが、まぁ俺も落武者から人生リトライして、市民権手に入れるまで結構長かったよ。都市は誰彼なく人を受容れられる訳じゃあないからな。逃亡した農奴は時効で隷属が解けるけど、前科者の前科は消えねえだろ? けども、前科は見てもそうそう見えねぇよ。だから郊外に身元不明でも働ける人足寄場をわざわざ作って、問題起こす奴じゃねぇかとか選別掛けてんのかもよ」
「なーるほど」
「一芸ありゃあ、冒険者にも成れるし仕官が叶っちゃう奴もいる。それが無いから体力勝負なのか、それとも息を殺して人混みに潜んでんのか・・見る人が見てるんじゃねぇのかなぁ」
大司教領の最果てだ。そうなのかも知れん、とレッドも頷く。
◇ ◇
『自由人』と『不自由人』の違いは、地主と小作人の関係に似ている。
その昔、部族制社会の時代のことだ。
と或る部族が他の部族に支配されたとき、負けた部族の自作農は土地の所有権を奪われたが、土地利用権はそのまま残った。自作が小作に地位ダウンして、地代を支払う立場になったのである。昔からの小作人は、又貸しを受けて小作をしている様なものだ。
そして負けた部族の人間は、自分の肉体の所有権も奪われ、体の賃借料を領主に支払って生きる。
土地も肉体も所有権が移転するだけであって、勝手に使われたりは無い。自分の体の使用権のため、使用料を取られるのだ。金銭だけの関係であって、鞭で叩かれたりはしない。
方言の違いくらいしか言葉の差もない同一民族の中に、身分格差社会が生まれたのは、こんな経緯だ。
こうした『不自由人』の実態は、『農奴』という訳語ではニュアンス的に遠過ぎ『体僕』と言う語彙でも「体を他人の所有物にされている」という意味で直訳的に正確な割にイメージが伝わり難そうだ。
古典古代の奴隷制とは全く違う。金だけの関係に近い。
もと自分の所有地だった畑を耕して、もと自宅だった家で家族と生活する彼ら。少しも奴隷と似ていない。
法が『自由人』の人権ばかりを守るのは『不自由人』への差別とは少しく違う。ようやく法が『自由人』の大半までカバーしたのだ。その法ですらが「どうしても双方納得しないなら、当事者同士で勝手に殴り合いして決着を付けてくれ」という祖法から軸足を離していない。
また『不自由人』が法的に保護されていないのかと言うと、それも否である。
『不自由人』を略取したり故意に殺害などすれば、罪状が窃盗や器物損壊なだけで死刑は死刑なのだから。
アイロニカルかも知れないが、この身分格差社会、意外と平等である。
◇ ◇
次第に流れが緩やかになって来る。
「船足も戻って来たな。あそこ! あの丘の向こうの直ぐが州境だ。ウルカンタの町はまだ先だが」




