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23.女性職員も憂鬱だった

 ゴブリナブールの町、宿屋の一室。

 元騎士の冒険者レッド、荷物持ちブリンと寝物語。


 中年男二人で色気ないこと夥しい。

 フィン少年はうに就寝済みである。

 彼がいて色気があったら有ったで困るが。


「なぁ、兄さん。ダンジョンって知ってるかい?」

 ブリンは歳上なのに、レッドの事をこう呼ぶ。

天守閣ドンジョンの地下室のことだろ?」

「それが『伝説の上都シャナドゥ地下迷宮』みたいなダンジョンが、南部にあるんだってさ。噂だけどな」

「ううう・・冒険者の醍醐味って、そういう夢のある冒険だよな」

「風の噂じゃあ、南の方で一介のおっさん冒険者が莫大な財宝めっけて爵位貰ったとか、貰わんとか」

「夢があるなあ」


 御伽噺に聞いた南部の沃野がレッドの脳裏に拡がる。

 いつしか寝息が大きくなる。


                ◇ ◇

 大河モーザのほとり。冒険者たちが野営している。


親父おやっさん、このヤマって競争相手が多くって割が悪かぁねえの?」

「ふん、若ぇ奴は分かってねぇな。冒険者ってなぁ一攫千金狙ってて食えねぇから仕方なくバイトしてんだよ。手堅く手間賃欲しいんなら、左官屋にでも弟子入りしやがれ」

 そうは言っても、身元確かな嫡出の自由人身分でなければ入れないのが商工会系ギルドである。


 『嫡出』という条件には身分制度以前にあらゆる分野で支配的な価値が有った。教会言う『正しいひとは愛する伴侶と正式な家庭を持つべし』という、あくまでも正しい常識は、裏面で深刻な差別問題を生んでいたのだった。

 かれ、家督相続に見切りを付けたる貴族子弟から逃亡農奴まで、身分階梯に風穴を開けた冒険者ギルドというものの存在意義は大きいのだ。因みに伝説では、冒険者ギルドの起源は救国の英雄を扶けた出自怪しげな七人の仲間らしい。


「だいたい、支度金が出るなんてい条件は滅多に無いぞ」

「九割取られるって、割りが良いんですかい?」

「鋤の届く深さに埋まってるもんは借地人の財産で、それよりも深くに埋まってる全ては地主の財産だ。掘り当てた余所者ヨソモノの取り分は一体ナンボだ? 掘った日当のビタ銭よ。一割も呉れるってなぁ凄ぇんだぜ」

「そうなんすか?」


「ついの前だ。南の方の『ナイリソの森』だか何だかで、お宝が見付かったって噂で大騒ぎだったの知ってるだろ。あん時は、所有者の無い土地で宝ぁ見つけたら見付けたもんの総取りだから大騒ぎだったのさ。残念ながらガセだったけどな」

「あれ、ガセだったんすか」

「ガセったって、悪意のガセじゃねぇぜ。宝探しに一生を賭けた男の墓に手向けの古代金貨が何枚か埋められてたのが偶然掘り出されて、その話に尾鰭が付いて変な噂になったんだろうってさ。宝探し仲間が捧げたんだろ。哀しい話さ」

「いやそれ、ちょっと胸熱っすね。なんヶ月か食える値段の金貨を、惜しげも無く仲間の墓に埋めちゃうなんて」

「ふふふ。おメェにも分かって来たか。小金に拘ったら冒険者じゃねぇってな」

 そう言いつつ『親父』氏、酒精度の高い飲料の小瓶を啜る。


「魔女の話、聞いたか?」

「次々と、ひとが死んだ話っすか?」

「俺らの夢見る一攫千金の世界ってのは、大概が呪いと無縁じゃねぁからな」

「怖いっすね」

「魔女を倒すのに、仲間の過半数が死んだ。後日、戦闘で生き残ったもんらも呪いでバタバタ死んだ。それが、二十年も経ってから最後の生き残りたちが急に連続死し始めたんだと」

「連続死!」

「そして、魔女とそっくりの顔した女が町で幾度も目撃されたという」

「復活したんすか?」

「そうとしか思われねぇ。 ・・そう言う噂よ」


「結局・・全員死んだ?」

「呪いってなぁ怖ぇ。だろ?」


『親父』氏、酒を呷る。

「そんな、おっかねえ話も無く、一割も成功報酬くれるっていう是の話が、どんだけ美味しいか理解わかるか?」

「冒険者わさわさ集まる訳っすね」


 この世界、灯火代が安く無いので皆の就寝が早い。

 恋人たち以外は。


                ◇ ◇

 スカンビウムの町。

 食卓には、ほとんど具のないスープと薄切りの堅パン。

 早朝の食事は普通こんなもんだ。

 この二人組、逞しい男と並より可成りじょう玉の女の組み合わせなのに、夜の営みが無いので朝が早い。

「朝一番の定期船には未だ時間が有りますから余裕ですよ。仰って頂ければ小舟を出しますから」と、女給。


「メッツァナの町に着いたらば、兎に角すぐ探索者ギルドに行ってみましょ。人を雇うか如何どうかは別として」

「うむ。倫理規定が問題であるな」

 言葉少ないディードとクレアの朝食であった。


                ◇ ◇

 ゴブリナブールの船着場。

「おい、その生っちろい太腿と尻は隠しとけよ。男の子に見えて居ようが欲情する変態はいっぱい居るからな」

「レッドみたいに?」


「俺は違うぞ。お前が女だって知ってるから」

「いい女の太腿に興奮する?」

「するかっ! ガキに」


 嘘である。

 十五歳で嫁ぐ娘は少なくない。振り返って、初婚男女の年齢を見ると、男の方は三十路に手が届き女は十六、七というのが多い。

 ・・つまり俺が此女こいつと夫婦でも、別に世間的には可訝おかしくは無いんだよな。とか思いつつ、アリ坊の顔を見る。・・やっぱリ可笑しいか。

「レッド、なんだか笑い顔がいやらしい」

「いやらしいとは何だ!」

 アリ坊の頭を小突く。

 朝一番の船出である。


                ◇ ◇

 縦横に水路の通うスカンビウムの市街。デイードリックとクレア、宿から小舟で出発する。竿さす船頭に導かれ、緩やかな流れを下って行くと、大河レーゲンとは可成り高低差が有る。

 堰の傍らで軽舟を降りて、だいぶ石階段を下ったところが、メッツァナに向かう定期船の船着場だ。

 スカンビウムとメッツァナは徒歩でもく行き交う距離。泝流のぼりでも、帆走すればっと言う間である。

 直ぐ船便の始発駅であるメッツァナ港が見えて来る。

 埠頭に連なる倉庫街では、早い時刻にも拘らず、商業ギルドの出張所に人が多数集まっている。


「この町が大司教領になってアグリッパ並みに政治的な後ろ盾を得たなら、きっと凄いことに成るわね」

「探索者ギルドは役所街だ。行こう」

 メッツァナの探索者ギルドは、アグリッパから出した支店なので、もとより人的な繋がりが有る。規模は小さいが情報収集には良いだろう。

 二人、ギルドへと向かう。


                ◇ ◇

 ゴブリナブールを発ちレーゲン川を遡上するレッド一行。流れが急になって来て仲々進まない。

「下りは早いんだがな。上りは漕いでちゃ遡れない難所も有ってな、そういうとこは曳舟で進むんだ」

「曳舟?」

「岸から人が綱を引いて引っ張って、早瀬を乗り切るのさ」

「いかにもキツそな仕事ね」

「身元不問で働ける数少ない仕事だな。・・暗黒街以外じゃ」


「さっきから、ちっとも進んでなく無い?」

「ここいら暫くの間、船足はのろのろだ。それでも陽のあるうちにウルカンタには着くさ。着かなきゃ困る」

「困るって、どうなるの?」

「夕飯が食えない」

「そりゃ困るね」


                ◇ ◇

 メッツァナ、役所街の外れ。ディードとクレアがやって来る。

「アグリッパの探索者ギルドから来ている職員が居る筈だ」

 つかつかと這入る。

 ディード、大柄で目立つ風貌なので、職員がすぐ気付く。


「ベーテルギウス殿! これは、お珍しい」

 受付嬢と話し込んでいた少年が振り返って一言。女声だ。

「カサンドラにヘルミオーネ、久しいな。何やら政治情勢が大変な事になって居る様だが」

「ええ。市の当局がエルテス大司教座に急接近する動きで、アグリッパの影響力が後退していますわ。幸いな事にアヴィグノ辺りとは違って、両大司教座は険悪な仲じゃ有りませんから深刻という程でもありませんけれど・・」


「後ろ盾の差で力負けか」

「同じ探索者ギルド同士でも南部系の羽振りが良くなる惧れが有ります。ただでさえ冒険者ギルドの強い土地柄のところに進出して来ているので、いささか苦戦しておりますのに」


「苦戦?」

「こちらは専門性の高い技能者を抱えていますが、人材の総数では全然及びませんから」


「エルテスの大司教座は、こちらに誰か派遣して来たのか?」

「それが・・」と答え澱む女声の少年。



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