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185.また出て憂鬱だった

 レーゲン流域、ゴブリナブールの宿屋。朝。


 シトヴァン、同宿の客にワインかエール一杯づつ奢って詫びを入れる。

「あー、君たち。ちゃんと逃亡者だって自覚持つように」

「すいません」と二人。


「特にジャンヌさん、貴女は顔まで変えての逃避行なんですよ」

 シトヴァンつい、くどくど言う。

「ごめんなさい。わたし・・顔しか取り柄の無い母そっくりの『頭からっぽ』娘なうえ、性犯罪者の兄譲りの好色一代女で・・」

「そういう自虐はいいから! 大人しくしてて下さい。特にえっちな言葉を大声で叫ぶのは厳禁です。」


「はい・・」と消え入りそうな声。

 ペーテルを見る。

「あなたも、彼女の顔が変わった途端に態度の変わる糞野郎めるでじゃなかったのは一応結構な事ですけど、大概に」

「いや・・平凡な顔の彼女もまた新鮮で・・」


「お前も変態か!」


                ◇ ◇

 アグリッパの町、某所。

 赤毛のルファス、『上京して来て都会の美女と目眩めくるめく一夜を過ごしたら、それが故郷に捨ててきた幼馴染だった』という夢を見て、目が覚める。

 まったくの非現実なのだが。彼、都の下町生まれだから。

 思わず、隣で寝ている女の髪を撫でる。


 女、ぼんやり目を開けてた閉じ、寄り添って来る。

 昨夜の女と別人な気がするが、これはこれで良い気もして抱き寄せる。


「なぁ・・俺、都がテリトリーで、下って一日登って一泊二日なんだけど、今後はちょくちょく来る。付き合わないか?」

 女、返事の代わりに触ってくるので、強く抱き締める。


                ◇ ◇

 国都郊外、ポルトリアス伯の下屋敷。


「とても・・まずいです」

「料理番に言っておくよ」

「朝飯が、じゃなくて当家の立場が、です」


「前からだろう」

「いや、また一段と」

 騎士ダミヤン、暗い顔して匙を置く。


「やっぱり・・スープ不味まずいか?」

「それは殿の嫌いな野菜なだけです。私は、情勢が旗色悪いから気分的に美味しく食べられないんですよ。宮廷のほう、また悪い話が拡がってるじゃないですか」


「女衒より、まだ悪くなってるのか?」

「それが『あっちのお偉いさんを金と女で買収した』から『青少年たちを誘惑して堕落させた』に悪化してます」

「男色とか、絶対に濡れ衣だぞ」

「そうじゃなくて『若者たちを女狂いにさせた』です。金持ちの馬鹿息子に不断ふンだんに融通して湯水のように金を使わせた上、好みの女を攫ってきちゃ差し出してたって辺りまで、そっくり露見してます」


「やってない! 俺は、やってない!」

「ゼンダ・"バラケッタ"がやってんだから仕方ないですよ。直臣がやってる以上は何も命じてないって言い訳は通らない。あなたが、やったんです。そう見られる」

「だよなぁ」


「なぜ今になって、そこまで話が出た!」と騎士ディエーゴ。

「たぶん馬鹿息子の親たちの裁判が始まるから、報道管制が解けたんです」

「ってことは、あの処刑されたクズ連中の親たちが、今度は裁かれる番か」


「じゃぁ当家うちに裏で何か要求して来るために発表を抑えてたって言うのは・・」

「こっちの身勝手な願望だったって事ですな。ほんとは富豪たちに『何か妥協案が出て来るかな』と思わせて油断させといて、一気に潰す策だった」


「その油断、当家うちが今してるのと同じ油断じゃないか」


「スープが喉を通らないほど気が重いけれど、まだ望みは有ります」

「それは?」


「ひとつ。これから始まる訴訟が市民の訴訟だって事です」

「つまり?」

「『国王陛下にしか裁かれない権利』を主張できる殿が相手だと、めんどくささが桁違いです」

「めんどいだけか・・」


「ふたつ。殿がゼンダに命じた証拠が有りません。証拠不十分で逃げられます」

「逃げるわけか・・」


「みっつ。南岳教団が強大化してます。アグリッパが従来通りの中立路線を守って行く方針なら、当家と喧嘩しても得が有りません」

「政治なんだから得が無けりゃ、腹立ったくらいじゃ何もせんかも、と・・」


「次は?」

「三で終わり。アグリッパに密使、送りますか? 必要なら行きます。嫌だけど」


「うーん、以前から俺が喧嘩する役で、義兄が丸く収める役。それで儲けて来た。俺は出ないのが良いって気がする」

「じゃ、引き続き様子見しましょう。私も行きたくないし」


                ◇ ◇

 ナシュボスコ、町の入り口。少年団みたいな数人が屯しているが、だらだらした姿勢以外は存外まともで人懐こい。

「お兄さんは、この町に何の用?」

「いや、問い詰めてるんじゃなくて、興味本位。だって金貸し以外は珍しいから」

「うん、珍しい珍しい」


 オーレン・アドラー、『お兄さん』と言われたのに気を良くして。余計な事まで答える。

「俺はカンタルヴァン伯爵家の下っ端役人なんだが、珍しく南のほうまで来たから当地のお役所に挨拶くらいしとこうと思ってな」


「お役所とか、ないよ」

「無い?」

「ここは男爵家とか騎士家とかって、ただ家が集まってるだけで、別にお役人とか居ないし」

「隣り近所の付き合いは飲み会くらい? そういうのの幹事なら居るよ」


「きみらは?」

「若衆宿の常連だよ」

 ・・若衆宿? 何だそりゃ。ど田舎の農村か?

 十歳すこし前くらいから親の家を出て、男女別に共同生活する風習とか、田舎のほうには有るみたいだが、ここは町だぞ曲がりなりにも。


「伯爵さんは?」

「別邸なら有るけど、居ないんじゃないの?」

「息子さんなら有る。伯爵家を出て新しい男爵家つくった人の屋敷なら有る」

「ふーん」


 オーレン、地べたに座り込んで少年たちと話し込む。


                ◇ ◇

 アグリッパ、某所。

 冒険者チーム『沈黙の女子会』が緊急で集まっている。

 沈黙していない。


「それで男も出来たと?」

「・・はい」

 沈黙する。


 沈黙が破れる。

「有罪!」

「有罪!」

「有罪!」

「あんた、その化粧! 教えなさいよ」

 冒険者「みなみ」ことメリダ・デューデン、揉みくちゃにされる。


「この化粧法の秘密を伝えるには、秘密の師匠のことを明かさねばなりません。

でも、それは出来ない相談です。シクシクシクッ・・・」

「ばかものっ! 『ならば聞きますまい』って言うとでも思ったか!」


「おーい! ねえちゃんたち! チコクだよぉ」

『下町血風隊』のベン、やって来る。


「夕刻まで散開ッ!」

 三人走り去る。


 残る一人に・・

「ねえちゃん・・誰?」と、ベン。


                ◇ ◇

 ナシュボスコ、町の中。


「ふぅん? 町の体を為してないかと思ったら、武家屋敷がたくさん団子みたいに固まってるんだ。これはこれで立て籠られたら始末におえない城砦かも知れない。へんな町!」

 騎士の屋敷と比べると一際大きい男爵クラスの館もいくつか有る。


「ちゃんと衛兵のいる所は・・と、ここかな?」

「えー、ゾルタン男爵のお宅はこちらで?」

「ゾーティン男爵の御屋敷だ。貴殿は?」

「カンタルヴァン伯爵の家中の者で、オーレン・アドラーと申します」


「暫しお待ちを」

 内部、なんだか妙にばたばたしている。

 奥に通されはするが、なんだか孤立した離れっぽい場所な気もする。


「あ・・この感じ、鉢合わせされたくない誰かが来てるパターンだ」と、ぴぃんと来る。


遠くで「あ! 困ります!」と言う本当に困った感じの声。


「ほーら、やっぱり! アドラーさんが来てた」

 と、なにが『ほーら』なのか解らない発言と倶に、一度見た者には二度と決して忘れられないお尻が出現する。いや、上の方に顔も乗っているが。

「これはレイディダーメ・・」

「まぁ! わたくしの何処が駄目なんですのぉ!」

 南部語で挨拶しないと不可いけない相手だった。


「若奥様が御来臨おいでと言うことは、もしや・・」

「もち!」


 オーレンずるずる引っ張って行かれる。


 応接間には予想通り、嶺南候の姿があった。




続きは明晩UPします。

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