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181.ストレートでもフラッシュでも憂鬱だった

 アグリッパの南、隣り町シュトラウゼンの湊。

 スティリコ家のジャンヌ、額を怪我した恋人ペーテルを気遣う。


「のんびりする暇は有りませんよ。次の船で逃げます。遠くへ遠くへ。この世界の果てまでも」

「そこまでのお金は払ってないが」

「気分の問題です」

 しれっと答えるシトヴァン。


「ジャンヌ・・きみの顔・・」

「顔に惚れてたんなら此の町で女買っていい気持ちになって、明日はアグリッパに帰りなさい。この特殊メークを元に戻せる技能者がいる町までは、たっぷり一週は掛かりますから」

「いや・・すっごく無個性になってるけど、ジャンヌはジャンヌだ。愛する人だ」


「いいの? 顔はこんなで、頭はあの母親と同じくらい愚かで、そして性犯罪者の兄くらいえっちな娘よ」

「いや、三番目は特に良い」


                ◇ ◇

 アグリッパの辻、高札の下。

「なぁるほどぉ。恐喝・誘拐・人身売買常習の違法武装集団を鎮圧、壊滅させたが頭目ゼンタ・バラケッタは逃走中。情報求む。金一封・・」


 赤毛のルファス、話し言葉に近い俗語はほぼ問題なく読める。

 本格的な書き言葉は文法からして根本から違うのでお手上げだが、俗語だけでもルファスくらい読み書きできれば、市民の中でも教養のある部類である。


 だが、冒険者ギルドで『読み書きスキル』有りと言って申告できるのは公用文の『読み書き』が出来る者だ。まぁ多くの公用文にも大概俗語の添え書きが付くのでルファスでもさして不自由は無いが、アントンくらいだと伯爵の手紙も代筆できるレベルだから、立派な特殊技能なのである。


 人混みを歩きながら考える。

 ・・名前が『ゼンタ・バラケッタ』ってのはバラケッタ村のゼンタって言ってるのと同じだから、身元は割れてんだよな。

 アントンさんは『家族はいないが親類は有る』って言ってたから、役人どうしで連絡はついてるって事で、親類まで縁座喰らうか感触を調べてこいって意味だな。


 曖昧に言って深読みさせるアントンも、ちょっと黒い。


「高札で、絞首刑んなった七人のこと全く触れてなかったのは、そっちはそっちで常識って事か」

 ルファス、ひとに聞き聞き城東区北へ向かう。

 なんか気味悪い艮門が有る。


 だが門番の役人はいい人だった。

「ちょっと・・ありゃ見るもんじゃない。昼飯食えなくなるぞ。絞首台横の立て札書いた原稿があるから、そっち読めばいい」

 事務所内に通してくれる。


 受刑者氏名と絞首刑執行の趣旨を立て札に書いた原稿だから、風雨による損傷もなく読み易い。

「その七つの家の裁判も間近だ。法廷侮辱罪と平和破壊罪のダブルだから最低でも家門断絶と当主の死罪は動かんだろう。族滅まではせんと思うけどな。馬鹿なことしたもんだ」


 ・・誘拐犯一味は逃げた親玉以外鎮圧済み。上得意だった放蕩どら息子七人は門外でぶら下がってる。息子らを助けようと裁判妨害した七富豪はこれから裁判だが、お取り潰しは確定事項というわけだ。

「裁判妨害って、何したの?」

「開廷前夜に原告んちを襲撃させた」

「そりゃ馬鹿だ。警護付いてるに決まってんのに。松明に飛び込んじゃう蛾かよ」

「ああ、おつむの中は謎だらけだ。自分らは何やっても逮捕されないお貴族さまだとでも思ってたのかな」

「いや・・貴族だって逮捕されるだろ、それ」

 ・・うーん。俺様が金たっぷり持ってる権力者だったら・・そうだなぁ、処刑直前に死刑囚スリカエとかの大マジック系だな。


「原告んちを襲撃した連中がまた根性なしで、ペラペラ自白うたっちゃったんだとさ」

「なにそのホネ無しクラゲ野郎!」

「被害者相手に凄んで脅して泣き寝入りさせてた武装人アルミゲリの正体が、とんだカカシの兵隊さ」

「でも、お嬢ちゃん独り裁判前に逃げちゃったんだろ?」

「自主的に追放刑執行だ。お上も楽でいいさ」

「町一番の美女だったんだろ? 娼館送りの刑とか無ぇの?」

「おかたいんで有名な門前町に、そんなもんある訳ねぇだろ」


                ◇ ◇

 レーゲン川、南へ向かう定期船の船端に逃亡者カップルと、噂の『逃し屋』の姿がある。

 ペーテル、じっと彼女の顔を視る。


「不思議だ。同じジャンヌの顔なのに・・」

「醜い?」

「いいや。でも、すっごく地味・・」

「だぁから目立たない変装なんですってば」と、シトヴァン肩を竦める。

「わたし・・顔だけが取り柄で、頭は母そっくりの『からっぽ頭』で・・」

「しばらくの顔してて下さい」


「父が母のこと、とっても怒ってました『からっぽ頭』って。兄が逮捕されたとき『からっぽ頭』が沸騰しちゃって、あの男の変な献策に乗っちゃって・・」

「『あの男』って、ゼンタ?」

「いいえ、ジェラール隊長です」

「あ・・あいつね」

 シトヴァン、彼を某傭兵団に売却したときの『輸送』責任者だった。


「あいつの所為せいでしたか」

「彼が『今のうちに原告を拉致しちゃえば兄は助かる』って言ったらば、ママ友で集まってお金を払っちゃったんです。父は『からっぽ頭』に殺されるって・・」


「うーん、あれが決定打だったよね。その話、誰かにした?」

「あのとき見聞きしたことは、怖くて誰にも言わなかったけど・・事情聴取に来た優しい修道女さんには話しました」

 ・・優しい修道女さんって、もしかしてあの人かな。


「しかし、山賊ジェラールが破滅の引き金ひいてたか・・」


 いろいろ縁のある男だった。ルディの尋問を手伝ったので結構知っている。其処ここ知恵の働く男だったからゼンタも隊長に抜擢したんだろうが、奴はいかんせん田舎者だった。


 田舎じゃ、私兵団持ちの領主の土地でもなけりゃ、ささやかな自警団くらいしか無い。そんな地域で被害者が自警団呼んで、盗賊が何人か捕まったとしよう。さて明日には郡役所にでも突き出される。

 そんなとき盗賊仲間が何をするか? 仲間の捕まってる自警団の留置場を襲って奪回するか?

 否である。告発した被害者を攫って郡法廷に出廷出来なくする方が早い。

 少なくとも殺人現場とか目撃されていなければ、この手は使える。

 田舎特有の話である。


 あいつが他の悪人よりも、より悪人という訳じゃなかった。

 都会の常識に疎かったのだ。

 あいつが如何なったか、シトヴァン実はその目で見ているが、敢えて言わない。


                ◇ ◇

 メッツァナの町、冒険者ギルド。


「ふふふんふん ♪ 」

「帰って来てから、なんだか陽気ですね」と、マリア。

「前は陰気だった?」

「いや、それはちょっと違いますけど、あんまり陽気じゃなかったです」

「それ、陰気って事じゃないのよぉ!」

 ヴィオラ嬢、陽気である。


「そんなハイチュウな話じゃなくてですね・・」

「ハイチュ?」

「こないだ超美男の司祭さんが言ってました。なんか格好良かったんで、何となく使って・・」

「どういう意味?」

「さぁ?」

「わたしも、昔からそのくらい能天気だったら良かったわ・・って、ただもんじゃ無いの来た」

「来ましたね」


「お前もそのくらい読めるように成って来たかい。よしよし」


 しかしマリア、ひょこひょこ近づく。能天気なので。

「いらっしゃいませ。メッツァナ冒険者ギルドへようこそ! お仕事のご依頼ですか? お仕事をお探しですか? わたくし個人的には一流っぽい空気を纏った方が組合員になって下さったら嬉しいです」

「ちょっとマリア、攻めすぎ」


「あはは、こういう楽しい感じのギルドって、いいねぇ。で、フィリップさん、今いる?」

「はい。お客様のお名前を伺ってよろしいですか?」

「『ウフー』って言います」


 呼ぶ前にフィリップ、奥から顔を出す。

「おっ! これはお珍しい」

 二人、応接室に入る。


「いやぁ、チョーサー家との付き合い方、ちょっと相談に乗って欲しくて」

 ストレートに切り出すオーレン・アドラー。





続きは明晩UPします。

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