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182.一発決まりでも憂鬱だった

 メッツァナの町、冒険者ギルド。

 応接室を覗くヴィオラ嬢とマリア。カナリス部長がやって来る、


「お前ら、覗いてんの・・あっちから丸見えだからな」

「見えてる?」

「あ、ほんとだ。手を振ってる」

「あの風格、業界の大物っぽいな」


「あれは、カンタルヴァン伯爵の側近やってるオーレン・アドラー。たぶん情報屋出身じゃ出世頭」

「ジョルジャ、知ってるの?」

「フィリップと尾行合戦やった。名勝負だった」

「ふーん」

 遠慮なく覗き続けるマリア。


                ◇ ◇

「まぁ・・正直、困ってるんですよ。あそことの付き合い方」

「うーん、メッツァナとしても、今後は重要な同盟者になる嶺東衆と因縁ありすぎですもんねぇ。悩みの種ではあります」

「ええ・・焼肉」

「! あれ、豚肉ですよ豚肉! わたし現場に居ました。ゴルドー名物の団栗豚を食べたんです」


「いや実は先日も、あの青鬼大将の息子さんがお見えになって『父は食べてない』って・・」

「ええ食べてません。人なんて食べてません。わたし、あの時に戦後の欠食児童で南軍の陣地からいい匂いがするもんで皆でふらふら行ったんです。そしたら俺たちにも食わしてくれて・・本当に豚でした。吊るして卸してるとこも焼いてるとこも是の目でしっかり見ました。人じゃありません」

 フィリップ結構必死になっている。

 それほど『嶺南人=人喰いオーガ』説は根深い。


 フィリップ自身『オーガと一緒に人喰った餓鬼ども』と、当時は未だそれなりに影響力の有ったヴェンド系騎士達から睨まれたもんである。居直って『ひと喰った悪餓鬼』軍団と名乗って貧民町を闊歩した。十代前半の頃である。


「え? 青鬼大将の息子さんがお見えに?」

「ええ、美男の優男さんで驚きましたよ。噂の撲殺兄弟の面影まるで無し。ありゃ御母上がよっぽどたおやかな美人さんだったのかなと、うちの伯爵様と一頻ひとっきり噂話で盛り上がっちゃいました」


「だいぶ接近しましたね」

「当家は良くも悪くも大公殿下の血筋。あのかたが買った恨みも流れて来ますけど親子二代掛けて大公を必死に諌めようとして来た実績を見ていてくれた人もいる。ですから、うちが在来系に寄り添える唯一の裁判官であるってのを生き残り戦略の柱にしようと、必死で売り込んでる訳ですよ」

「成る程」

「でも、やっぱり問題がチョーサー家との接し方に突き当るんですよね。あそこの世子、在来系の血も引いてるじゃ無いですか」


「でも、あそこのビヨン世子って、ちょっと爆弾だからなぁ」


                ◇ ◇

 国都郊外。

 執事アントン、ドン・マルティネスを誘って何処かに飲みに行こうと思ったのだけれど、ちょっと彼が目立ち過ぎる。鍔広の帽子を被ればいいと思ったら、却って目立った。

 都の下町の方は王党派の旗本奴が跋扈。バラケッタ村にも酒場はあるが御徒組の目に付く。

 結局、散歩に出て近くの河原に座り込む。


 焼き物のジャグに葡萄酒を入れた来たので、川に放り込む。

「少し冷やすね」

 

「お前の思う程には、気に病んではいない」

「病んでるでしょ」


「まぁ、実は少々こたえた。目の前で女が後を追うとは思わなかった」

「帰ってから死ねってんだ」

いや、男が決闘に負けたら其の場で一緒に逝く積もりで毒を用意していたのだ」

「だいたい人前で自死なんてまずいの分かってんだから! 他に遣りようってモノが有るでしょ。一人の時に崖から足踏み外すとか・・」

「親類たちにも物申したい気持ちが有ったのだろう」

「かれ一人にっ付けやがって・・とか?」


代表戦士カンピオンによる一騎打ちツバイカンプは全面紛争を少しでも穏やかに収拾するための伝統的な作法だ。それ自体に抗議したのだろうか? 一族みんなで突撃したかったのか? わからん。今さら聞けもしない」


 アントン、川から酒瓶を揚げて来る。

「そうそう、あなたを恨んでた訳じゃありませんって」

「いや、恨んでんだろ 目の前で男を斬ってるし」

「いやまぁ、そう言われりゃ左様そうですがね」

 酒瓶から喇叭で回し呑みする。


「然し男も無理して斬り掛かって来ず、剣取り落としたとき降伏するという選択も出来た。事実そうした対戦者は何人も居た」

「剣・・落っことしたんですか」

「斬殺すばかりが勝敗でもあるまい。構えた剣を跳ね飛ばし降伏を迫った」


「もしや、くっころ?」

「『降伏せぬ! とどめを刺せ!』と言われては、情けを掛けても侮辱になる」

「そう。男に言われても可愛くねぇ。で、やったら女も死んじゃった、と」

「迷惑な話だ」


 自分の常識を否定されて、戸惑っているのだろう。


「どちらかの男がひとり死ぬだけで領土紛争が起こらない。略奪も誘拐も、放火も無い。百歩譲って譬え決闘が犯罪だとしても、どんな犯罪だって戦争よりはましでは無いのか?」

「ああ、そりゃましですましです」

 ・・口喧嘩で解決すりゃ、更にましです。


 力の強い者が拳骨の力で押し通ることが此の世界の基本から引退してくれるのは未だ何百年も先の事である。


                ◇ ◇

 アグリッパ、南門。

「今日は暇だし、もう上がっちゃっていいよ。何かやりたい事が有るんだろう?」

「・・わかりますか?」

 審査官に見透かされて驚く『女子会』の仮称みなみ。

 この初老の助修士と余程相性が良かったのか、冒険者チーム『沈黙の女子会』の四人の中で格段と口数が多くなっている。この程度だが。


「・・お先に失礼します」

 一礼して去る。

 後ろ姿に助修士呟く。


「なんか知らんが頑張れよ」


「じゃ、俺も仕事あがろうかな」としゃがんでいた『下町血風隊』のベン。

「なあ、おじいさん。おれも字って読めるようになるかな?

「勉強すればな」

「・・ふぅん」


「そこの反古、持って来てみい」


                ◇ ◇

 仮称みなみ、真っ直ぐ町の探索者ズーカギルドに向かう。

 少し躊躇するが、意を決して中に入る。

 イザベル・ヘルシングの居るデスクへと一直線に進む。


 イザベル落ち着き払って・・

「冒険者ギルドのメリダ・デューデンさん、御用向きは?」

 みなみ、一瞬気押されるが、直ぐ気を取り直す。

「スティリコ家のジャンヌさんを南門で見ました」


「お見事。お掛け下さい」


                ◇ ◇

 メッツァナ冒険者ギルド、応接。


「食事・・行きます?」と、フィリップ。

「焼肉がいいな」


「お相伴いいですかっ!」

 と、戸口に隠れていた女三人、雪崩れて出てくる。


「あれ! きみ女の子か!」

「ん・・こっちが正体」


 五人で街に繰り出す。寂しそうなカナリス部長。


「ふぅん・・あそこのビヨン世子は突然なに始めるか分からない爆弾かぁ」

「損得に恬澹としてて功名心がある訳でもない。衝動的なのかも知れないが、利害得失では読めない不思議君です」

「厄介っぽいなあ」

「嶺南のひとたち・・『もうれパスしちゃうか』っていう空気」


「弟の方に、ゾルタン男爵って、いるよね」

「それが・・そっちの実の父はブラーク男爵じゃないかって話が・・」

「なにそれ! 一発それで決まりじゃん!」

「いや、あくまでも噂で・・」


「いやいやいや、パーッと飲んじゃおう!」


                ◇ ◇

 アグリッパ探索者ズーカギルド。

 受付嬢の座るデスクが、なんだか経営者のそれっぽい。


「スティリコ家のジャンヌさんを発見できましたか。お見事です」

 イザベル・ヘルシング、「みなみ」こと冒険者メリダ・デューデンに実に曖昧な笑顔で応じる。

「それで、お望みは?」


「実は最近、ある男に『ぜんぜん意欲は湧かないけど罰ゲームのつもりで我慢して強姦する』って言われて・・」

「そこまで酷く言われてましたっけ?」

「ご存知って!」

「其の男を始末したの、うちのルディですから」


 ・・ああ、そうだ。当然もう分かってるべき話だった。


「わたしの望みは・・」




続きは明晩UPします。

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