176.男でも女でも憂鬱だった
国都、ギルド街。
手工業者から海運業者まで、あらゆる分野の組合が軒を連ねる。
冒険者ギルドも有る。
「ちょっと彼処とは喧嘩したくないわね。アグリッパとメッツァナって二大協会がスクラム組んでるから、中央連合会も腫れ物触る感じよ」
「なにも喧嘩する気は無いさ。彼方が外に出しても構わないって情報を拾って来て呉れりゃ恩の字だ」
今はポルトリアス家の執事アントン、夜のうちに私物を取りに行くと言い繕って古巣に来ている。
「しょうがないわね・・。度胸のあるやつ見繕っとくわ」
色男は得である。
◇ ◇
「ついでに、顔が売れちまう前にしか出来ない事もやっとくか」
セストから聞いた、王党派旗本奴の溜まり場に顔を出す。
「なんか軽食とワインくれる?」
ベーコン入りのキッシュとか出て来るので、何食わぬ顔して何か食う。
「いつもは奉公人ばっかりだけど、今日は偉い人が来てるからご注意」
主人、小さな声でぼそっと耳打ち。
見ると、陣中で一番槍でも争いそうな伊達男が取り巻き連に囲まれている。まぁ体格からして庶民と違う。
ぱっと目を惹く容姿の色小姓が側に居る。
「せっかく美男の偉丈夫なのに、趣味はそっちか・・」
「あちらさん、ドン・マルティネスを呼び寄せて逗留させてます」
小姓、ハスキーな声。
「ふん・・切り札ちら付かせるとは気が早い。内心相当焦っておるな」
「いや、密かに隠し持ってる積もりでしょう。毎度の脇の甘さです」
「南岳派が高原州を席巻したと言っても彼処は民族問題もある。地歩を固めるには月日を要そう。なのに奴らの浮き足立ち振り、滑稽である。加えて中立派にも頭が上がらなくなった。何かと陛下に楯突くアヴィグノ派の坊主たち、青菜に塩で実に痛快だぞ」
「惜しいっ。野菜の喩えで坊主らの生臭さが伝わりません」
聞いていて思わず笑ってしまうアントン、話を聞いていたのが小姓に露見る。
◇ ◇
嶺南、エリツェの町。
丘の上の修道院がまだ工事中だ。
「ここ、だいぶ古けてたんだけど火事になっちゃって、この際だから大改修なの。あっちは施療院になる予定なんだけど内装が未だでね。でも広さが丁度だし寝台も揃ってる。それで特別に借りちゃいました」
「今夜は此処泊まりかぁ」
ディア、小声で囁く。
「遊郭街、すぐそこよ」
品の良さそうなおばちゃんが出て来る。
「尼僧院長さん?」
「違うわ。今日ここを借りる口利きして下さったかた」
確かに服が尼さんと似てるけど違う。
「皆さん。新しいお仲間は歓迎よ。ゆっくりしていってね」
「なんだか軍人みたいに簡潔な挨拶する小母ちゃんだなぁ」
それも違う。やたら訓示の長い司令官は多い。
続いて結構豪華な夕食が出る。
「ねぇミュラくん、あのフェンの剣下げてる向う疵くんが、彼のお気に入り?」
「ええ。彼の事は、ロドルフォさんも気になってるようです」
「手紙でね・・あの剣、気に入ったようなら上げちゃっても良いって」
「ちょっと妬んじゃいますね」
手紙なんて何時届いたんだと不審に思うミュラ。
◇ ◇
国都の下町、王党派旗本の従者たちが根城にしている酒場、今日は何故か派手に傾いたお旗本が取り巻き連れて来ている。
小姓の冗談にくすりと笑うアントン。聞き耳立てていると露見る。
だがこれ実は、あわよくば会話に混ざろうという魂胆である。
・・来た。
「生臭い坊さんは好き?」
「いや、におってもにおわなくても坊さんは苦手だ」
「君は、ちょっと・・におうよ、死臭が」
「納棺だったんだよ。あした埋葬だ」
「三人くらいかな・・たいぶ経ってるやつ」
「よ・よくわかるな・・」
「親戚が猫なもんで」
・・獣人の混血には見えないけど、確かに何処か猫っぽいな。
「精液の匂いも些少とするけど、出てる?」
「出てないっ!」
「おかしいなぁ・・ふんっふん・・僕の鼻は間違いないぞ」
「嗅ぐなっ!」
「でも固いよ」
「触るなっ!」
・・大丈夫だ。末の弟がやたらボディタッチ多い奴だったから、この程度の接触何でもない。
「君の御主人の機嫌が悪くなるだろ!」
「ふふ・焦らしも房術のうちだよ」
・・やってんだな、こいつら。
「ねぇ・・高原州の大公殿下が隠居を決めて南岳派に帰依したもんで、州じゅうのアヴィグノ派の坊主が夜逃げしてアグリッパ入りしたのに姿ぜんぜん見かけないの何故だと思う?」
「知らん。アグリッパなんてもう何年も行ってない」
「それはね、みんな女か美童連れてるから坊主の格好できないんだよ」
「そりゃ生臭いな」
「ところで、決闘って興味ある?」
「無いよっ! 借金で追い詰められたら考える」
「ポルの伯爵が西国一の豪傑を呼び寄せて屋敷に置いてるのさ。近々面白いもんが見られるかもよ」
「『面白いもん』は良いけど、『ポルの伯爵』ってなんだそりゃ?」
「『ポルの伯爵』? そりゃ『売春宿の伯爵さま』さ。女切れで禁断症状が出るんだってさ」
「そりゃ大変な病気だね。どこの殿様だ?」
「ポルトリアス伯爵だよ」
・・げっ、当家じゃねっか!
「なんでも、三日女を抱かないと腰が震え出すとか・・」
「・・な、なんだか見てみたいぞ」
「それは本当だぞ! あいつ禁欲してると三日目の晩あたりから、普通に喋ってる積もりなのにコイトゥスみたいに腰ふり始めるんだ。絶対笑えるぞ」
お旗本が割って入って来た。
「くーっくっく。其のあいつの最近の綽名が『女衒伯爵』って最早笑っちゃうじゃないか。通い詰めるじゃ足りなくて、とうとうオーナーにお成りだとさ」
随分と砕けたお人である。
「西国一の豪傑だと? 上等だ! 相手になってやる。名誉毀損だろうが何だろが訴えるが良いさ。その代わりに『お前は素ッ首か領地全部か賭けやがれ』と言ってやる。さもなきゃ『腰は振れるが剣は振れない男』と百万遍言うまでよ」
「いいんですか? 馬鹿っ強いチャンピオン立てて来るんでしょ?」
「大丈夫。殿、けっこう強い」
小姓も平然としている。
「・・夜はいまいち」
「え!」
「殿、腰がそんなに振れない」
「それはお前の唇が気持ち良すぎるからだ」
「ちっ、勝手にやって下さいよ」
アントン席を立つ。
◇ ◇
店の表に出て・・
「あ・・ほんとに些少と出てる!」
◇ ◇
アントン、御屋敷へ帰る前の通り道でバラケッタ村の前を通ると、まだお通夜をしている。
・・まあお通夜って言うんだから起きてるもんだろうけど」
行ってみると、御徒組みんな居る。なんか副組頭派とか実弟派とか言っていたけれど、ひとつに成ったようで結構な事だ。
一応、セスト組頭には話しておこう。
「ギルドに荷物を取りに行った次手に、アグリッパの情報なんか無いか昔の伝手で調べてくれって頼んどきました」
「ああ・・ヘンツの奴もニセ通行証まで作って調べに行かなくたって、プロ頼めば良かったのじゃ無いか。なのに、こんな被害者出して・・」
・・責めるというより悲しんでるのは、この人の人柄なんだろう。
この人が前から組頭で、変な特殊工作を命じられてなくて良かったと、つくづく思う。
「旗本奴の溜まり場も覗いて来ました。いましたよ、エロ小姓」
「エロいだろ」
「ちょっと危いエロさでしたね」
「いや、あのお尻が・・」
「セストさん、お尻派ですか」
「アントンさんは、お尻じゃないの?」
「いやいや、あの唇が酷ぉくえっちじゃ無いですか。あそこの殿様も『唇が気持ち良すぎ』って言ってました」
「殿様? クレルヴォ男爵が来てたの?」
「派手に傾いたお旗本が約一名」
「それがクレルヴォ男爵だよ。うちの殿様の天敵みたいな人だ。何故かお互い矢鱈張り合うんだよな」
「でも、女は張り合わない」
「そう言やぁ、聞いたこと無いな」
続きは明晩UPします。




