174.守るも攻めるも憂鬱だった
国都郊外、ポルトリアスの下屋敷。
グスタフ司祭、訪ねて来た男を新任の執事に一発採用する。
「名前は?」
「アントン・ポーザ、北海州出身の自由市民です」
広間に行く。
「これが殿。ここに居ることは少ない」
「なんだ、ついに応募者来たのか」
「また虐って追い出さんで下され」
「虐ってなど居らん!」
「自覚に欠けるのが殿です。ポルトリアス伯爵フワン・テノリオ。綴りは人によりIoannと書いてくるから気をつけて」
「この細かい人が騎士ダミヤン・デ・ベタンソス。最近なぜか毎日いるから食事の数に注意じゃ。その左の人が騎士ディエーゴ・ダ・コロンバ。温厚そうに見えて『ディエゴ』と発音間違うと返事せんから注意」
「細かい人はあんたじゃないか」
「それと・・よく来るのがセスト・ブルス。彼の騎士叙任式が最初の大仕事になる筈じゃから、後で三人で打合せしよう。あ・・その前に家来衆の葬式がある」
「忙しそうですね」とアントン。
「あー、アントン。きみ、前職は?」
「ほら、ダミヤンは細かい」とディエーゴ。
「某男爵家で一年間ほど次席執事をしておりました」
「辞めた理由は?」
「修行で父親の補佐をして、次は弟の順番だったからです。
「お父さんの跡を継がなかった理由は?」
「兄が二人いるからです」
「冒険者してるって? 剣術は?」
今度はディエーゴが質問。
「普通の兵士より弱いです」
「ふぅん、文化系冒険者か・・最近ちょっと殺伐としてるから気をつけてね」
「じゃ、使用人たちに紹介して参りまする」
グスタフ司祭とアントン退場。
「そうか・・葬式。遺体の状態が良く無いみたいだから急がんと不好ですね」
「殉職者並みの弔慰金を出すとして、他の三人も多分死んでるだろうけど、どうバランスとりましょ?」
実際は無断職場放棄のうえ失踪だから、給金さえ問題だ。
伯爵、無言で頭を抱える。
「ですよねぇ・・」
◇ ◇
高原州、カンタルヴァン城。
ファルコーネの女城主が口を開く。
「実は此の機会に二十年前の南北戦争の話。戦後の賠償がずっと有耶無耶になっておりましたでしょう? わたくし生まれる前でよく知らぬのですが・・」
嘘である。
彼女、来春で二十一歳の成人を迎えて結婚するのだ。
かなり遅いが・・
この世界、十二で就労解禁、十五で婚活解禁。十八が後の祭りで二十歳過ぎたら締切間際の駆け込みである。
「いま、封地の方ばかりが話題になっておりますのが、世襲領も再整理しなければなりません。大公さまは在来系領主の方々先祖代々の土地を召し上げたことを深く悔やんでおられるとか」
「伯父はそんな殊勝な事を申す男では御座いません。不当に虐げて来た者の怨嗟の声を長年聞いて耳に粘り付き、いま地獄の底から響いて来たかのように錯覚しては慄いておるのでしょう」
「・・え? 月影さまがお見え・・? いえ・・クラリーチェが術を伝授されたのかしら?」
カンタルヴァン伯、クリスの腰辺りから目を逸らすのに必死で、不用意な呟きを聞き逸す。
「奪ったその土地を分け与えられた股肱らも、伯父の将器に惹かれて集まって来た武辺者達ゆえ世代交代とともに故地へと去ったり、慣れぬ農耕民相手の領地経営に失敗したり、多くは荒廃しております。今こそ地侍たちの為に是非とも奪回なさる可きです」
若い独身の伯爵、新進気鋭の切れ者らしく亦た若干青臭く天下国家を大真面目に語るが、ブラゲットの裏あたりが痛くて気が散る。
◇ ◇
王都近郊、自治村バラケッタの村はずれ。
御徒組頭セストと新執事アントン、それにグスタフ司祭という面々。暗い顔して道を行く。
「遺体の戻った三人は良しとして、不明の三人どうしたものか・・」
「わしが使いに出したシラノは、公務中の失踪じゃ。何か不測の事態に陥ったかも知れぬ。家族にはわしから言う」
「そちらは良いのですよ。職場放棄のうえ失踪です。これでは給金も支払えない」
「どうなさる組頭どの」
「葬儀を出す三人とで差別があったら不可ん。やはり『ブルス弟に騙されて君命と信じて出かけた。職場放棄は不問』と・・ここまでは良いが・・」
「あの・・多分亡くなって居るのですよね?」と、アントン。
「遺品が泥棒市のガサ入れで発見されている。殺されて身包み剥がれたんだろう」
「衣服とかは?」
「偽の通行手形は不審物だから押収されたんだ。とくに不審でないものとか行方も分からん」
「それじゃ司直に遺品のお下げ渡しをお願いして、遺品だけで葬儀を出すのは?」
「いちおう証拠物件だから、お下げ渡しは無理だろうなあ」
「遺族を説得して、死んでる前提でお葬式出しちゃいましょうよ。『今なら殿様の温情で殉職者扱いして貰える』って言えば大丈夫です。きっと・・」
「そりゃ殉職者遺族と出奔者家族じゃ扱いは天と地の違いだからな」
お家のために働いている途中で亡くなった人は功労者の分類、出奔逐電した者は犯罪者。家族にとって大違いだ。
「ひょっこり帰って来ちゃったら?」
「『ご家族のためだ。失踪しなさい』って説得しますね」
「新しい執事さん、けっこう剛腕だな」
墓掘人の住まいが見えて来る。
◇ ◇
世の中みんな善人になって誰も犯罪なんか犯さなくなって、みんな仲良し揃いで訴訟なんか無くなったとしても、裁判官は困らない。裁判官職を嘱託されるときに領地を貰うからだ。本来の世襲領地にプラスして恒常的な所得がある。
決闘人は困る。代わりに決闘してくれという依頼人が誰も居なくなると、収入が絶える。
墓掘人はどうか?
墓掘人は困らない。人は必ず死ぬからだ。
逆に、みんな悪人で犯罪者ばかりだと困る。この世界が埋葬の許されない悪質な犯罪者ばかりで溢れると、仕事が無くなる。掘る墓がない。
「ごめんください」
「何人?」
墓掘人を訪ねる者に、それ以外の用事は無い。借金していない限り。
「三人。時間の経っている水死者なので、状態が良くない」
「割り増しが必要なくらい?」
「多分」
「場所はバラケッタ村、許可証はこれ」
「坊主も持参じゃ」
「特急で明朝行ける」
「それと、行方不明者の墓も作る」
「遺品を埋める程度の浅い穴なら無料でいい。墓石は村で用意してもらってくれ」
言葉少なに依頼が終わる。
依頼者三人、去る。
◇ ◇
高原州、カンタルヴァン城。
門外まで出て客人を見送る伯爵とオーレン。
「ふぅ・・緊張した」
「いや殿って度胸ありますよ。ほんとに緊張してんなたら、そんなにブラゲットが盛り上がりません」
「彼女にも見えちゃってたよな」
「ちょっと笑ってましたよ」
「あ!」
伯爵、プールポワンの裾を確認する。
「先、ちょっと出てた」
この時代のズボン、長靴下みたいなものが発達して腿の上まで伸び、遂に股下が結合するに至った矢先の事であるからクロッチ構造を欠いており、非常にポロリし易い。
「それ見てちょっと笑うだけって、大らかですねぇ南部人・・って彼女、黒猫姫のお姉さんだっけ。そりゃそうか」
南部の、特にガルデリ家周辺は特有の義兄弟制度があって続柄が分かり辛い。
「兎も角、大公さまご存命のうちは一応公国が存続中だから細かい調整が中心だと思いますが、ブラーク男爵と連携とって行きましょう。あそこが今後の大きな核になります」
「ああ、やっと小さくなって来た」
「殿も忙しくなりますよ。在来系寄りの判官として衆望集めちゃってますからね」
「なぁ、あの女男爵さんとアグリッパで会ってきた婚約者さんと、どっちが凄いと思う? ・・戦闘力的に」
「城門の攻防ですか。いくら破城槌が強力でも狭い門の攻略はきついですね」
続きは明晩UPします。




