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177.疑い出せばキリ無くて憂鬱だった

 王都近郊、バラケッタ村の中か外か微妙な集会場。

 明朝埋葬予定の三人の棺を前に、遺族と御徒組隊士が『見守りわっけの儀』。

 まぁ実際は酒盛りだ。


 王家と教会の軋轢なんて話は童謡にも出て来るくらいに常識だが、教会主流派の中心カラトラヴァ大司教座のあるカラトラヴァが西国の古地名に因んで付けられた割りと新しい地名だなんて、初めて知った。

 うちの殿様が、その大司教の甥の義弟という話も初耳だった。


「で、その虎女が凄いわけよ」

「虎女ですか」

「三十路半ば前後の小股の切れ上がった結構いい女なんだけど、それが酔っ払うと咆えるわ吼えるわ」

 酒癖悪いらしい。

「まぁ・・ポルトリアス伯爵家ってのは海賊退治で名を挙げた提督の家系らしいんだけどな、中身は海賊そのものなんだと」

 よくある話である。

「会って、酔っ払ってたら近づくなよ」


当家うちの殿様は、そんな海賊っぽくありませんよね」

「んまぁ優男だしなぁ・・あのお姉ちゃん見て育つと反対方向へと生きたくなるんじゃないか? クレルヴォの旦那みたいなタイプともいがみ合ってるし」


「つまり姉上って派手派手しくって・・押し付けがましくって・・豪快な感じ?」

「あんたそれ、クレルヴォ男爵の印象だろ」

「で、男が好き・・」

「そりゃ知らんけど」

「あの旦那、絶対あの小姓とやってますよね」

「お尻で・・かな」

「唇が気持ちいいって言ってましたよ」


 まぁ・・こんなのも夜中の酒盛りの話題である。


                ◇ ◇

 ブルス弟の取り巻きだった生還組三人、ひそひそ。

「これ、もうヘンツさん復帰の目は無いな」

「セストさんの騎士叙任も決まったって話だし」


 男爵もピンキリだが騎士もピンキリである。

 殿様がまだ健在だから未だ只の騎士でしかない御曹司どのも居れば、昔ながらの領地持ちで殿様から陣触れがあると郎党数騎と馬廻集を連れて旗を掲げて出陣するバナール騎士は、なんかの加減で爵位取りこぼした旗本である。騎士団で集団生活送ってる軍人っぽいのもいる。

 セストの場合は、よく言えば兵士層から抜擢されたエリートだ。

 洋々たる未来が有るような、大して無いようなと微妙な感じではあるが、一方で従弟のヘンツは落ちこぼれて仕舞った。


                ◇ ◇

 村から遠からぬ小さな森の中。ヘンツ・ブルスが野宿している。

 夜陰に乗じて自宅に戻り、なんぞ路銀の足しになる物でも有らば漁るかと思って居たが、集会場の明かりが煌々と点いている。

 あれは誰かの通夜の儀だろう。


「俺の失策で死んだんだ。俺に祟るのも道理だろう」

 なんだか達観している。

 だけれど、このまま無一文で流民になり果てるのも、兄への縁座で首級に為るのも大した変わりが無い。


 如何どうしたものかと思案に暮れる。

 いやもう夜中だが。


「うん? 誰か来た?」


                ◇ ◇

「あれが『通夜わっけの儀』だろう」

 深夜訪ねて来た墓掘人、そっと様子を窺うと、晩に訪ねて来た顔がある。

 そっと合図を送ると、執事アントンが気付く。


「夜のうちに掘らないとね。掘っていい場所を確認したい」

 墓掘人とアントン、二人で村外れの墓地へ行く。

 隊士は士分の端くれで村民ではないが、村とは長い付き合いなので村長が埋葬の許可をくれた。

 農奴もあちこちの地主から預かっていて、墓地には区別が無い。

 この村は、死んだら誰でも一緒である。


「執事さんは通夜わっけに戻って居てくれ」

 墓掘人、黙々と掘る。

 アントン暫くしゃがんで見ている。


「時に村人の遺骨とかも出てくるから、見てない方がいい」

「そうか・・」


 アントン、去る。


 入れ替わりに、ヘンツ・ブルス現れる。


「棺は三つか?」

「棺は三つだ。あと、遺品だけ埋める小さい穴が三つ」

「都合六人か」


「あんたは?」

「通り掛かりの者だ」

「通り掛かりの人に話す事でも無いが・・」

「人生誰だって通り掛かりのもんさ」

「そりゃ違いない」


「俺にも掘らせろ」

「そこに予備の鏟子スコップが有る」


「あんた、なんで掘る?」

「そこに地面が有るからだ」


                ◇ ◇

 夜が白んで来る。

 ヘンツ・ブルス何処かに消える。

 グスタフ司祭、やって来て静かに祈っている。


 やがて、ヘスラーの役人から借りっぱなしの荷車に乗って、棺が来る。

 どういう地獄耳なのかヘスラーの役人もやって来る。

 セスト苦い顔。これで故人らを「隊律違反者だが温情で殉職扱い」と公言せねば不可いけなくなった。まぁ、その言質を取るために朝早く来たんだろうが。

 ・・お仕事熱心で頭が下がる。鳩尾に頭突きを喰らわしたくなる程に。

 いや、ヘンツの大馬鹿者が『変装してアグリッパに乗り込もう』とか余計な事を考えなけりゃ・・

 色々考えているうちに葬儀は終わっていた。


                ◇ ◇

 ふと見るとヘスラーの役人、テンポウ助祭に縄打って連行している。

 ・・あっちゃぁ拙い。あの人、逮捕か。


「その者、なんぞ」罪でも犯しましたかな?」

 ・・グスタフ司祭、それ平然と聞きますか?


「いや、京の河原で欠食のわらわども、捕らえた豚を茹でて食うと言うところ、もしや先日こちらで見かけた人間ではと思い、2グルデンで買い求めて参った。この豚を買い取られるか?」

「いやこの男に2グルデンは、ちいっと高う御座らんか?」

「お買い取り成らずんば、今夜の酒肴に茹でてもう」

「1グルデンと12フェニングでは?」

「2グルデン」

「1グルデンと16フェニング」

「茹でてもう」


「はい・・2グルデン」


 商取引だった。


                ◇ ◇

 アントン、組頭、司祭の三人、報告に伯爵下屋敷へと向かう。


「ねぇセストさん・・ブルス弟って、なんで第三者雇って様子見にいかせず、ニセ身分証作ってまで手下をアグリッパに潜り込ませようとたんでしょう?」


 言われてセスト組頭、ふと立ち止まってしまう。

「おかしいよな。それを六人も密殺してるアグリッパ側も変だ」


「密かに消されるくらいやばい事をしに行ったと、いや少なくともやばい事をしに来たと思われてないと、六人も消さないんじゃないですか?」

「兄貴を救出とか、そんなレベルじゃないやばい事・・てか?」

 セスト、唸る。

「でもそんなこと、御徒組隊士の技量で出来っかな・・」

「セストさん、それを言っちゃあお終いよ」


                ◇ ◇

 お屋敷前に来ると、石段に若い男が座っている。若いと言っても精々アントンと同年輩か、一つ二つ下だ。三つは下でない。

 なぜ分かるかというと、そんなに下なら冒険者として州外で仕事が出来ぬから。アントン、最速で上の冒険者資格を取って来た口だ。見た目は少々チャラいが結構優秀なのである。


「アントンさん?」

 国都のギルドともなると同じ組合員でも面識の無い者は多い。アントンが好んで長期契約を取ってきた所為せいもあるが。


「赤毛のルファスです。注意点は?」

「あっちで指名手配犯のゼンタ・バラケッタが此処の村の出身だ。家族は居ないが親類は有るので、類が及ぶ可能性とかが探れればベスト」

「じゃ、慎重に行きます」

「あっちで高札が立ってるから判るが、だいぶ人死にが出ている事件だから慎重が上にも慎重にな」


「ひょぉぉ〜! じゃ、行ってきます」


                ◇ ◇

「このように、様子見程度なら第三者を立てて簡単に行く依頼なんですよ」

「いや、冒険者とか知らない者には想像も付かないんだけどなぁ」

「でも、グスタフ司祭もテンポウ助祭も、冒険者ギルドまで辿り着いて依頼出してましたからね。執事急募の、ですけど」


「なぁ・・消されちゃうくらいやばい仕事しに行ったって、やっぱり人を消しちゃうくらいやばい方面の仕事なのかな?」

「まぁ『目には目を』的に考えると、そっち関係かも・・って考えちゃいますね」


「やっぱり、決定的にやばい証人さんとか?」

「それが御徒組隊士に出来るかどうかは別として、やりに行っちゃったとか・・」



続きは明晩UPします。

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