183.さよならだけが人生で憂鬱だった
アグリッパ探索者ギルド。
受付デスクで腕組みしたイザベル・ヘルシング、その存在感がいや増す。
「それで、お望みは?」
冒険者メリダ・デューデン彼女を見据えて・・
「わたしの望みは、あなたの存在感です」
「ほぉ・・」
「スティリコ家のジャンヌさんが南門を通過した時、街に名高い那の女の輝く様な個性は影を潜め、道行く人が誰ひとり彼女と気付かぬ程でした。私たちが人混みに潜むときくらい」
「成る程」
「そしてイザベルさん、あなたは私たち知る所の密偵の完成形でした。闇の中では闇に消え、雑踏の中では背景に溶け込む。ところが最近のあなたは、溌と目を引く美女です」
「ありがと」
「わたしが考えて達した結論は斯うです。あなたは『開と断』の術を習得した」
「ふっ」
イザベル頷く。
「わたくしは或るお武家様から、飛ぶ鳥が落ちて来る程の殺気を放ったかと思うと倏忽に気配を断つ惻隠術の極意『開断開』の手解きを受けたが、到底も習得などは出来なかった。ところが、ある女性から化粧と着付けを習った時、わたくしなりに出来そうな事が見えた気がしたのです」
「矢張り、あなたでしたか」
冒険者メリダ跪く。
「弟子にして下さい」
◇ ◇
国都近郊、夕暮れの河原。
ピクニックのような飲み会をしている男二人。
「ひと前で自死しちゃって、後の始末はどうしたんです」
「立会人に口止めしても、服毒死した遺体は残る。仕方ないので・・」
「ないので?」
「拙者が斬った」
「は?」
「だから、拙者が斬った。斬殺死体にしておけば一見して死因が明らかだ。遺族や立会人と相談して、そのように口裏を合わせたのだ」
「んで斬っちゃったと・・」
「うむ、脳天からバッサリと。ああして置けば、誰も遺体に毒物の反応など調べる気にはなるまい」
「あ、そりゃ気に病みますね」
「いや、もう死んでるから痛く無かろう」
あ、そこは割り切るんだ ・・脳天から。
「あちらの親族衆も苦労して、少々無理な絵面だが、男の剣を握らせた。乱心して恋人を殺した決闘相手に打ち懸ったので斬り捨てられた事にしたのだ」
これで遺体を持ち帰って葬儀が営める。
「はぁ、その辺が立会人さんも妥協の限界でしょねぇ。女の手で武器を握ったのは不自然だけど」
一同、苦労したようだ。
その意味で『皆への当て付け』は成功したと言えよう。
頭は割れたが。
◇ ◇
アグリッパの『食い倒れ街』。
「いやぁ、パーッと行こう。お嬢さんがたには俺が奢るから。いや官費だ官費!」
「じゃ、折角だからウフーさん、俺にも奢ってよ」
「そう言やぁ左様だ。フィリップさんの情報で先が見えたんだから」
「今頃はバッテンベルクの人が伯爵本人の見極めを進めてるでしょう。噂どおりの腰抜け『豚チキン』なのか、ずっと臥薪嘗胆してる曲者なのか」
「あ? 鶏肉とレバも追加かい?」と店のおかみ。
「おう! どんどん持って来て!」とご機嫌なオーレン・アドラーである。
「ところでフィリップさん、その情報の出所は?」
「それが、ブラーク男爵さま本人がポロリと」
「んじゃガチだわ」
「あそこ、オレーグさんってマトモな人が居たよね」
「ええ、劇レアで」
「お客さん、豚はよく焼いて」と店のおかみ。
◇ ◇
アグリッパ。
赤毛のルファス、『川端』亭に辿り着く。
「すべて、ここから始まった・・はずだ」
中に入ると、もう結構混んでいる。
灯火の代金が値段にオンされるまで、ハッピーアワーのような感じである。
さっと一杯やってさっと帰るのが、通の常連である。
無論ちっとも帰らない人もいる。
クルツとマックスとか、それである。
「すいません大旦那さん、この若造にちっと詰めてやって下さいやし」
「ああ善いとも。混んでるときゃお互い様だ。マックス、そのでかい尻、八割まで縮めちゃくんねえか?」
「今月の予算縮めねぇで呉れんなら、七割まで縮めるぜ。ふんっ秘技!」
「あ、ほんとに小さくしやがった。どういう原理なんだ?」
「恥骨の中心にある既う十年は不使用な無用の長物を、思いっきり短くするとアラ不思議! 骨盤ごと小さくなりました」
「嘘くさい」
なにか幻術のようなものらしいが、実用性の有無がまったく見当つかない。
だがルファス、ちゃんと座れるようになる。
・・大道芸のおっさん・・とかかな?
「そりゃあ何という秘技だっけ?」
「秘技『縮尻』の術」
「何に使うんだ?」
「そりゃ座席が足んない時に決まってるだろ」
◇ ◇
座ったルファス、早速に情報収集を始める。
「この間の事件って、探索者ギルドの人が大活躍したんですって?」
「しいぃっ! そりゃ禁句だ」と向かいの席の男。
看板娘にちらと目線を遣って・・
「そいつにリュクリちゃん、ホの字になったが相手は国々を股にかけるプロ傭兵。今は何処ぞの空の下よ」
妄りに聞けなくなって仕舞う。
◇ ◇
そこへ扉が開いて、ぱっと光るような若い娘、突然おっさん連中蟠ろ巻く店へと入って来る。
「二度醸しの葡萄酒の発泡鉱泉水割りって出来る?」
「え! 似た感じの物なら作れるけど・・」と女将のマルティナ当惑気味。
「それを、おっきな玻璃の杯で飲むのが、メッツァナで流行りなんだって!」
「そりゃお貴族さま趣味じゃないのかい?」
「でも女の子に生まれて来たからには、やってみたいじゃない!」
おっさんの店でやらんでもいい。
なんとかマルティナ似たもの作って、リュクリィが運んで来る。
「これの飲みかけ、ぱぁんと投げて『何よ! 男なんてッ』て叫んでみたいわ」
「あ! わかる、それ」と、若い娘。
「すんじゃないよっ! 玻璃杯高価いんだからっ」と奥からマルティナ。
若い娘、マックスの前の卓上に腰掛け、杯の半分くらいを三口で見る見るあけて溜め息。
横にリュクリィ。
「うん、流行るかも・・うちで、じゃないけど」
貰ってひと口飲んで溜め息。
発泡水の泡の所為だ。
おとこ達、卓に掛けた娘の組んだ足の先に、足首が見えているのに固唾を呑む。
いやこの世界、女性の露出度が低いのである。
当のマックスだが、見知らぬ若い娘が眼前で足首を露出しているのを見て、ただ当惑はしていない。脹脛を想像しているので、仲々彼女の正体に思い至らぬのだ。
にやり微笑む若い娘。
「あれ? ・・お前って『女子会』の・・」
マックス名前が思い出せない。
◇ ◇
国都近郊、日の暮れた河原。
男二人、酒が切れたので帰路に着く。
帰り道。
「昔・・さむい北の地で、通り掛かりの余所者が農夫に『お前の土地が欲しいから決闘しよう』と言ったそうな。農夫は腰抜けと呼ばれて生きるより良いと、決闘を受けて死んだという。これ、強盗とどう違うと思う?」
「おんなじですね」と、アントン。
「違いは、正々堂々と戦ったか如何か。問題は、それを本人しか知らぬことだ」
「そんなの、見るひと次第じゃないですか」
「だから立会人を呼ぶようになった」
「毒飲んじゃった娘って『それ、公正なの?』って言いたかったのかな」
「かもしれぬ。拙者の方が彼女の男より圧倒的に強かったのだから」
「それ、不公平では?」
「もっと強い者を連れて来るのは自由だ」
「いればね」
「常勝不敗の戦士などおらんさ。偶々勝っている幸運な者がいるだけだ」
「そうかなあ・・」
「最強であろうと努力は欠かさぬ。だが何時頭を割られる側になるか誰が知ろう」
・・カルタの勝負みたいなもんか。
「商人だとて破産と紙一重で勝負するであろう。世界は決闘場、人みな代表戦士ではないか」
・・俺は世界が芝居小屋で、人みな道化の方がいいや。死なないもの。
あ、いつかは死ぬか。
◇ ◇
アグリッパ、『川端』亭。
マックス、長年不使用な無用の長物が短く出来なくなり、術が破れる。
詰めていた席に無理が出て、ルファスが落ちる。
まぁ、川で洗濯する女の脹脛を見て飛行術が敗れた魔法使いの話もあるし、花に嵐の喩えも有る。
続きは明晩UPします。




