178.笑えなくって憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス伯爵家下屋敷。
執事アントン、御徒組頭セストにグスタフ司祭、折角お屋敷まで帰ってきたのに玄関に入らず、今しがた赤毛のルファスが座っていた石段に座り込む。
「単なる調査なら、外注すればこんなに簡単なのですな。今回の必要経費を仰ってくだされ」
「にも関わらず、ヘンツが腹心を乗り込ませ自力解決しようとした・・という事は司祭殿にも報告していない『ゼンタのやらかした、なにか拙いこと』を実弟ゆえに知っていた、のでは?」
「組頭どの、遺体の見つからぬ三人は、どういった者たちなのじゃ?」
「ヘンツ・ブルスの取り巻きの中で、特に粗暴な男がひとり入っております」
アントンが纏める。
「つまり・・ゼンタがアグリッパでやらかした、未報告の『決定的に拙いこと』を実弟ゆえに知っていたので『特に粗暴な男』を身分を騙って町に潜入させ、私的に尻拭いをしようとした・・と」
「それが彼方の逆鱗に触れて、暗々裏に六人も殺された、という事でござりまするかな?」
「何も抗議とかして来なくって、黙って六人消す。これはアグリッパ側も表沙汰にしたくない事なのでは? 遺体や遺品とかを届けさせたのは『黙っていろ』という警告で・・」
「確かにヘスラー伯爵は、名目的な封主のスールト候爵家を介してではありますがアグリッパ大司教の直臣のような近しい間柄で御座います」」
「ヘスラーから来たお役人は・・」
「荷車が臭いと怒っておいででしたから、村の衆にお小遣いをはずんで洗って貰いましたぞ」
「村の衆といえば、石工さんは?」
「ちゃんと墓碑銘も考えて依頼しときましたぞ」
「執事さん。話、逸れてねえか?」
「あ、そうだ。ヘスラーから来たお役人は、通行証偽造の実行犯を捕まえて縛っていながら豚肉の安売り価格で売って行ったし・・」
「いっそ晩酌の酒肴に茹でて貰えば良かったですな」
「遺体が御徒組隊士だって確認したうえで、脱走者だって言質とってったし・・」
「そう考えると、不自然に丸く収めようとしてるなぁ」
組頭、考え込む。
「つまり今回の事件、圧倒的に伯爵家が不利で、平身低頭詫び入れなきゃなんない状況だけど、あっちにもバラされたくない事があるって?」
「そう。それを交渉条件に持ち出したら暗殺者さんが団体様で来そうな事がね」
「おっかねぇな」
「アントンさん、見当はついてんだろ?」
「ええ。生還三人組の話ですから、ヘンツ・ブルスから聞いていたものであろうと思います」
「それは?」
「アグリッパの高位聖職者に、若い頃に妻子と別れて出家したかたが居たのです。ゼンタ・ブルスは、そのかたの息子を探し出して、金と女と悪い仲間を当てがって堕落の道に引き摺り込み、犯罪者にまで落として意図的に弱点を作り出したと」
「ひでえな」
「アグリッパ側はその聖職者を即刻追放して、その息子は絞首刑。ゼンタの仲間は一網打尽」
「即刻追放って・・もしかしてその聖職者さん、なんか皆に内緒でゼンタの要求に応じちゃったのか?」
「アグリッパ側が隠したがる事と言ったら、思い付くのはそのくらい」
「身内も躊躇なく切るとは、情け容赦もありませんなぁ」
「まぁその息子さんというのも、ある意味じゃゼンタに取られた人質みたいなもんでしょうに、絞首刑って・・。アグリッパ大司教座というのは柔和な平和主義者に見えて其の実、人質など取る者には決して譲歩しない妥協せざる人々みたい」
「やつらが平和主義者なもんですか! あそこは実は傭兵団を幾つも丸抱えしとる軍事大国ですぞ。南岳教団は強力な僧兵軍団を持っとるうえ更に南部の野獣までも飼い慣らしとるが、アグリッパだって少しも引けを取らん!」
「つまりアグリッパが無くなったら一番困るのは司祭さまのとこですよね。だって高原州じゃ、アヴィグノ派のお坊さん軒並みみんな夜逃げだそうです」
「絵空事ではありませんぞ。王党派の誘いで南岳の修道騎士団が上洛したら、そうなります。伯爵家もですけど」
「僕もかなぁ」
「おいおいアントンさん、『僕』って若者ぶっちゃって」
「いや僕、若いですよ。来年成人です」
「えー」
この世界、二十一歳の誕生日で成人である。
◇ ◇
屋敷の中。
「セストさん・・『ほんとの年齢は言わない方がいい』って、どういう意味だろう? 老けてる?」
下膳中のキッチンメイドが通り掛かる。
「あ、執事さん・・ぽっ」
「ねぇ、このところ連泊のお客様っていえば、ダミアン卿とディエーゴ卿と、あと誰だっけ?」
「えーと、離れのかたは、お名前存じません・・ぽっ」
「僕も伺ってないんだよね。どんな外見のかた?」
「大柄で無口なかたです。よく裏庭で素振りとか、なさってます」
「ありがとうね」
「いいえ・・ぽっ」
・・ドン・マルティネスか。調べてみるかな。
◇ ◇
高原州、カンタルヴァン城。
「来月の法廷、大変なことになりますが・・」
「どっと来たな」
国人衆からの提訴件数が半端でない。
「まだ簡単そうな事件が多いけれどな。ヴェンド系領主に相続人曠缺が生じている場合ばかりだ」
「ま、ちょっと姑息ですけど、州内の三伯爵のうちヴェンド系でないのは殿だけ。ここ一番、在来系国人衆から信頼される公平な判事としての評判を高めておきたいチャンスです」
「そのヴェンド系と在来系の軋轢の話なんだけど、チョーサー伯爵の二人の息子は両方の混血だろ?」
「ええ、今の伯爵は三男坊。後継者としてあまり期待されてませんでしたからね。先代は在来系の大領主から土地を奪うために政略結婚させたんです」
「だから俺一人が『ヴェンド系じゃない』っていう在来系国人衆の味方アピールは長続きしないよな」
「ですから実績を積むのです」
オーレン、一瞬口籠った後、続ける。
「これもちょっと姑息ですけど、チョーサー家は先の南北戦争の当事者で、嶺東のバッテンベルク家と今だに険悪です。嶺南さんの推しも無いんでは?」
・・今だに『焼肉食べてない』って拘ってるし。
「あそこ、ちょっと調べてくれる?」
むろん、焼肉のことではない。
◇ ◇
国都。またまた理由を付けて都心を訪ねる『青年』執事アントン。
冒険者ギルドに来る。
「あら、また来たの?」
「来ちゃ駄目かい?」
「ちょっと情報集め、頼めるかな? 西国で名の知れた騎士ドン・マルティネスの戦歴とプロフィール」
「決闘王ドン・マーチンって、それ『何を今さら』っていう有名人でしょ! あ・でも息子の方かな? 父を上回る逸材って言われてる・・」
「・・こりゃ、あの傾き者の旦那、危ないかな」
◇ ◇
レーゲン川を下る船。
赤毛のルファス、通り名になるくらい目立つ髪の色なので、頭巾を被っている。
だが気にし過ぎだ。ルフスという名前の赤毛の男は多いから。
川下りの船足は早い。もうヘスラーの浮き橋が見えて来る。
船客の囁きが聞こえて来る。
「こないだ、あの橋の袂で土左衛門が三つ揚がったんだと」
客たち、歌う。
”土左衛門! 土左衛門! ほんだらだったほーいほーい土左衛門 ♪ ”
船旅中に、いい神経だと思うルファス。
「その土左衛門、一人は口をぱっかり開いて叫んでる顔だから土左衛門A」
ばかかと思うルファス。
「二人目は舌べろ出してて土左衛門B」
ふざけんなよと思うルファス。
「そして三人目の土左衛門Cは・・」
なんでABCなんだよと遂に声を出すルファス。
「漏らしてて土左衛門C」
「死んだ人を嘲笑うなッ!」と怒鳴る寸前・・
「・・その三人、締め殺されてたんだと」という話が耳に入る。
・・ああ、確かに絞殺された死体の特徴だ。
「笑えねえ・・」
船客、誰も笑っていなかった。
続きは明晩UPします。




