184.じっと視られて憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス下屋敷。
執事アントンと騎士ドン・マルティネスほろ酔いで帰り、料理番のおばちゃんに夕食時の不在を叱られる。
驚いたことに、彼らの外出を知っていたのは彼女と、二人とも手を付けなかった夕食に有りついたメイド数人だった。
今回いろいろ困った事態を引き起こしている前御徒組頭の独断専行事件も是んな家風が招いてしまった事態だろうか。
懲りない二人、厨房から酒瓶を持ち出し裏庭で続きを始める。
◇ ◇
「さっき『代表騎士が弱ければ、もっと強いのを』って仰ってたじゃないですか」
「ああ。言ったが」
「そういう変更って、良いんですか?」
「騎士の決闘は戦争の縮図だ。自分たちの主張が正しいと宣誓する者である限り一門が誰を選ぼうと、その一門の勝手ではないか」
「同じ一門じゃなくても?」
「戦争で我が軍が弱ければ、敵と戦うには他の強国の傘下に入る選択も有ろう?」
「その国の支配下になっちゃっても?」
「敗戦国になるより益しならばな」
「そりゃあ、そうですね」
「市民の決闘は違うのか?」
「金次第で強い代闘者が雇えるんなら、裁判がみんな金次第になっちゃうでしょ」
「それも、左様だな」
・・まぁ実際、籤引きのガチャだったりするけど、皆がその抜け穴を探す。その努力に費用が掛かることを金次第でないとは言わないよ。でも、金で勝ったのとは違う。
「でも、そう言やぁ有ったな。家族と偽ってこっそりプロ雇った事件とか」
「それは如何なった?」
「露見て敗訴。プロは偽証したから腕切断」
「足掻かぬ方が良かったのではないのか?」
「足掻いて露見ない可能性が万にひとつも有るのなら、黙って敗訴するよりも醜く足掻くんじゃないですか?」
・・市民の係争が決闘裁判に進む場合といったら、双方とも調停に耳を貸さないほど感情的になっているとか、一方が証拠不十分を盾に逃げにかかっているとか。
要するにすでに泥沼の中だ。
「成る程。力で解決するとは結局左様いう事だろう。いにしへの『神は正しき者に力を貸す』という信仰が喪なわれ、権謀術数を尽くしてでも悪意が正義に克つ様になったのが現代の決闘ではあるまいか。知略あっての武力なのだから」
このひと、やっぱり現状肯定派だな。
「うーん、弱い人を決闘に出して来たっていう今のケースも『もう領地の割譲とか認めちゃって手打ちにしようよ』って派閥の人が非協力的だったから、とか有るのかも知れませんね」
「一族から自殺者が出たのを隠蔽する事には、一致団結しておったのになぁ」
◇ ◇
アグリッパ下町、『川端』亭。
マックスの前の卓上に腰掛けて脚を組んでいる若い娘、笑って言う。
「わたしって、強姦するのにも罰ゲームだと我慢して全身の気力を振り絞る必要がある女ですか?」
「いや・・要らん要らん」
目の前にある足首から一寸スカート捲って脹脛触ると強制猥褻で多分有罪判決の出る可能性のある世界であるが、これは女の側も誘惑しているぞと評決が分かれるかも知れない。
「ちょっと彼方ら良い加減におしよ。うちはそういう店じゃないんだから」と女将マルティナ。
そういう店じゃないから看板娘が誘拐された訳だが。
特にいま床に直接座っている赤毛のルファスからの仰角では一入である。とても女性の露出度が低いこの世界を、何処ぞの異世界基準へと換算すると、太腿の相当奥まで見えている状況に相当する。
ルファス立ち上がる。
「お嬢さん、お嫌でなかったら何処か静かな場所に行きませんか?」
「あら・・」
◇ ◇
二人、立ち去る。
「な・・なんだったんだ」と、マックス。
◇ ◇
メッツァナの町、『食い倒れ』街。
焼肉パーティが盛り上がっている。冒険者の小隊名でなく焼く肉を食いエールを呷る宴会のことである。
素人相手の護身術道場主ミリヤッド・バルマンが現れる。
「いやだ! 遅いから彼が迎えに来ちゃった!」とヴィオラ嬢。
「彼?」という合唱を掻き消すくらい賑やかにオーレン・アドラーが騒ぐ。
「おー! 彼氏さん? まぁ駆け付けの一杯目!」
どういう話術に引き込まれたか、あっという間に数杯飲まされるミリヤッド。
相手に応じた話題の抽斗の多さもオーレンの得意手。杯を渡すふりをして危害を加える暴漢の手口とその対応法などに熱弁を振るっていて、ミリヤッドがもう膝を乗り出している。
帰る機会を失なうヴィオラ嬢。
「それじゃ、お二人は新しい聖堂の落成式に祝別を受けちゃう第一号を狙ってるんだね?」
「うふふ」
・・そうだ、忘れちゃ駄目だ。こっちにも南岳派の聖堂を誘致しないと。帰ってヨーゼフ卿と相談しよう。ウルカンタの『リゾートでチャペル』計画だ。
オーレン抜け目がない。
◇ ◇
王都、宮廷の回廊の隅。夕餐の喧騒も聞こえない階段の蔭あたり。
「いったい彼は、なんて言って誘惑したんでやんしょ、ねぇ? 『あんたらは目が開くんだよ』かな、『新しい世界が見えるんだ』かな」
道化、にやにや笑う。
「未成年に見せたんだな」と某男爵。
「親を堕としたいから、まず子供を堕とす。ご立派な戦略でやんすこと」
「ひとの道を外れているよ」
「這い回る蛇の所業っす」
「計略で子供らを堕落させるって、並の女衒より罪深かかろう。それも、親たちを籠絡したいが為に」
「まさに蛇。捩じくれた欲望っす」
「幼な子を殺す悪行は聖母さまも許さない!」
「いや、そんな・・いたいけな子供じゃないっすけどね」
「同じ事さ! ひとの親にとっちゃ幾つに成ったって子供だろう。是の拙者だって疾うに成人は過ぎたけれども、親達は子供見るような顔するよ。拙者はその七人の親御さんが不憫でならぬ」
「不憫でも罪ゃ罪っす」
「否、彼等の情状を、とか云々する気は更々無いさ。ただ、親子の情に付け込んだ奸佞な心根が許せんだけだ」
「皆にも訴える!」
若い男爵、憤然として立つ。
◇ ◇
アグリッパ市内某所。
赤毛のルファスとメリダ・デューデン、臥所を共にして余韻のひと時。
早ッ!
いや、ルファスが、ではない。
「それで、さっきの看板娘さんが攫われたとき、真っ先に駆け付けたという訳か」
「でも駆け付けたのは、その退役傭兵さんと、さっき居た女将さんとの二人だから噂みたいに探索者ギルドが既う放蕩息子の隠れ家を知っていたとは限らないのよ」
「どうして?」
「むしろその隠れ家の場所は公然の秘密みたいに囁かれてて、女将さんの方が噂の場所へと先導したのかも。腕っぷしが強い男と一緒だから臆さずに」
冒険者「みなみ」ことメリダ、探索者ギルドに恩が出来たから庇っているのではなく、彼女らしい慎重さゆえの消極論である。
消極論とはもちろん。『恨み晴らし屋』が探索者ギルド内の隠密チームだという噂に対する消極論である。庇って黙っているのは『逃がし屋』が探索者ギルド内の隠密チームだという事実の方である。
「確かな話は、目撃証言によれば彼女の悲鳴を表通りで聞いてから退役傭兵さんが現場に踏み込んだってこと」
「つまり?」
「つまり彼女はほぼ生娘のまま無傷。せいぜい先っちょだけ」
「この辺くらいか」
「ううん、この辺くらい」
二人、いちゃいちゃする。
◇ ◇
レーゲン流域、ゴブリナブールの宿屋。
客室で独り、シトヴァン呟く。
「彼女の顔が変わっても態度が変わらないなぁ結構な事だが・・」
「・・問題無かぁ無いな」
廊下に出る。
宿屋の女将的な少女とばったり遭う。
「あの・・ほかのお客さんが・・少し静かにして下さいって・・」
「ああ、俺もひとこと言おうと思って」
見ると、あちこち開いた扉の陰から、凝とこちらを視る目、目、目。
「どうしよう・・」
続きは明晩UPします。




