175.好奇心だした結果が憂鬱だった
国都近郊、バラケッタ村付近の鄙びた道。
墓掘人に依頼した後は遺族を訪ねる御徒組頭のセスト、グスタフ司祭、新任執事アントンの三人。やっぱり足取りが重い。
足軽は最下級の侍。任地が田舎だと割当地の畑が多少有ったりもするが、御徒組隊員は殿について上京しっぱなしだ。
完全なサラリーマンである。
今回の死亡者は勤務中に無断外出して事故死した『ばかもの』だが、殿に温情で殉職者扱いにしてもらった。だから遺族には暫く恩給が支給される。
実際は、副組頭だった自分に従わず組頭の実弟に従った、という分派活動であり癇癪持ちだったら『反逆者!』とか言って騒いだかも知れない。
だが世襲社会である。準貴族の組頭が行方不明になったら、実弟が相続人で次の組頭だと思っても仕方ない。
でも、やっぱり気が重い。
葬儀の場で、人前で公言しないと不可いのだ。彼らが『本来は命令違反を犯した犯罪者』だと。でないと偽造証明書の使用や不法越境が当藩の組織的犯行になってしまう。
だから『組頭の弟に騙された被害者なので罪は不問』と公言せねばならぬ。
遺族も居心地悪かろう。だから『気の毒だな。悪い奴に騙されて死んじゃって』という空気を作らねばならぬ。
「苦手なんだよな、そういう腹芸」
実は、今回の件、いちばん得をしたのがセストである。
本家の兄弟ふたり独身のまま問題起こして失踪中である。お殿様の鶴のひと声で従兄弟の自分に家督が転がり込んで来た。
ブルス家の分家といっても身分は足軽だった。準貴族の地位ごちそうさまだ。
むろん代々世襲の騎士爵とは格が違って、領地と言っても実体がない。
荘園の持ち分だ。株式のようなもので、定期的に配当収入がある。だが副組頭の給金とは桁がちがう。
「馬、買わなくちゃな」
◇ ◇
グスタフ司祭、足取りが重い。
シラノの家族に会うことになる。彼には直接出張命令を出した。
彼はアグリッパ入りしてゼンダ・ブルスの運命を知り、復命しようとして急いで舟に乗ったところで消息が途切れている。口を塞がれたに相違あるまい。
正真正銘、公務で出張中の遭難である。独断専行に加担した罪を不問に付された他の者とは違う。家族には別段の優遇を約束してやらねば筋が通らぬだろう。
「でも、なんて説明するかのう・・」
◇ ◇
新任の執事アントン、足取りが重い。
貴族家の執事の募集が冒険者ギルドに回って来るのも異例であるが、長期契約でペイも良い。
訳あり案件とは思ったが案の定。問題の渦中である。
死者続出中だ。
絞殺後に川へと投棄された遺体三。ちょっと調べよう・・嫌だが。
詳細不明だが被殺で間違いない不明者三。目下手がかり無し。
これよりさき、アグリッパ市内で鎮圧一掃された違法武装人百数十人。それらを指揮下に置いていた当家の騎士一名と、更にその消息を探りに行った御徒士一名が行方不明。
鎮圧したのは市警のようだが、それ以外はプロの仕事に違いない。
アグリッパには暗殺を請け負う裏ギルドが有る。これは冒険者界隈では常識だ。誰も口には出さないが。下手に囀って行方不明になりたい者はいない。
「冒険者らしくない仕事と思って請けたら、冒険者らしいのなんの」
◇ ◇
嶺南、エリツェの町に入る幌馬車の列。
「あれ? なぁ姉ちゃん、この町って入るの厳しいって聞いた気がするけど」
「ふふ〜ん、私みたいに信用ある市民の同伴者はフリーパスなんだよね」
「おいおい『同伴者』って数じゃねーだろ。五十人だぞ五十人」
「冗談じゃなく、ここ『会員制の町』ってアダ名が付くほど入り難い所なんだけど身内のもんが連れて来る人にはユルユルなんです」
「ファッロのにいちゃんも市民なのかい?」
「ここの市民で、プフスの準市民。実家はラマティです」
「忙しい奴だな。ディアの姉ちゃんは?」
「ここのアルゲント商会の末妹よ。家はこの町」
馬車、市街中央から小高い丘に向かう。
「この先が二大遊郭街のひとつ『寺町』よ」
「そ・そこが宿かい!」
「ざーんねん。行き先は丘の上の修道院よ」
「またお寺か・・」
◇ ◇
国都近郊、バラケッタ村。行政的には村の外だが物理的には村内に在る御徒組集会室。愁嘆場。
「御対面なさりたいだろうが、水難事故に遭って損傷が酷い。棺外からお別れを」
いちおう水難事故という事にしておく組頭セスト。
「なんで水の事故なんかに・・」
とはいうが、港町も同然な大河下流地域である。水難事故は多い。
「あいつらの遺族のためだ。ヘンツを悪者にするぞ」
「へぇ・・」と生還したブルス弟の取り巻き。いたたまれない表情。
麻袋ごと棺に納めたのは、この三人だ。
ポツリと・・「おれ、生きててよかった」
執事アントン寄って来る。
「アグリッパの話、聞かせてくれないか?」
「ああ、俺たち閉門時刻後に町に着いたら、あっちもこっちも再開発の工事中だ。聞き込みしやすいかと思って、立ち退き間際のスラムに泊まって様子を聞いたらば組頭が・・前の組頭な。前の組頭が指名手配んなってて、で慌ててトンボ返りして来たのさ・・生きて」
「何をやらかしたんだ?」
「何ってそりゃ・・組織暴力団の親玉やって、女さらって金持ちのぼんぼんに売り付けて、騒ぐんじゃねぇぞって女の親兄弟を脅すって悪行三昧よ」
「なんで伯爵家の騎士がそんな事した!」
「そりゃバレない積もりだもの。そこいらで拾った不成者に金やって飼い慣らして
・・でも間抜けてんだよな。本名ゼンダと是の村の名前で偽名作って名乗っちゃう旦那だもの」
「それは・・間抜けだな」
「いやぁ、御用になんて成らない腹づもりだったのさ。さらってきた女あてがって好き放題堕落させまくった『ぼんぼん』の中に、教会の偉いさんの息子が居たんだもんな」
「なんだって!」
「若い頃に妻子を捨てて出家した坊さんの息子を探し出して、金と女と悪い仲間で漬け込んで、偉い坊さんの弱点を作ったんだとさ。えぐ過ぎて引くわ」
「引くなぁ」
「そぉれが失敗したのよ! 敵もさるもの引っ掻くもの。教会は偉い坊さんを一発クビ、息子と悪友を縛り首、ゼンタの手下百ウン十人を即鎮圧よ。やること早ぇ」
「それでゼンタは逃げたのか?」
「ヘンツさん言うには、兄さんとっくに斬られてるけど『指名手配』にかこつけて『バラケッタ』村の『ゼンタ』の名前を高札に晒して、伯爵に嫌味を言ってんじゃないかってさ」
「とんだ狸と狐だな」
「飛べねぇ狸はただの狸よ。教会は『そっちがヤル気なら受けて立つぜ』と凄んで見せて、実はでっかい譲歩を引き出す気なんだろうぜ」
「政治って、怖いな」
◇ ◇
新執事アントン、組頭から未帰還隊士残り三人の家族を聞いて交渉すると、一も二もなく飛び付いて来た。前の御徒組頭ゼンタが行方不明になった時点で、副組頭セストについて行く態度を明らかにしていた主流派に対して、弟ヘンツ派の家族は立場的に危いと自覚が有ったんだろう。
・・生還三人組、よかったなセスト・ブルスが温厚な人で。
隙を見て棺内を素早く改めると、遺体は酷い状態だったが未だしっかり索条痕が確認出来た。死後水中投棄に間違いない。これで海まで流れてたら殺害後の処理も完璧だった。恐るべしアグリッパの殺し屋。いや、もしかしたら揺さぶりに第三者ヘスラーを使って遺体を送り付けたか・・いや、考え過ぎか。
どうやら伯爵家、とんでもない怪物を相手にしているようだ。
「ちょっと古巣に頼んで、アグリッパの様子を探って貰うか・・」
甘いマスクの二枚目執事アントン・ポーザ、少し余計な事を考えたかも知れぬ。
格言に言う。『好奇心、猫に殺される』
「あれ・・『殺す』だったかな」
続きは明晩UPします。




