22.能天気な連中も多少は憂鬱だった
スカンビウムの町の宿酒場。
「それがねぇ、けっこう危いのよ」
座り込んだ女将、乗り乗りで話を続ける。
「実は、嶺東州で追放された貴族を、こっちの某伯爵が召し抱えちゃっててね」
「それは火種であるな」
「問題は問題なんだけどね。長いあいだ、問題には成ってなかったのさ。事なかれ主義お互い見ないフリってやつなのかね。それとも一度目は温情だったか・・」
「一度目って・・ことは」
察するクレア。
「そう。そいつ最近になって、またも南でヤラカしちゃったみたいなのよ。それで即刻とある方面の力で消されたらしいんだけどさ」
「闇から闇へ? ・・(二度目は無しか。怖ッ!)」
「その騒動に、メッツァナの商人が関ってたらしいんだ。それで、南から問責使が来たら市当局は平身低頭・・どころか『自分ら昔から南岳教団の下僕で』みたいな勢いで尻尾ぶんぶん振ったんだってさ。さっすが商人の町、変わり身早ッ」
「それが・・メッツァナ市の大公離れ裏事情ですか」
「災い転じて何とやら。上手く乗り換えのチャンス捉まえた感じもするねぇ」
「強かだわね」
「もともと南北交易が飯のタネな町だから南とモメたくないのは当然だわよ。そのうえ、何かにつけて金タカるだけだった州政府にゃ、結構これまで鬱積したモノがあったんじゃないの? 今回の事件で一気に堰を切った感じね」
「それで、そいつ召し抱えちゃってた某伯爵は?」
「そっちが問題なのさ。「馬鹿者がご迷惑かけました」って言って利権のひとつも渡して詫び入れちまうのが上策。『うちの家臣を殺したな!』って喧嘩を買うのが下策。腕力勝負んなったら、一致団結できない北側ゃあヒトたまりも無いからね」
「あっちが強いの?」
「南部人ファミリーの結束力は半端じゃないからねえ」
「穏便に済むのかしら」
「正直・・微妙。実は、その某伯爵や家臣一同って、みな揃って親世代が南部人に惨殺されてんのよね。二十年前の内戦でさ」
「そりゃ・・明かんわ」
「でも、相手の怖さを思い知ってるとも言えるからねぇ。此処はひとつ、隠忍自重してくれりゃ良いんだけど」
「南部人って、そんな”ザンギャク”なの?」
「まあ取って喰いやぁしないけど、よく油炒めとか鉄板焼きにはするみたいよ」
後ろで聞いていた客が肉を喉に詰まらせて咽せている。
「うむ。敵には苛く味方には深情け。それが南部気質では有るな」
「ディードは、南部人で知ってるひと・・いるの?」
「湖上で先刻逢っただろう。スーレン家のお嬢が生粋の南部人だ」
「ぶっ」
こちらもエールを少し吹く。
「・・(あたしの第一印象、正しいじゃないのさ)」
◇ ◇
二人。
宿屋へ戻る帰り道。
「あんまり状況宜しくないわね」
「うむ。だが重要な情報が手に入った」
「嬉しい情報じゃなかったけどね。アリシア・ランベール元男爵令嬢の駆込み先が南岳エルテスハバール大修道院と読んで水際で身柄を押さえる積もりが、あちらの坊官とかが逆にメッツァナの方へと出て来られてたら厄介よね」
「うむ。汀線が変わっては拙いな」
「問責使が来たって言ってたけど、まだ町に居られるのか帰ったのか。坊官なのか僧兵か・・町に着いたら情報仕入れなきゃね」
「帰っていて欲しいものだ・・令嬢が使者に接触を図るか山門へ向かうか、二兎を追わねば不可避くなると手が足りん」
「悩ましいわね。下手に小者を雇ったら藪蛇っぽいし」
と・・ディード、クレアの動きを手で制する。
見ると、暗闇に爛々と輝く眼が八つ・・十二・・。
剣の柄に手を掛ける彼に、物蔭から話し掛ける者が有る。
◇ ◇
「否々! 害意はございません。 此奴らは、忍び込んだ不審者とか妄りに他人を襲おうとする無法者以外には牙を剥きません。唯だ旦那様の武威が凄まじいもので一寸緊張しただけで御座います。正と言い聞かせますんでご容赦を」
「馴服師殿か。唸り声ひとつ立てさせぬとはお見事な手際」
「恐縮です。いや、州の東のほうが凶作に見舞われまして、捨てられた飼い犬達が彼処此処で野犬になっちゃって。駆除されちゃ可哀想だから、社会復帰する様にと言い聞かせて歩いてるんですよ」
「立派な御志である」
「それじゃ失敬致します。良い夜を」
気配、消える。犬たちも姿を消す。
「ギルドの人かしら?」
「いや。俺の勘では、あれが魔人の眷属だ」
「でも、なんか社会奉仕活動みたいな事してるわよ?」
「よいことである」
◇ ◇
ゴブリナブールの町、宿屋。
宿屋娘の片付け物を手伝いした後のレベッカとアリシア、そのまま女子会の様な状態になっている。
「いや、反則なのは分かってるんだよね」
そう言いつつ、ちょっと目の泳いでいるアリシア。
「家と家との決闘っていうのは、領地も財産も人として生きる権利まで全部賭けてチャンバラしてる訳だから、確かに負けに備えて財産を隠しちゃうってのは本当はズルだよね。うん」
「仕入れの代金払わないみたいな話?」と宿屋娘。
「払うと約束したお金だけれど、どうせ自分は死んじゃうので、お財布隠しちゃいました・・みたいな話です」
金貸しの遺児レベッカ、言いつつ深く頷く。
「で、その財布持って逃げてるのが、ぼくな訳だ」
「よくないんじゃ・・ないですか?」
残りの二人の声が揃う。
「まぁね。ただこれ、個人の決闘じゃなくて『ファミリー』対『ファミリー』の決闘だからさ。決闘で死んだ人の妻子も、財産や人権みんな消えて流民落ちなのよ。ヨメは外部の他家から来た人だったら実家の籍に戻る身分確定訴訟で助かるかもだけど、再びお天道様の下を歩けるかどうかギモン」
「そうかぁー・・。それで教会へ救済をお願いに走ってるんだー。お侍さん家って本当たいへんねー」
「へへへ。それで、お財布持ち逃げしてんのよ」
「んー、ちょっと責められませんね」
「だろ?」とアリシア小鼻を掻く。
「ぼくもさ、雪崩れ込んできたガラの悪い足軽共に母上や姉様がぱっこんぱっこんやられてる横を擦り抜けて逃走して来たんだよ。郎党衆の家族達だって、前もって離縁して実家に帰った先見の明ある奥さんとか以外は同じ運命だろ。教会に御縋りするっきゃ無いっしょ。お布施が要るの」
「アリシアさん言い方が露骨だよー」
「うー・・、両親共ひと思いにざっくり殺られちゃった私って、これ寧ろ幸せな方ですか? お代官様も良くして下さって、落ち着き先が決まったら遺産を処分して寄進して下さるって」
「なにそれ、ピンハネされない?」
「ルーゼルのお代官様なら大丈夫だよー。面倒見のいい在家信徒様だから。それに死んだ方がいいなんて無いよ。生きててご飯食べられれば、他は諦めていいよ」
「そうそう。特に、うちの母上なんて経産婦だから余裕でしょ」
「そういう問題じゃ無いのでは・・ないですか?」
「いや此処だけの話、母上ってもと女騎士で、くっころ慣れしてんの」
「どひゃー」と二人。
おかしいと思ったら此の未成年ども、一杯二杯入っている。
◇ ◇
別の部屋。
「なぁ兄さん・・」
この言葉、違和感ある人も居るかも知れないが、歳下に対しても使う。
『旦那』ほどには遜らない呼称である。
「俺ぁ長いこと『冒険しない冒険者』やって来て、落武者の頃ぁ或る意味で毎日が冒険だったけど、夢のない冒険だった。今は毎日が楽しいぜ」
寝転がって呟くブリン。
「そう言えば俺も十年近く冒険者やって来て、ベテランとかも呼ばれて、でも只の『なんでも屋』だった気がするな。けれども今度の旅は冒険が待ってる気がする。魔宮へ潜入・・とか、やっちゃうかも」
「なにそれ凄ぇ」
ふたりとも一杯加減だ。
騎士崩れの冒険者レッドバート、三年近くもコンビを組んで来たフィン少年には悪いが、彼に対しては良き先輩でないと不可んという気負いが色々と邪魔する所が有った。このブリンという男には素直になれる。
「一緒に冒険しちまおうか」




